094 八歳 その4


「ねぇ、あの、あれ・・って大丈夫なの?」

「大丈夫、ですか?」

 他国の侵略は国家的には一大事業だが、当たり前だか戦争するからといって他を疎かにしていいわけではない。

 剣や槍を持って兵士が戦っている間に、国内の内政をし、戦線を支えなければならない。

 兵士が持つ槍や剣を作るのは鍛冶だし、食事は農業や牧畜、衣服は縫製、それらを流通させる土木など、発展させなければならない産業は多岐に渡る。

 私は処女宮ヴァルゴ様の執務室で仕事を続けつつ、最近雇い始めた文官たちに書類を渡して、配達の仕事をあげてから部屋を退出させていく。


 ――仕事は相変わらず狭い事務所だ。そのうち仕事が増えれば拡大するだろう。


 ちなみに今、文官に渡した書類は新しく発見されたダンジョンに関する書簡だ。

 巨蟹宮キャンサー様がダンジョンから効率的にアイテムを収奪するシステムを構築するうえで宝瓶宮アクエリウス様や白羊宮アリエス様のところの兵が借りたいということで、私から彼女たちを説得するための事前の会食のお誘いの手紙である。

 白羊宮様が入っているのは、獲得したアイテムの輸送に、彼女が保有する道路建設用の人員が必要だからだ。

 結構でかい予算を組まなければならないので、あとで十二天座会議で承認させるにも事前の根回しは必要だった。

「聞いてる? 聞いてますか? ユーリくん」

「聞いてますよ。ニャンタジーランドの件でしょう?」

 千葉にある『ニャンタジーランド』という名前の国。まるで遊園地のような名前だがきちんとした国家・・だ。

 人口は神国とどっこいどっこい。ただ国民が少し特殊で(当然差別的な意味ではない)、獣人・・と呼ばれるタイプの、動物の特徴を持った人間がメインらしい。

 獣人の特徴は、魔法、生産技能などの技能習熟が弱いが、近接戦闘能力や探索などに強い、らしい。

 インターフェースや伝聞で得た情報なので実際に見たことはないんだよな。

「ニャンタジーランドは埼玉の位置にあるくじら王国からも狙われてますからね。帝国に対する神国と同じ立場ですよ。弱いもの同士、結託して強いものに抗いましょうってお誘いですよ。今回は」

「いやいやいやいやいや、全然そんなことないじゃん。あの子・・・の国に拠点なんか立てちゃって大丈夫だったの?」

「大丈夫じゃないですか? 最初はたぶん歓迎してくれますよ」

 街道警備の名目で相手国の中に拠点を作った件を処女宮様はいまさら問うてくる。

 責める、というほど強い口調ではない。彼女は戦争が起こるかも、という怯えと不安を私で発散しているだけだ。

 ちなみに山賊や盗賊の捕獲は始まっており、順次神国に新しい国民は輸送されている。神国の固有コマンドである『教化』という技能を神官が使えば面倒な手間を省いて彼らはすぐに神国の国民になる。

 ニャンタジーランドから非難は届いていない。むしろ感謝の言葉を送られていた。

 彼らは国境の警備にすら事欠く有様になっている。


 ――ニャンタジーランドは初動を大きく失敗した国だ。


 この国も初動は、というかほとんどの国の初動は本当に、隣国を最速で滅ぼす、というものしかない。

 土地が増える、ということもそうだがやはり獲得資源の種類が増えることは単純に技術ツリーの発展速度が上昇することに繋がる。

 技術が発展すれば人口辺りの労働力が上昇する。結果として強くなる。また開拓可能な土地が広いから国家の拡張限界に達することもない。限界を迎えそうになればそのまま隣の弱い国を滅ぼせばいい。そういう流れでどんどん強くなる。

 もちろん土地が増える以上、経済を回せるだけ、内政を鍛えなければならないが、そういった支出も、隣国を滅ぼし続けた際に相手国家から収奪を行うことで補填ができるようになる。

 こういった戦略ゲームの基本はそういうものだ。如何に隣国を滅ぼすのかが重要なのだ。

 話を戻すが、ニャンタジーランドの国家の特徴は近接戦闘、つまりは技術発展を迎える前の侵略戦争にとても向いた国だ。

 この国の勝ち筋は他国が鋼鉄で武装する前に、優れた近接戦闘ボーナスで石器や青銅器で武装した隣国を蹂躙することにあった。

 いずれ鋼鉄にまで技術ツリーを成長させた国とぶつかって拡張は止まるだろうが、苦手な技術ツリーの開発を無視してでもそれで三、四国はとれたはずだ。

 それができず、ろくな防衛施設も作らないままに大規模襲撃を二回も受けた時点でニャンタジーランドは終わっている・・・・・・。うちが攻めなくてもそのまま王国か、次の大規模襲撃で滅ぼされるだろう。

 罪悪感を抱く必要など全くないのだ。

 ただ、私には疑問があった。

「……なんだか皆さん、だいぶが遅いですよね……」

「え、あし?」

「いえ、まぁ現代人的な倫理観から侵略って手段をとるのが難しいとは思いますが、十年でしたっけ? よくまぁそこまで戦争しないで過ごせましたね」

 やりたくなくても戦争をやってしまうのは歴史の常だ。

 インターフェースで地図を見ると意外・・と隣国というのはだいぶ近い距離にある。

 目と鼻の先とはいかないが、顔のわからないお隣さんのようなものだ。

 前世の国際ニュースなどを見ていればわかるが、人間が三人集まれば派閥ができる、というのは国家にも当てはまるものだ。

 こうも近ければ、カッとなって殴りつけたくなることもあるだろうに。

「それに、この国もよく不戦条約なんて結べましたね。魔法王国だとか王国だとかはもう破棄したがっているようですが。システムで自動で条約が結ばれたとかがあったんですか?」

 つまり最強の初動ムーブ封じだ。慣れていない初心者のための制度があったのだろうか?

「ああ、ええと、それはね」

「それはね?」

 えへへ、と処女宮様はごまかすように笑って、私は、ああ、まずいな、と直感・・した。

「あのね。その……そろそろアレがあるからさ」

「アレってなんです?」

「て、転生者会議・・・・・……」

 『転生者会議』……そういえば、あの子とか、奇妙なことをこの人は言っていた気がする。


 ――君主同士は顔見知りということか。


 この人が曲がりなりにもある程度のツリーを進めていたり、そこまで他国の侵略に怯えていなかった理由を私はここでようやく知った。

「君主のインターフェース専用のコミュニティでもあるんですか?」

「あ、あれ? お、驚かない?」

「驚きませんよ。そういうことがあるかも、というのはわかってました」

 転生者殺害を達成したものだけが入れる『アリスのお茶会』と同じだ。

 なんらかの条件を満たした者共通のコミュニティが他にもあったというわけだ。

 モンスター転生者専用のコミュニティもあるかもしれない、と私は想像しながら処女宮様に問いかけた。

「で、なんで謝るんですか?」

「その、あの、ね?」

 はい、と居住まいを正してちゃんと聞く姿勢を作れば処女宮様はえへへ、と笑ってみせた。なんなんだこの人は。いいから早く言ってくれ。

「一緒に来てほしくって。その、転生者会議に」


 ――嫌だな・・・、と純粋に思った。


「私がいけるんですか?」

「う、うん。二人までいいんだって。あの、現地の、つまりこの世界の人を連れてくる人もいるし……」

「それで私?」

「だ、だって本当に難しい話ばっかりでついていけてないし……あ、でも、そのね、ちょっとゆるい集まりもあって、ニャンタジーランドの子もそこの集まりで友だちになってね?」

「友だち……ですか」

 う、うん、まずかったかな? と不安そうな顔をする処女宮様に私は考え込む。

 どうだろう? 情報収集の場としてはいいかもしれないが……お茶会のメンバーであるミカドやアザミに会うと面倒だ。転生者殺しでインターフェースの権限が上がるメリットを他の国の君主に知られるデメリットを考えれば、私が転生者を殺害したことを暴露するとは思えないが、私と処女宮様を不仲にし、未来の敵を早期に潰すことは彼らにとって、けして損ではない。

 それに、ニャンタジーランドの君主には会いたくないな……。

 顔を合わせていないからできる非道というのはある。私がやろうとしているのは結果的にそういうものだ。相手側の抵抗如何によっては殺さないといけないこともある、そういう生き残り策だ。

「ユーリくん。あの、いいよね?」

「よくないです、と言えばいかなくて済むんですか?」

「断っても連れて行くけど……ユーリくん、権限通じるようになったから、強制・・できるし……」

 だよな……この人は率直的に言って私の傀儡にも似た立場だが、この人が私の言うことを聞くのは、私が正しく・・・神国の発展に努めているからだ。

 だから、無条件になんでもいうことを聞く立場ではない。

 この人に言うことを聞かせるには、私ができることはなんでもやらなくてはならない。

 それに、私も転生者会議というものには興味がある。


 ――この世界のことを調べている人は何人いるんだろうか……。


 エナドリの製作に成功した国はあるんだろうか?

 将来的に協力関係になれる過去の世界を探る同士はいるんだろうか?

 信長役がいるなら、その人物のサポートをすることで最終的な生存に結び付けられるんじゃないだろうか?

 明るい未来を想像しながら、私はゆっくりと頷いた。

「わかりました。主要な集まりだけ教えてくれますか? 話題を用意しますので」

 とりあえず、千葉を取り、港を確保したあとに取引できそうな国を考えよう。

 神国の特産である麦だのワインだのを欲しがってくれる国があれば一番いいんだが……。


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