085 東京都地下下水ダンジョン その29


 ダンジョンに横穴的に作り出した指揮用の防衛拠点からダンジョン内に降りた私たちは土管状の金属でできた道を歩いていく。

 ところどころに瓦礫や銃弾、壊れた神国兵の装備や濃い血痕が落ちている二階層の様子で、どれだけの激戦が繰り広げられたかがわかった。

 私はぞろぞろとついてきた兵士の一部を装備品やドロップアイテムの回収に回しつつ、倒れている負傷者などがいないか確認させることにした。

 それに死者がここに取り残されているとしたなら、スライムなどに食われる前に、遺体の回収をしておきたい。

「ああ、それと掘削蚯蚓トンネルワームの『解体』を優先してしておいてください」

 宝瓶宮アクエリウス様の部下にはモンスターからのドロップアイテム数やレアドロップ率を高める『解体』スキル持ちが複数人いる。

 レベルの高い個体だ。何かしら手に入るにしても、それはいいアイテムだろうと思われる。

 私の指示に従った兵たちが巨大掘削蚯蚓の死体に群がると肉斬り包丁のような解体道具を叩きつけ始める。

 私がナイフでワニを解体したように、あれが彼ら式の解体方法らしい。

 そんな解体スキル持ちが獅子宮レオ様たちの部隊ではなく、宝瓶宮様の部隊にいるのは、戦闘スキル持ちではないというそれだけが理由だ。

 近年、獅子宮様たちも生産スキル持ちを採用するようになってはいるものの、こういったスキル持ちにまでは手が回っていないらしい。

(そもそも非戦闘スキル持ちの死亡率が高いらしいしなぁ)

 探索地域を間違えれば全滅もありうる彼らの探索では、戦闘向きではない人材をそこまで連れていくことができなかった。


 ――だが、これからは違う。


 違うようにする。この国を強くするには、そういった戦闘報酬を上昇させる非戦闘員を連れていけるように仕組みを考える必要がある。

 そんなことを考えていれば、私の手を握っていたキリルが話しかけてきた。

「ユーリ? どうしたの? なんか怖い顔してるけど」

 答えようとして、私はキリルのとある点が気になった。

「ん、ああ……キリル、ちょっといいか?」

「え、ちょ、なに……」

 土埃で頬を汚したキリルの頬を私はハンカチで拭ってやる。

「ほら、可愛くなった」

 可愛らしい彼女は、ハンカチでぐいぐいと汚れをとった私をむぅ、という表情で見てくる。

「わかってるよ。さっきまでは、この先をことを考えていた。今はキリルのことを考えてるよ」

「なによそれ……ねぇユーリ、アンタ雰囲気かわった?」

 キリルに言われて首をひねる。それはそうだろう。変わらない人間なんていない。私だって強固な信念で生きているわけではない。

 だから、これだけの経験をすれば誰だって人格の一つも変わるかもしれない。

「子供の成長は早いからな」

「そうじゃなくって」

 キリルに手をぎゅっと握られる。こんな地下で、こんな激戦地で、キリルに手を握ってもらえているそのことが私には不思議だった。

 だけれど、これは次もあるのだろうか? この少女は、どこまで――……。

「キリルはさ」

「うん? なぁに?」

ついてきてくれよ・・・・・・・・

 前を向く。そろそろアキラが目指す場所に到着しそうだったからだ。

 私はキリルに、どこに、とかそういうことは言えなかった。

(ついてきてくれ、か)

 私がわからない。これからどこにいけるのか。どこにいくのか。

 だけれどこの暖かさがどこかにいってしまうのは少し以上に残念だと思った。だから思わず言ってしまった。

 そんなことを考えていれば、ぷ、という笑い声に私は私の手を握っている少女キリルに視線を向けてしまう。

「なに言ってるのよ」

 キリルは私の手を強く、強く握りながら笑っていた。

「こうしてアンタの手を握ってるんだからついていけるわよ、もう」

 そうだな、と私も笑ってしまう。

 ふふ、あはは、と私たちは笑いながら歩いていく。

 そうして、ぐっと肩を力強く掴まれ、立ち止まった。

「楽しそうだね?」

 私の背後から忍び寄ってきたらしい処女宮様が、私の肩を掴んでいた。

「ヴァ、処女宮ヴァルゴ様」

 キリルが怯えた声を出すが、私はキリルの手を強く握って大丈夫だと保証してやる。

 処女宮様がだる絡みしてきたのは、どうせ仲間外れが寂しいとかその程度の理由だろう。

 でも七歳児じゃなくてそのへんの兵士とか、同じ大人同士で絡んでほしいものだ。

 でも私は優しいので、処女宮様に肩から手を離すように言うと、処女宮様の手を掴んであげることにした。

「ほら、処女宮様もこれで一緒です。はい、笑って笑って」

 笑うように催促すれば、えへへ、という声を無理やり出してくれる処女宮様。

 この人はこれでいい。

 枢機卿が不機嫌になれば周囲の兵士も緊張するからな。

「それで、アキラの目的はなんなんです? あの人、処女宮様が連れてきたんでしょう?」

「え? しらなーい。あの子生意気だし、っていうか、なんか……いや、いいや」

 私の手を掴みながらぶらぶらと揺らして遊んでいる処女宮様は気楽そうにしている。

 あれは学舎の三階ぐらいだろうか? 横倒しになった学舎の窓から中に入っていったアキラを兵士たちが追いかけていく。

 そんなアキラの様子に、キリルが何かを言いたそうにしていたが処女宮様が先に私に話しかけてきた。

「ユーリくんのおかげで今回もなんとかなったね」

「この後ですよ、問題は」

「問題?」

「技術ツリーの構成から考えて、他国の方がこの国よりも文明が進んでるはずです」

「うんうん」

「当面は殺人機械の壁も通じるはずですが、いずれ突破されるでしょう。だからまず他国から自衛できるだけの国力を――」

 言っていて、処女宮様の顔が近すぎることに気づく。

「処女宮様、顔が近いですよ」

「うんうん。で、ユーリくんってさ」

「はい?」

日本人・・・だよね?」

「……ええ、と」

「あ、違う違う。捕まえたいとか、そういうのじゃなくてね」

 処女宮様の、私の手を握る力が強い。レベルもあって痛くはないが、込められた力に執着を感じ、私の背筋が奇妙に震える。

「なかまだね?」

 どういう……いや、それは、処女宮様が、日本人という、ことか?

(日本人……?)


 ――嘘だろ……?


 私は、呆然とするしかない。

 ユーリ? とキリルが問いかけてくるが、私の意識は混乱したままだ。

 嘘だろ。日本人? 本気か? 本気で言っているのか?

 視界の端の何か・・が不気味に点滅し、自身を主張ポップアップしてくるがそんなことはどうでもいい。

「処女宮様が日本人?」

「そうです。そうなんです。びっくりした? 驚いた?」

「い、いえ……」

「えー! 驚いてよ!!」

「はい……うれしいなー。ははは」

「あははははははは!! だよね? ねー?」

 はしゃいでいる処女宮様と違い、私の脳裏を占める混乱の大部分は別のことだ。

(嘘だろ……本当に、そうなのか?)


 ――日本人が権力者にいて、これ・・なのか?


 この文明レベルなのか? 日本から来て、これか? 日本人と問うってことは、処女宮様もそういうことだろう? 日の本だとか江戸とかなんだとか言わないから少なくとも、処女宮様は現代・・から来たんだろう?


 ――文明の発達した時代から……。


 それでこれか? この国か? 権力者の立ち位置に何年もいてこれか?

 ブラック企業で味わった苦い唾液の味が、古い記憶を想起させた。

 それはかつてのことだ。

 経験者という謳い文句でやってきた中途採用の人材に任せたとても簡単な仕事が、半日経っても何一つ進んでいなかったときの記憶だ。

 結局、全部最初から仕事を教えることになった。詐欺だと思った。辞めさせるにも、辞めさせると私の評価に関わるから無理だった。

 今の私は、それと同じような気分だった。

(だが、それにしたって……それをここでもか?)

「うれしいねー? 仲間だよねー?」

「はは、はははは」

 吐きそうになる気分を抑えて、私は処女宮様の気分に合わせて、喜んだふりをしてあげることにする。

 遠くでは、兵士が校舎からいくつかの木箱を持ってやってくるのが見えた。

 アキラがその兵士たちに縋り付いているのが見えた。

 木箱を持っている兵士に対して、とらないでと泣き叫んでいる。返してと泣き叫んでいる。

「あー! アイテム!! そう! アキラ、学舎にアイテム貯め込んでたんだ!!」

 テンションが高いせいか、ざまーみろうけるー、と叫んでいる処女宮様に私はドン引きする。何をされたのかわからないが、泣いている女性に言う言葉じゃない。

 ショックを受ける出来事が続いたせいで落ち込んだ気分の私は、処女宮様とキリルと手をつないだままの彼らに向かって歩いていく。

 途中、掘削蚯蚓の頭が掘り進んでいった巨大な穴が見え、私はついてくる兵士にロープを用意しておくようにお願いした。

 一応、下の様子を見ておくのもいいだろう。

 それよりもだ。

「そこまでですよ。女性には優しくしてください」

 私はキリルと処女宮様の二人から手を離すと、荷物を担いだ兵士たちの前に立ち、涙で顔をぐしゃぐしゃにしているアキラに向かって笑ってみせた。

 別に親愛ではない。営業スマイルにも似た、挨拶的なものだ。

「アキラさん、でしたか。そのアイテムの中に貴女が本当に大切にしているものがあるなら私が掛け合ってみますが、どうでしょうか?」

 どうやって手に入れたのかはわからないが、彼女の身分が子供・・であるならアイテムの没収は免れないだろう。

 でもあれだけ必死なのだ。きっと母親の形見とかがあったりするのだろう。

 ならば私が掛け合ってもよかった。

 そのぐらいの優しさは、私にもある。


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