072 東京都地下下水ダンジョン その16


「急げ急げ急げ!!」

 私は錬金術の還元を用いてどんどん空間を広げていく。

 敵の拠点との間に壁は維持したまま、自分たち神国兵側・・・・の領域を広げていくのだ。

 階段状に作っていた侵入口部分の脇を広げていく。そこに私はあらかじめ用意しておいた物資や設備を兵に設置させていく。


 ――先にこの部分を造らなかったのは、単純に余裕がなかったからだ。


 強襲作戦に変更するまでは予定していたが、開通させた真正面に本当に敵施設があるとは考えていなかったのだ。

 開いてから、ある程度移動することを考えていた。

 だから作っていなかった。設置しやすいように、物資をそれぞれパッケージングしておいたが、そこまでだった。

 偵察した先のいい感じの場所で陣地・・を作ろうと決めていたのだ。

「ユーリ様、簡易ベッド設置完了しました!!」

「ユーリ様、防壁の作成と補強を開始します!!」

「ユーリ様、ポーション設置完了しました!!」

「ユーリ様、医療部隊到着しました!!」

 私が広げた穴を要塞建築家のベトンさんを始めとした他の生産スキル持ちの方々が広げたり補強したりしていく。

 この戦闘がどれだけ続くのかわからないが、それだけに後方の補給はしっかりしなければならない。

「他の陽動部隊はどうなっていますか?」

 私の問いにスマホを持った三人の兵が呼ばれる。彼らは陽動部隊と連絡をとっている兵だ。

 常に連絡をとることのできるスマホは優秀だ。たぶん前世の実際の戦争でも使われたんだろうなと思うぐらいには。

「お三方、依然として戦闘中とのこと! また、敵の攻勢激しく、こちらに敵が戻る様子は見えないとのことです!!」

「助かります。通信は繋げておいてください」

 当然だが通信兵の部屋も作る。彼らの仕事は生きて通信を維持することだ。むしろそれ以外をやられると困るので、部屋に閉じ込めるつもりで小さな部屋を作る。

(他の戦線の様子次第では撤退も在り得るからな……)

 三つの陽動部隊が敗退した報告が入ったら、こちらも即座に撤退し、侵攻に使っているこの穴を埋めなければいけなくなる。


 ――ただ、それはもう神国の滅亡と同じだが。


 巨蟹宮様と獅子宮様の部隊が壊滅するというのはそういうことだ。

 ただ兵が死ぬだけじゃない。神国の最精鋭部隊が死ぬということだ。

 また、マジックスライムや強酸スライムをこれだけ揃えられるのは今回までだろう。

 これに負けたら我々は撤退する。ではそうなればどうなるのかといえば、我々が撤退したあとに、どれだけの時間がかかるかはわからないが、確実にこの強力な自衛隊員ゾンビどもの生産施設は稼働しはじめる。そして強力な自衛隊員ゾンビを生産するようになるだろう。

 そしてそれが一階層に上がってきたならもはや一階層の支配はままならなくなる。

 スライムの捕獲とレベリングと餌やりを可能とした一階層がなくなればスライムの隷属も難しくなるだろう。

(不可能ではないが、短時間で数を揃えることは難しくなる)

 そして一階層から神国首都……いや、他の神国の都市にもこの下水道ダンジョンは繋がっている。


 ――神国は攻め滅ぼされるのだ。


(そうならないようにしなければならない)

 だからこそここで勝たなければならないのだ。

 銃声と魔法の応射の音が響く。兵が駆け回る。

「場所を開けろ!!」

「お、俺の、俺の腕がぁッ!!」

 腕を銃で吹き飛ばされたのだろう。負傷した兵が運ばれてくる。

 グロいな、と私が思っていれば、磨羯宮カプリコーン様が連れてきた回復魔法のスキルを持つ医療兵がすぐに回復魔法を施し、腕を再生する。

 造血ポーションを飲ませ、体力回復ポーションを与え、「おら、治ったぞ! さっさと戻れ!!」「助かった! すぐに戻る!!」と戦線に戻していく。

(過酷だ)

 回復が早いのは助かるがブラックすぎて泣けてくる。

(医療兵がいてくれて助かる)

 心からそう思う。とはいえ回復した方もスキルエネルギーを大量に使ったのか疲労した様子でSP回復ポーションを飲んでいた。

 そうして負傷者が運ばれてきたり、死亡した人間が上に送られていったりを繰り返す中で、別の雰囲気を纏った兵が陣に戻ってくる。


 ――敵地の偵察に出した兵が戻ってきたのだ。


「敵拠点の地図できました!!」

「助かる! こっちへ!!」

 土器作成スキル持ちが作った土の机の上に、戦闘地域を偵察に出ていた兵は作った地図を広げていく。

 私は地図にこの指揮所を書き加え、兵の駒を並べていった。

「通信兵を呼んできてください!!」

 小部屋に押し込んだ連中を連れてきて、地図の写真を撮らせ、陽動部隊に送らせる。

 とにかく報連相ほうれんそうだ。陽動部隊も主攻であるこちらの様子がわかれば士気を維持できるだろう。

「スライムの数が足りない! マジックスライムをもっと送ってくれ!!」

「持ってきたので全部だ! スマホとスキルでどうにかしろ!!」

「無茶を言うな!!」

 怒鳴り込んできた兵は物資を管理している兵に怒鳴られ、頭を抱えて戻っていく。

 どうにも攻めあぐねている。その様子に私は疑念を抱く。

「なんでこんなに硬い?」

 実のところ、割と楽観視していた部分はある。

 何しろ陽動部隊が三つだ。それぞれが攻め込み、敵の戦力を引きつけている。だからこそ、ここの兵力は薄いはずだった。

 くわえて奇襲。こちらには磨羯宮様がいて、兵もそれなりに増強し、マジックスライムを含めたスライムを十分だと思われる量、連れてきた。

 それで制圧できていない? なぜだ? どうなっている?

「どうやら敵施設周辺の敵が強すぎるようです。ユーリ様、鑑定結果がでました」

 鑑定スキルを持った兵がやってきて、羊皮紙に書き記した敵生産拠点周辺の敵の情報を見せてくる。

 20から40レベルの敵がほとんどだ。だが、それ・・を見た瞬間に、うぇ、と私は吐きそうになった。

 うぅ、勘弁してくれ。

「レベル60オーバーの個体がいるんですか?」

「一部の敵には鑑定を妨害ジャミングされましたが、空挺部隊ゾンビと呼ばれる個体が、ガトリングガンというものを敵施設傍に据え付けて待ち構えていました。こちらも錬金術スキル持ちに鉄板をもたせて防御施設を造らせましたが薄紙のように貫通され、敵拠点への侵入には難航しています」

 空挺でガトリング? どういう兵種なんだよ。いや、なんだっけ? 空挺部隊は自衛隊では精鋭なんだっけ? 軍事オタクでもなんでもないからわからないが。

「磨羯宮様はなんと?」

「とにかく魔法を集中させて倒すと仰っていますが、相手側にも回復手段を持ったゾンビが何体か確認されています。科学者ゾンビという個体らしいですが、ポーションをゾンビに使用しているのが確認されました」

「科学者?」

「はい、科学者ゾンビです。詳細鑑定には失敗しましたが、名前と種族だけはかろうじて鑑定できました」

 獅子宮様の報告にあった、施設内でゾンビの生産を行っていたというゾンビだろうか。

「錬金術持ちかもしれませんね」

「はい?」

「施設の建築に、ゾンビの生産、ポーションを使うというならその線が濃い、と思います」

 ゾンビの生産は私の錬金術ではできないが、似たようなものにホムンクルスの創造があるのだ。

 敵が銃器を用意できるというのもそういうことか。

 小癪だ。自分でやってて思うが、相手にいると本当に嫌な奴だな錬金術師は。

「とにかくこっちも防御を固めるぞ。鉄板、コンクリートの生産を急ごう」

 一気に攻めるのが一番なんだろうが、相手の防御施設をゆっくりと破壊するしかない。

 ガトリングガンを設置されてるなら、それを破壊しなければこちらの被害が大きくなる。

(なんかの小説にあったな、ロシアと戦う日本軍の話。あれみたいだ。じゃあ、それに習って地下を掘ってそこから攻めるか? だがさすがに人数が――)

 とりあえずこの情報を共有すべく、通信兵を呼ぼうとして――物音が一階層より響いてくる。

「なんだ!? 敵が来たのか!?」

 一階層にはモンスター対策に最低限のスライムと兵を置いているだけだ。攻められたらまずい。

「ユーリ様! 大変です!!」

「大変じゃわからない! 報告を!!」

 報告に来た兵は本当に焦った表情をしていることから本当に大変なことが起きたんだろうが、怪我などはしていない。

 なんだなんだと思いながら報告を聞いて、私は呆然とするしかなかった。

処女宮ヴァルゴ様と宝瓶宮アクエリウス様が落ちてきた?」

「は、はい。あ、あの指示を」

 指示も何も、こっちは取り込んでいるんだ、変なことをされる前に帰って――「ユーリくん!!」――大人の力で横から抱きつかれる。振り払いたい。我慢する。

「会いたかったよぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!」

 横に顔を向ければいつか見た処女宮様が私の小さな身体に抱きついてきていた。

 周囲には困った顔をした兵の姿。止められなかったんだな。わかるよ。

 私は盛大にため息を吐くしかなかった。

「どうも、ご無沙汰しております。処女宮様」

 陣の出入り口付近には、宝瓶宮様の姿も見えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る