第40話

(うん、落ち着いてる……と言うよりもおっとりした感じだし、体格的にも問題無し)


 叶恵の名誉のために明記しておくと、胸、というか体格の確認はチラ見で済ましている。この道六年目のプロは胸を凝視して警戒されるなどと言うミスは侵さないのである。


(とりあえずは最有力候補だけど……どうやって恋愛相談部うちの部室に来てもらうか……つーかそれ以前に俺とかどうかの確認もしなきゃいけねぇし)


 クレープを時折口に含みつつ、色々と思索する叶恵であった。


 一方噂の倉持さんは、


(ふわぁ、噂の雪女さんがこっちを見てるのですがぁ……どうすれば良いんでしょうかぁ?……うーん、綺麗な人ですし、問題無しですねぇ)


 ふわっとした笑みを浮かべながら、視線をスルーし続けていたという……。


 *


「いや、しっかしまぁ、美味かったなぁ……さすがは熊軒クレープ。一学校で出すような味を軽く超えてきてたな」


 満足気な笑みが少しだけ表情に出たのか、周囲の男子生徒達が崩れ落ちていく。哀れである。自分の胸を撃ち抜いた笑みの持ち主は男子であると言うのに……。


「……?なんでお前ら崩れ落ちてるし」


 崩れ落ちてる男子たちの中に同じクラス、つまりは叶恵の正体を知っている者がいた事に疑問を覚える叶恵。


「無理……やっぱ男ってわかってても無理」


「はぁ?」


 そのままガクリと、わざわざ口に出して頭を床に落とす男子生徒。周りの女生徒達からの白けた視線が後頭部に追い打ちをかける。


「はぁぁぁ……めんどくせぇなぁ……」


 とりあえずはと、崩れ落ちたクラスメイトの襟を掴み、横の教室、即ち一年五組の教室へと放り込んでおく。


 入口で待ち構えていた生徒の叫び声が壁越しに薄らと聞こえるが無視である。


 これを非情というなかれ。こうでもしないとキリがないのである。


 尚、この件は『雪女は力強い!?男子生徒をぶん投げたその秘密とは!?』と新聞部の号外で星祭後に学校中に撒き散らされることとなるのである。なんとも自業自得である。


「はぁ、仕事しづれぇ……」


 そしてこのため息である。


 傍から見れば美少女の物憂げなため息に見えるものだが、内情はただの愚痴である。


 *


 現在六月十四日日曜日の午後五時零分。


『これにて、本日の星祭は終了となります。御来場頂いた方々は────』


 放送部の生徒の声とともに何故か流れる『蛍の光』。何故学園祭の終わりで流す。


「今日も一日お疲れ様ー!」


『『『『『お疲れ様ー!』』』』』


 一年五組の教室にて。

 相変わらずハイテンションの橋ノ井である。


「今日泊まる人手、上げて」


 その言葉に全員が手を上げる。


「ん?おお!はるちゃんも泊まるの?」


 はるちゃんとは誰か。

 簡単である。


「はい、今日は私も泊まります。ちょっと条件付きですけど」


 そう、我らが春来聖女様である。

 昨日は危険だからと泊まっていなかったはずである。


 が、この理由もまた簡単である。


「んー、条件って?」


「はい、実は……楓!」


『はーい!』


 ガラガラッと、扉を開けて入ってくるのは長い栗毛をツインテールにまとめてある快活そうな少女。


 そう、春来 楓である。


 何故いるのか。


 それは、昨日の夜、帰宅後にこんな会話があったからである。


 *


『ねぇ、お姉ちゃん』


『ん?どうしたの、楓』


『今日ってお姉ちゃん以外皆学校で泊まってるんだよね』


『え?……うん』


『明日はお姉ちゃんも泊まってきなよ』


『ダメ』


『なんで?』


『その……男の子の視線が……』


『うーん……よし、分かった!明日は私も行く!』


『へ?』


『ふふふ……私にかかれば男子の一人や二人、物の数ではないわっ!』


『誰の真似?』


『さぁ?』


『さぁ?って…………ふふっ』


『むふー、どう?心強いでしょ?』


『ふふっ、そうだね。じゃあ、お願いしよっかな?』


『わーい!』


 *


 ということである。

 一応学校側にも連絡は入っているし、当然春来家の両親が忙しい事情も伝わっている。だからこそ、許可が出たのである。ついでに女子にのみ、後から片付けることを条件に校舎に罠を仕掛ける許可も出ている。


 生徒の安全第一である。阿呆には鉄槌が下る、自然の摂理である。


「というわけです」


『『『『『へぇー』』』』』


「皆さん!春来 楓です!今日はよろしくお願いします!」


 頭のてっぺんにニョキッと生えているアホ毛が揺れる。そしてツインテールがうねうね動く。原理は不明、そして男子一同は一部を除いて心の中で拝み倒す。


 曰く、


 ──────この子に手を出した奴は殺すか、と。


 この時点で懸念されていた男子襲撃事件が起こる可能性が消えたのである。


 だが、それに春来妹が気づくはずもなく、


「あっ、寝てるところに近づいてきたお兄さん方には私式百八の拷問と罠が待ってますので〜、気を付けてくださいね?」


 ニッコリ笑顔であるが、その後ろに虎、獅子、狼、般若、鬼、龍etc……が幻視され、男子生徒どころか、春来聖女様を除くその場の全生徒が震え上がる。


 無論、叶恵と和之も含んで、である。


「あれ!?皆さん、どうしたんですか!?」


 と、一斉に顔を青くしたクラスメイトを心配する聖女様である。やはり聖女は聖女。みるみるうちに生徒たちの顔に生気が戻っていく。


「心臓に悪いんだが!?」


「はっ!え……今なんか虎とか龍とかが……あれ、夢?」


「なんでか知らんがすっげぇ心臓痛い」


「は、春来妹、凄まじい……はぁはぁ」


「ん?おい、あれ」


「「「「「…………」」」」」


「つまりは……」


「ん?ど、どうしたお前らそんな怖ぇ顔し」


『『『『『『Guilty』』』』』』


「おい!待て!なんで!?ちょっと!?待て待て待て待て話っ!話をしよう!話せばわかる!」


「ギロチンか」


「絞首か」


「斬首か」


「撲殺か」


「刺殺か」


「まぁとりあえず後で慰謝料十万払うから……」


『『『『好きなの選んで死にさらせぇ!!』』』』


「選択肢が地味に違う点を指摘してもいいのだろうか!?」


 闇のオーラをまとった男子一同が一人の生徒を追い詰める。既に腰が抜けているその生徒は後ろが壁なことに絶望。虚ろな目をしたキチガイどもがどこからか取り出した凶器狂気を振りかざし……


「お兄さん方、それで辞めてあげてください。私なら大丈夫ですので」


 鶴の一声ならぬ聖女の妹の一声で正気に戻る。


 戻る、が……


「来たらこれを押し付けるので」


 取り出したるはスタンガン。しかも円筒形のデカい奴。更に恐ろしいことにスイッチをつければバチバチと青い稲妻が先で光る。まず間違いなく改造済みである。


 どこを弄った……。


「ですから、大丈夫です。ねっ?お姉ちゃん」


 そう言ってスタンガンをしまった後、春来に飛びつくが、抱きつかれた春来の顔は少々引きつっていたという。





 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 楓ちゃん怖ぇ……次回からは地の文での楓ちゃんが春来妹からちゃんと楓に変わります。

 我らが聖女様は春来のままです。

 理由は秘密ですが、いつかは変わりますのでその時までお待ちください!

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