第14話

 さて、八時半を回った頃に旅館に帰った叶恵であるが、ここで無事に終わろうにもそうは問屋が下ろしてくれない。

 旅館の前で人が佇んでいる。


 Q.旅館前で叶恵を待っていたのは誰か。


 答えはCMの後で。

 というのは冗談として、答え合わせに行くとしよう。


「よぉ、ようやくのお戻りか。ドアホ」


 そいつは厳つい顔をしていた。

 鋭い三白眼、日本人にしては高めの鼻、歪んだ口元から犬歯が垣間見得るのが尚更恐ろしく見えるのである。

 唯一の救いはスキンヘッドでなかったことであろう。


 つまり、


「………俺、なんかしましたかね?高野先生」


 学年主任の高野である。


「なにしたも何も、てめぇさっきまでどこいやがった。後ろめたいことがねぇなら正直にさっさと答えるこったな」


 これを教師の発言とわかるものはよっぽどやばい教師に会ったことがある者くらいであろう。少なくとも教師が生徒に向かって「てめぇ」と言ってる時点で色々アウトである。


「どこって飯食いに行ってたんスけど」


 嘘ではない。

 事実、バイト終わりに岸宮からまかないを貰っている叶恵である。実にちゃっかりしている。


「ほぉー、こっちには証言があるんだが?」


「え゛」


「ほら、これ聞け」


 高野がポケットから取り出したるはスマホ。

 録音機能を使ってとある会話を再生する。


『おい、お前ら伊吹乃はどうした』


 どうやら雫と和之が帰ってきた時のもののようだ。

 なぜこのタイミングで、とも思う叶恵であったがすぐに思い直す。


(絶対に俺がいないこと確認したからだろこれ)


『叶恵なら………』


 和之の声が聞こえてくる、がすぐに言い淀むように声が止まる。


『ん?どうした原田。トイレならそういえばいい。それともなんだ、なんか余計なことでもしたか?』


『あ、いえ、そういうわけでは』


『じゃあ早く言え』


『えっと……夜ご飯、そう、夕食です!叶恵は僕達が行ったレストランの料理合わなかったみたいで、今一人で別のところに……』


『嘘言ってんじゃねえ』


 メキメキという音が入る。

 それ同時に『痛い痛い痛い痛い!』と、くぐもった悲鳴が聞こえる。


「何したんスか」


「安心しろ、ただのアイアンクローだ」


「それ体罰……」


「安心しろ、ちょいと痛むが目の疲れが取れるツボを押しただけだ。かなり疲れてたみたいで想像以上に痛がっていたが」


「そっスか……」


 そんな二人の会話をよそに録音再生は進む。


『で、あいつは結局どこで何をしている。正直に言え』


『ぐっ……それは『ぱ、Pearl Feastという、お店で、ば、バイトしてました!』……雫さん!?』


『あ?バイトだぁ?アホかあいつ……アホか、そうだったわ。失念してた』


『な、なんで言っちゃったの!?』


『こ、これ以上、原田さんが痛めつけられる光景は、見たくないです!』


 酷い言葉を本人がいないからと遠慮なく吐く高野と、大した場面でもないのに何故か距離が縮まる雫と和之。

 叶恵は無言で天を仰ぐ。


 それを見た高野は再生をそこで止め、一言。


「お前、学校帰ったら代休日に正門掃除しろ」


 余りにも無慈悲な言葉である。


 基本的にはそこまで古くもないため綺麗な星華学園であるが、利用者が何故かいないため、そこだけ恐ろしく汚い正門が存在する。

 蔦が這い、埃を被り、泥に塗れ、下から覗く塗装や、錆び付いていない学校表札などが不気味度をはね上げているのだ。


 そんなそこだけ廃墟のような正門を掃除しろと高野は言う。

 ちなみにその鋭い目は有無を言わさぬ迫力を視線に乗せているため、怖さ倍増。

 叶恵らガタガタと震えそうになる足を全力で摘み、痛みで恐怖に耐える。

 ついでに脳内で(いつか絶対クビにしてやる!)と決意していたという。


 *


 高野に対し、殺意と恐怖を感じながら部屋へと戻る叶恵。その途中、


「ん?おう、伊吹乃じゃねぇか。なんだ、今戻ってきたのか?」


「おおー、青野か…………」


「あん?どうした、急に眉間にしわ寄せて」


「いや、なんかなぁ、お前と会うのが久しぶりな気がしてさ」


「何言ってんだお前。今日の朝飯の時も会ってんだろ」


「や、それはわかってんだけどさ」


「ふぅーん、変なやつだな。知ってっけど」


「ひでぇなぁ。ま、否定はしねぇや。んじゃ、また明日」


「おう」


 そのまま青野と別れて再び歩き出す叶恵。

 部屋に戻ってから二人を問い詰め、仕返しに散々からかわれた後、布団に入ったのであった。

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