第66話 【アルテマソード】

「それで、具体的にどこに向かうおつもりなのですか?」


 ようやく落ち着いてから、ルナがそのように訊いてきた。


「魔術都市カダールに向かおうと思っている。そこに魔法剣の奥義――【アルテマソード】を記した書物があるらしい」

「そう言えば先程もその名前をおっしゃっていましたね。それはどのような魔法剣なのですか?」

「さあ。何しろ伝説だからな」


 ルナやアイスマリーは呆気に取られた表情をするが、分からないものは分からないのだから仕方がない。

 しかし、詳細こそあやふやな点が多いものの、【アルテマソード】の伝説は眉唾とは思えぬ点がいくつもあった。

 その中の一つに、代々【アルテマソード】の書物を受け継いでいる一族がいるという噂があるのだが、どうもその噂を打ち消そうとする動きがちらほら見えるのだ。

 普通だったらそんなこと気付きもしないだろうが、昔から影でアレクに悪評を流されて、噂の流れ方に敏感になっている俺からすれば一目瞭然だった。……言っていて悲しいが……。


 ――即ち、わざわざ噂を消そうとする動きがあるということは、逆に言えば【アルテマソード】の書物を受け継いでいる一族がいるという情報は、なまじ眉唾ではないと裏付けていることに他ならない。


 だとすれば、行くしかないだろう。

 伝説の魔法剣なんて、ロマンあふれた逸品を俺が見逃せるはずがない。


 ――もちろん、戦力面の強化という点に重きを置いていることは本当だ。


 人形師として覚醒した俺だが、魔法剣士としての力は残っている。だったらその力を伸ばすことはけして悪いことではない。

 先程も言った通り、新たな人形も作るつもりなので、人形師としてもレベルアップはする予定だ。

 つまり、魔法剣士と人形師としての両面から強くなっていけばいいのだ。

 そこら辺を説明すると、ようやく皆の顔が納得したものになる。


「にひひっ、確実な戦力アップよりも伝説の魔法剣を追い求めるなんて、マスターらしいよね。そういうところ、かなり好きだけど」


 あっけらかんと、エフィが言った。まあ、こいつの感性は一番俺に近いからな。

 ちなみにさっき伝説という言葉にルナとアイスマリーが呆れかえっていた時も、彼女だけは楽しそうな顔をしていた。


「わたしはマスターと一緒に楽しいことが出来れば、何でもいいんだけどねー」


 と、エフィはこういう子だ。

 別に身内を比べるつもりはないが、多分、一緒に居て一番楽しいのはエフィだろうと思う。

 もちろん、他の子にもそれぞれ一番はあるし、誰が一番大切かなんてことは、比べられるはずもないが。


「わ、わたくしも! わたくしもお兄様と一緒なら何でも楽しいですから!」

「言い訳は見苦しいですよ、ルナ」

「ア、アイスマリーさんだって内心ではエフィに後れを取って焦っているくせに!」

「……なにを根拠にそんなことを……」

「あなたの貧乏ゆすりで地面が割れていれば、誰が見ても一目瞭然ですわよ!」

「はっ?」


 そう、アイスマリーはようやく気付いたようだ。

 自分の足元が大変なことになっていることに。

 ……先程から地響きがすごかったからな……。地震かと思ったわ。


「地震では?」


 まさにその言い訳を使ってくるとは……。

 まあ、必死に誤魔化そうとしているアイスマリーというのも珍しくて可愛いんだけど。


「……何をニヤついているのですか、マスター」


 ずどんっ!!

 結局、俺の足が潰されたという……。

 地面が土で柔らかかったから、俺の足ごと地面の下に陥没してるんだけど……。

 あれ? 足首から下の感覚がないよ。


「お、お兄様!?」


 ルナが慌ててポーションを取り出して、俺に飲ませてくれる。こういう俺を心配して世話を焼いてくれるところはルナが一番なんだよな……。


「それで? 次は魔術都市カダールに向かって、そこで【アルテマソード】の書物を探すと同時に、新しい人形を作ると。そういう流れでいいのですか、マスター?」


 この状況で無理矢理話を進めて来るとは、さすがアイスマリーとしか言いようがない。

 ただ、俺には分かる。


 彼女は内心では悪いと思っているのだ。


 で、内心で後悔しながらも、それを素直に謝ることが出来ない。

 それがアイスマリーだった。

 だからこそ俺は、気にするなという意味を込めて彼女の頭を撫でる。


「ああ、そうだな。せっかくアイスマリーが俺のために最高の剣を作ってくれたんだ。だったら、最高の魔法剣を試してみたいと思うじゃないか」

「マスター……」


 そう。彼女は俺のために身を削って剣を打ってくれた。それは俺のために他ならない。

 だったら、俺はマスターとして小さなことくらい許してやらなければならない。


「あの……わたくしもポーションを飲ませてあげましたわよ?」

「はいはい。ルナもありがとな」


 おねだりするような顔で言ってくるルナの頭を撫でてやると、彼女は満足げに笑った。

 するとむくれたのはエフィだ。


「ぷー。いっつも頭を撫でてもらえるのはその二人ばっかり! ずるい!」

「わ、わかった。後でエフィも撫でてやるから」

「ほんと!? わあい! じゃあ、今日の夜、ベッドの中で色んな部分を撫でてね」

「ルンランみたいな下ネタを言うんじゃねえよ!」


 あいつらの悪い部分に毒されやがって……。

 しかし、ふと、俺はエスタールの方を振り向いてしまう。

 当たり前だが、そこにはもうルン、ランの姿も、フレインの姿もない。

 俺は思わず自嘲気味に笑う。

 ……ついさっき別れたばかりなのにな……。

 そんなことを考えていると、ルナが笑った。


「ふふ、何だかんだ、みんなエスタールが好きになってしまったみたいですね」

「そうだな」

「わたくし、ルン、ランともっと仲良くなりたかったです」

「……そうか」


 同じ妹同士、彼女たちはもしかしたら通じるところもあったのかもしれない。

 あれだけ騒がしかった奴らがいなくなると、やっぱり寂しいものだ。


 ――そして、フレインがいなくなったのは、心の中にぽっかりと穴があいたような感覚だった。


 短い間にそれだけ俺の心の中に彼女が入って来ていたことに、俺自身驚きを隠せない。

 しかし、だからと言っていつまでも引きずっていていいわけではない。

 エスタールから出ることを選んだのは俺だ。

 だったら、前に進まなければならない。

 俺はエスタールと逆方向を向く。


 ――さあ、行こう。魔術都市カダールへ。





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