第一章 再会 その2
「————」
ハッとする。荷解きをしつつ、僕の意識はどこかに行っていた。いや、どこかに行っていたというか、なんか古い記憶がよみがえってボーッとしていた、という方が正しい。
とある《お姉ちゃん》との思い出が脳裏に映像として浮かび上がっていた。
それで荷解きの手が止まっていた。
それはこの千石町での思い出。
さっき夢にも見た幼少期の記憶。
僕を救ってくれた彼女。
初恋の残滓。
忘れられない思い出をくれたあの人は、今どこで何をしているんだろうか。
「要くん、どうかした? ボーッとしているようだけど、気分でも悪い?」
「あ、いえ、なんでもないですっ」
鈴音さんに心配されてしまったので、僕は気を取り直して荷解きを再開する。
その時だった。
「——はいどもーっ! こんにちはこんばんはおはようございまーすっ!」
「え?」
玄関の方からいきなり快活な声が響き渡ってきたと思ったら——
どがんっ、と黒い上着にデニムのホットパンツを組み合わせた美白の金髪ギャル系お姉さんが突如として室内へと踏み込んできたのが分かった。……な、何事?
「はいっ、というわけで! 今日はなんとですね~、あたしが住まうアパートに新しい入居者の少年がやってきた、ということでしてっ。ちょっとねえ、今からインタビューしてみたいと思いまーすっ!」
そのギャル系お姉さんはなんか知らないけれど自撮り棒にスマホをセットした状態でレポーターか何かのように明るく喋っていた。え、もしかしてカメラ回ってるの?
「お、鈴音っちも居るねえ! でもあたしの目的はキ・ミ♪」
自撮り棒を調整して、白ギャルお姉さんが僕にレンズを向けてくる。
な、なんなのこれ……?
「じゃあキミっ、まずはお名前と年齢を教えてくれるかな~?」
急にいかがわしいビデオの冒頭みたいなインタビューが始まったんだけど……!
「あ、あの……あなたは?」
「およ、あたしのこと知らない? まあ知名度的にはまだ全然だしね、しょうがないか。でもそれはそれとして、あたしはキミを知り尽くしたいの! さあ、お名前と年齢から教えてくれるかな? ファーストキスはいつ? 初体験は終わらせたかな~?」
妙な質問を繰り出し始めた金髪お姉さんをよそに、僕は鈴音さんに助けを求む。
「す、鈴音さん……なんですかこの人! どうにかしてください……!」
「(あらぁ、要くんいいわねその困り顔……お姉さんゾクゾクしちゃうわ)」
「……え?」
「なんでもないのよ? ええ、今すぐどうにかしてあげるからね?」
そそくさと金髪お姉さんに迫って、鈴音さんはスマホのレンズを指で塞いでくれた。
「こら
「えぇー。でも新しい入居者って動画のネタになるし」
「プライバシーはちゃんと考えてあげなきゃダメよ?」
「んー、まあそれもそっか」
納得したように自撮り棒からスマホを外すと、金髪お姉さんはしゅんとした眼差しを僕に向けてきた。
「ごめんね。怖がらせちゃったよね?」
「えと……べ、別に大丈夫です。困惑してただけなので」
「そう? じゃあさじゃあさ、改めて撮影させてくれたりは?」
「そ、それは勘弁して欲しいです……」
「ちぇー、残念っ!」
不服そうに唇を尖らせる金髪お姉さんだった。
この人は一体何者なんだろう?
一見するとスレンダーな白ギャルさん。
こういう人に可愛がられながら生きる人生って想像すると楽しそうだ。
ともあれ、この人は多分かりん荘の住人なんだよね?
「その子はね、
「はいはーい! あたしは冴木一夏! グーグルの犬やってます!」
「え?」
「動画投稿者。要するにユーチューバーってことよね」
「えぇ!」
鈴音さんの補足に驚いてしまった。
そりゃ今はそういうのが人気な時代だし、僕自身そういう動画を結構な頻度で見ていたりもするけれど、ユーチューバーを実際やっている人に会ったのは初めてだった。
「あはは、まああんまり人気ないんだけどね」
「いや、でも、やってるだけですごいと思います」
自分を発信するのって結構大変なことのはずだ。このご時世色々あるし、その只中に自分をさらけ出すって相当に覚悟がいることだよね。少なくとも僕には出来ない。だから匿名の殻をぶち破っている人は無条件ですごいと思う。
「うぅ……要っちだっけ? キミ良い子だにぇ……褒めてくれてありがと~!」
「わわっ……!」
どこか感激したような表情で抱きつかれ、僕は照れてしまう。
身長差のせいで僕の顔が一夏さんの胸元に埋まっちゃってるし!
しかも見た目以上におっぱいが大きいし!
「ねえ要っちっ、あたしのことは一夏って呼んでくれていいから仲良くしようねっ! そして動画のネタいっぱい提供してねっ!」
「ね、ネタの提供はしませんから! というか離れてください一夏さん……!」
おっぱいに包まれ過ぎて頭がクラクラしてきたよ!
「えぇー、何よぅ何よぅ。お姉さんに引っ付かれるのはイヤな感じかな?」
「い、イヤではないですけど……っ!」
むしろいい匂いで柔らかくてふかふかで最高ですけれど出会って一分も経たずにこれは問題な気がする……!
「ほら一夏ちゃん、そろそろ離れてあげなさいな(ショタを独り占めとか殺すわよ)」
「ん? 鈴音っち何か言った?」
「要くんから離れてあげなさいって言ったわ。嫌がっているでしょ?」
「でもでも、要っちをこうやって抱きしめてあげると収まりがいい感じでさあ、あたしも落ち着くっていうか。それに可愛いからずっとこうしてたいってのもあるし!」
一夏さんが僕をぎゅっとしたまま離そうとしてくれない。
控えめに言って天国な状況なんだけれど、いい加減荷解きを再開したい僕は抱っこを拒否する猫みたいに身をよじって一夏さんから抜け出した。
「ぶぅー、なんで抜け出しちゃうかなぁ?」
少し不満そうに一夏さんが呟く。
フレンドリーで素敵な人だなと思う。新しい環境にやってきた僕にしてみれば、こうして積極的に絡んでくれる人が居るのは非常に助かるしありがたかった。
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