第2話 はぁ…死にたい
「いってきまーす」
そう言い玄関のドアを開くと、俺は外の世界へと飛び出した
空は快晴、それはまるで今の俺の心情を照らし出したかの様に澄み渡っていた。
鼻腔をくすぐる日差しの柔らかな香りや辺りから聞こえてくる小鳥のさえずりは、あたかもこれから新たな人生のスタートを切ろうとしている俺への応援歌の様にも聞こえた。
俺の名前は永久 玲亜<ナガヒサ レイア>。つい最近学校を卒業したばかりの新進気鋭の新社会人だ。
今、俺は新たな生活への第一歩を踏み出したのだ。
これからどんな出会いや発見があるのか――逸る心臓の鼓動は抑えるのにも一苦労してしまうほど。
新しいコミュニティ、まだ顔も知らぬ友人たち、そして……運命の相手との出会い!
それらを想像するだけで無意識にも上がってしまう己の口角に内心苦笑いしつつも、俺はゆっくりと会社へと向かう道のりを歩みだした。
「――あー!楽しみだー!」
周りから見たら今の俺はさも不審な人物に違いない。だが、そんな視線も今の俺には全くと言っていい程気にならない。
(人生ってなんて素晴らしいんだろうか!これがリア充……か)
「なんてな……さすがにまだ早いか」
上がり過ぎたテンションに内心苦笑いしつつ、浮足立つ心を少しでも落ち着かせる為に一旦立ち止まって深呼吸
「――ふぅ…。でも、絶対にリア充ってやつになってやるからな!」
深呼吸を終え意気込み新たに前を見据える。
子供の頃から何百回、いや何千回も見た筈の景色なのに今日だけはどこか違って見えた。
なんて素敵な世界なんだろう……
今、俺の視界には世界が虹色に輝いて見えている。
――――よし……行くか!
――――なんてのはただの妄想なわけで。
……本当の俺はただの18歳のフリーター。今の長い長い妄想の中で唯一現実と同じだったのは
「いってきまーす」の部分だけ。それ以降は全てが妄想、驚くぐらいに1つも当てはまっていない。
――え、空?
見事な曇天ですよ。雨が降っていないのが不思議なぐらいに完璧な曇天。
――小鳥のさえずり?
それはもしかしてあそこにいるカラス達の鳴き声の事だろうか。
だがあのサイズは間違っても小鳥とは呼べない。10羽もいたら俺の事くらい食い殺せそうですよあいつら。
獰猛そうな鳴き声を上げ警戒心全開でこちらを睨みつけているその姿は、画面越しによく見ていたファンタジー世界に溢れていた魔物達の様だ。
もし奴等の鳴き声を歌で表現するならば、間違ってもソレは応援歌などでは無く鎮魂歌だ。
そしてこんな曇天の中当然日差しの匂いなんてのもあるわけがなく、恐らく今俺の鼻腔をくすぐってるのはあの魔物達―――カラスが食い散らかしている生ゴミの刺激臭だろう
――虹色の世界?
どす黒く濁ってますね。曇り空も相まってまるでこの世界はモノクロなんじゃないかと錯覚してしまう程に
――――よし……死のう
なんてのは流石に冗談だが、今日はようやく決まった新しいバイトの初出勤の日だった。
そんなめでたい門出の日にこんな曇天模様、気分が落ちて変な妄想を始めてしまうのも無理ないだろう。
高校を卒業した俺は特にやりたい事も見つけられずフラフラと色々なバイトを転々としながら過ごしていた。
それでも家には最低限のお金を入れていたし、特にお金が必要となる趣味や娯楽も無かった為正直生活自体には困っていなかった。
だが最近になって少しずつ己の心境の変化を感じてきていた。
親は気を使ってくれているのか特に何かを言ってくる様な事も無いが、周囲の視線や社会そのものが俺に問いかけてくる。
「そのままでいいのか?恥ずかしくないのか?」と
正直に言うなら………ぶっちゃけ恥ずかしくは無い。
更に言うなら将来家庭を持ちたい!とか子供が欲しい!とかそういった類の願望が一切無い俺にとってはずっとこのままでいい気すらしていた。
だが最近久しぶりに会った友人に言われた一言が、鋭い棘となって俺の心に深く突き刺さっていた。
「お前の事だからお前は周りの目なんて気にならないのかもしれないけどさ、学生でも無いのにずっとフラフラしてる子供を持ってる親の気持ちも考えてやれよ?お前だけじゃない。お前の周りまで変な目で見られちゃうんだぞ?」
――――これがもう……ビックリするぐらい刺さった。
俺がこの世で唯一大切だと思ってるモノ
それは――母さんだった。
いや、高校も卒業したニートがまじまじとこんな事言ってるのがかなりキモイ事ぐらいわかってますよ?
それでもこれが偽らざる本音なのだから仕方が無い。母さんだけは本当に悲しませたくないのだ。
息子がニートの時点でもう既に悲しんでるよ。とか言うリアル過ぎるガチレスやめてね?お願いだから
あの人には言葉で言い表せられない程の恩を感じているし感謝もしてる。
あの人がいなければ俺は冗談抜きで自殺していたかもしれない。それぐらいには俺はこの世界に絶望していた。
特に楽しい事も無いし人付き合いもめんどくさい
――――いい事なんて何も無い、こんな世界
ただ、俺が死んだらあの人は絶対に悲しむ。それだけはしちゃいけない――――絶対に
だから……また働こう。って決めたんだ
もう一度だけ――――この世界と向き合ってみようって
いつかまた、昔みたいにちゃんとあの人の目を見て話せる様に。
でもニートからいきなり正社員はさすがにハードルが高過ぎるので、とりあえずまたバイトから始めてみる事にしました。流石にこれぐらいの甘えは許されてもいい筈だ。
一度でもニートを経験した事がある人ならわかると思うのだが……脱ニートってのは本当にキツいのだ。
そんなこんなで今日、俺は再び社会の波にもまれる為に家を出た。
「はぁ…終えたい――色々と」
そんな事不可能とは知りつつも願わずにいられない
――――自分の存在自体を消して欲しいと。
誰だって思春期の間に一度くらいこう思った事があるのではないだろうか。
――――死にたい、と
だが死ぬって事は実はそう簡単な事では無いのだ。もし俺が急に死んだりいなくなったりしたなら親や友達は当然悲しむだろうし、単純な葬式費用などでも迷惑をかけてしまうだろう。
だからいっそのこと存在自体を消して欲しい。最近ふとそんな事を考える時がある。
息子がこんな悲しい事を考えているなんて知ったらあの人は悲しむだろうか。
ただでさえ今日は初出勤で鬱だというのに朝から家に誰もいなかった事で余計に気分が落ちているのかも知れないな。
何故家に誰もいなかったのかと言うと、今日は弟の部活の全国大会の決勝戦の日だからだ。
我が家の三男は剣道の道でいわゆる"天才"というヤツで、学校や周りからの期待を一身に背負い頑張っていた。
そんな我が子の努力の集大成を見れる場に顔を出さない親などそうそういないだろう。
ちなみに余談だが俺も昔は一緒にやっていたのだが、なんとなくつまらなくなってすぐやめてしまっていた。
弟は剣道、兄は勉学、昔から兄弟たちにはなにかしら秀でた物があった。
かと言ってお前は無能なのか?と問われたら、それはそれで少し違うんだと意義を唱えたい。
何故なら剣道にしろ勉強にしろ昔は兄弟たちよりも自分の方が出来ていたからだ。
――――だが所謂……器用貧乏というヤツなのだろう
俺は昔からある程度ならなんでもこなせたが、何か1つの事を極めたりという事はただの1つもなかった。
単純に飽きっぽいと言うのもあったし今ならそれが的外れな考えなのだとわかるのだが、当時は何か1つの事をがむしゃらに頑張る事をダサい だなんて思っていた。
今なら痛い程にわかる。ダサかったのは必死に何かを頑張っていた彼等では無く、そんな頑張っている者達をどこか達観した様な目で見下していた自分なのだ、と
(はぁ……どこで間違えたんだろう)
かと言って今更なにかをがむしゃらに頑張るなんて到底無理に決まっている。
弟の試合を見ただけで俺もまた剣道上手くなったりしないかな
兄の仕事ぶりを見ただけで俺もまた勉強出来るようにならないかな
――――もしそうなればまた……母さんも俺に期待してくれる様になってくれるのかな。
そんな自己中心的で的外れで非現実的な悲しい妄想をしながら俺は、1人曇天の下を歩き続ける。
そして目的のバイト先が見えてきて再度気合を入れ直した俺が、地獄への一歩を踏み出した――――そんな時だった。
足元が光った
そりゃもう光った
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