第9話 雷の戦女神
二人に案内されたハルトはとある部屋でソファに座っていた。ハルトの座る向かいには、一人の美しい妙齢の女性が柔らかく目元を細めて微笑んでいる。
彼女はゆっくりと息を吸うと言葉を紡いだ。
「久しぶりですね、ハルト」
「ルーメリア大佐、ご無沙汰してます。いやぁ、軍から退役したあとなにしてるのかと思ってましたが、まさか魔剣学院の学院長をしてるなんて思わなかったっす」
「ふふ、大佐はもうやめて。そう言う貴方は変わらないわね。さ、ひとまず座りなさいな。紅茶でいいかしら?」
「あ、お構いなく」
「
「―――感謝します、ルーメリア。とシャルロットは
ルーメリアと呼ばれた眼帯を掛けた女性はハルトとシャルロットにソファへの着席を勧めるとそのまま紅茶の準備を行なう。手慣れているのか、その仕草には優雅さが垣間見えた。
ハルトは久しぶりに見るそんな彼女の様子をまじまじと観察する。
―――ルーメリア・クリストロン。長い紫髪を持つ三十代前半の美しい女性で、かつて帝国軍の大佐として連隊、大隊を率いて魔獣討伐の指揮をしていた女傑だ。
帝国軍に入隊したばかりのハルトの恩人といっても良い程の人物。
実力も確かで、軍内では帝国特務師団所属のメンバー以外では数少ない剣技練度100パーセントに到達していた『
ある事情で退役して以来一度も会ったことが無かったが、まさかこんな場所で彼女に再会するとは思っていなかったアルトは心が穏やかになる。
その一方でハルトの隣に座る儚げな雰囲気を持つ白いひらひらの巫女服のような服装に身を包んだ小柄な美少女はハルトの魔剣精シャルロット。
魔剣精共通で自在に人間の形へ姿を変えることが可能で、彼女の場合は白銀の長髪に白い肌といった全体的に色素が薄いアルビノのような容姿をしている。
白い肌と白い服装という幻想的な容姿が相まって、まるで雪の妖精が舞い降りたかのよう。
やがて紅茶やお菓子が目の前のテーブルに置かれる。ルーメリアが対面に座るとゆっくりと話しだした。
「いつの間にクリスティアさんやリーゼさんとあんなに仲良くなっていたのね。どこで知り合ったの?」
「街にいるときにちょっとね。周囲に顔を隠しててもクラリスを所持してたから一目でわかったっすよ」
「なるほど」
ルーメリアは微笑みながら相槌を打つと、静かに紅茶を口に含む。
―――クリスとリーゼに学院長室の中まで案内して貰ったハルト。二人を先頭に入室したハルトだったが、自らの書斎で手を組みながらこちらを見て微笑んでいるルーメリアに驚いたのは随分記憶に新しい。
そんなハルトの様子に怪訝な表情を浮かべていたクリスとリーゼの二人だったが、そのまま二人とは別れた。このまま学生寮に戻るのだという。
そして今の状況に至る。
「というかこちらに来るのが随分遅かったわね? 帝国軍の宿舎から魔剣学院まで距離は然程離れていない筈だけど……、いったいどこで道草を食ってたのかしら?」
「どこぞのインテリクソメガネ教師のせいっすねー。有無を言わさず門前払いされたから、三日間ふらふらと帝国内を彷徨ってました」
「パンの耳を齧りながら歩く姿はまるで物乞い……ごほん、ホームレスのようでした。とシャルロットはハルトへ憐みの目を向けます。しゅーん」
「あらあら、ごめんなさい。どうやら連絡に不備があったみたいね。……あとハルト、レオナルド先生のことを品のない呼び名で言ってはダメよ。言葉はその人の心を表すと前に貴方に言葉遣いと共にみっちり教えた筈よね? それとも……、―――また教育が必要なのかしら?」
「ひ……っ!? ご、ごめんなさい……ッ!!」
「はい、よろしい。今度からは気を付けなさい、ハルト」
凍えるような表情になったルーメリアへハルトが冷や汗をたらたら流しながら謝ると、その表情を一転させて誰もが見惚れる様な笑みで微笑んだ。
ハルトがルーメリアに頭が上がらないのには理由がある。以前、ハルトが帝国内に所属したばかりの教育係はルーメリアだったからだ。短い期間とはいえ、その徹底した様々な教育はハルトの身体に深く刻まれている。
お茶請けで出されていたクッキーを無表情で瞳を輝かせながらはむはむと頬張るシャルロット。じとっとした視線でハルトは見つめるも、ルーメリアはそのまま言葉を続けた。
「で、早速本題に入って良いかしら?」
「はい」
「レイアちゃんから聞いているでしょうけど、今回ハルトにお願いしたいのはこのレーヴァテイン魔剣学院の教師として陰ながら第三皇女であるクリスティアさんの護衛を行なうことよ」
「レイアから渡された資料はざっと目を通してるからそれは問題ないっす。……ただ、少しだけ厄介なことをレイアから頼まれまして……」
「……クラリスちゃんのことですね」
ハルトはルーメリアを見据えながら首を縦に振る。彼女はそのまま言葉を続けた。
「レイアちゃん……ヴァーミリオン家の事情も理解していますが、魔剣精クラリスがヴァーミリオン家に返還されるのはしばらく難しいでしょう。現在、皇帝により魔剣精クラリスは既にクリスティアさんの所有魔剣精として国や学院にて登録されています。正規の魔剣返還申請を行なうにも皇帝自身の承認が必要なので、ヴァーミリオン家に戻ってくるのは最低でも半年以上は掛かるでしょう。……私も少し前に皇帝に会った際それとなく伝えてみましたが、今回の場合第三皇女の命が掛かってますから、首を縦には振りませんでした」
「やっぱり、そうですか……」
『魔剣返還申請』とは、死亡・借金といった様々な事情から手放す事になった魔剣・魔剣精を国に納めたのち、その手続きを行なった人物の親族や関係者が返還を求めることが出来る制度である。
今でこそ魔獣の素材で作られる魔剣は流通数は多いが、昔は圧倒的に少なかった。そのせいで不法な取引が横行してしまったので当時の皇帝がこの制度を定めたのだ。
守らなければ有無を言わさず死刑。結果的に魔剣を巡っての争いや殺人・盗難が激減したので、現在でもこの制度が定められている。
本来ならば大人しく承認されるのを待つべきなのだろう。―――だが、
「……わかりました。でもルーメリア、頼みます。皇帝に返還を進言し続けてくれませんか? クラリスは俺やレイアにとっても、アイツの最期の形見なんだ。―――『
「そう、ね……。……分かった。私からも皇帝にヴァーミリオン公爵家へクラリスちゃんの返還を頼んでみるわ」
「……すみません、ルーメリア」
気にしないで、と沈痛な面持ちで返事を行なうルーメリアにハルトは頭を下げる。
その場に漂う雰囲気は真剣そのものだったが、それからというものの二人ともカップを口に運ぶ動作などがどこかぎこちない。
しばらく二人のやりとりを静観していたシャルロットは、そんな陰鬱とした空気を払拭するべく鈴の音のような可愛らしい声で言葉を紡いだ。
「それでルーメリア、ハルトが教師という役職を与えられるということは生徒たる人間が必要です。それはいったいどういった人間なのでしょうか。とシャルロットは新たな風を送るべく話題の提供をします。ふふん」
「そういえばそうでしたね。このレーヴァテイン魔剣学院には各々の剣技練度によってD~Sクラスといったクラスに分けられています。そしてハルトにはこのたび、剣技練度という概念に捉われない、今年度から新しく設立されるクラスの教師となって頂く予定です」
「新しく設立されるクラス……?」
「はい、その名も―――」
ルーメリアはそう言って一拍空けると、ハルトの瞳をじっと射抜きながらそのクラスの名を言い放った。
「―――『ゼロクラス』です」
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