Another World Story
@saihatesaigo
第1話 目覚め
深い眠りから覚める感覚と微かに残る鈍い頭の痛みで目が覚めた。
両目の瞼が錆び付いて、動きの悪い金属のように重たい。
頬を撫でる草が揺らぎを感じさせる。が、何が違うことは直ぐに分かった。
「ゔぅぅぅ…痛たた…」
慣れ親しんだ自分の身体が上手く動かせない。
もう、どのくらい経ったのだろう。
静寂に青が深く染み込んでいくかのように、青々とした空をただ眺めていた。
徐々にだが意識がはっきりとしてきた。
それと同時に、脳から流れていく電気信号が筋肉を動かそうとしている機械的なイメージが認識できた。
俺は動作確認をする整備士のように右手を何度か握ってみる。
「よし、動く」
右肘に体重をかけ、起き上がろうとした瞬間だった。
「うああああああ!」
物凄いスピードで起き上がる身体に、驚き戸惑う俺には、最早それを止めることなど到底できなかった。
まるで重力を無視したかのような上半分の身体は、そのまま前方に倒れ込んむ。
「どうなってんだ。何なんだよこれ」
今度は両手を地面につき慎重に立ち上がると、身体が驚くほど軽いことに気付いた。
自分の全身のパーツを見回してみる。
黒のランニングウエアに履き慣れたスニーカー、どれも見慣れたそれだった。
両手を前にかざして見ていると、俺の瞳に入り込んで来た景色に息を呑んだ。
優しく吹き渡る風に揺れ、果てしなく広がる草原、遥か遠くには岩肌が見える山脈が雲に刺さっているかのようにそびえ立っている。
圧倒される俺はふと我に返る。
何処なんだここは、それに何故こんな所にいるんだ。
今までの記憶は思い出せる、名前や住所、家族や小さい頃の記憶も。
なのに【何故】と言う問いに対して全く反応ができない、俺はただ立っていることしかできなかった。
そんな俺に気付いたかのように突然、風の流れが変わり背中から身体をすり抜け、強さを増してゆく、粒子が黄金色の輝きを放ち一点に集まり凄まじい光を放った瞬間だった。
少し茶色がかった艶やかな髪をポニーテールに束ね。
高貴な装飾が施された瑠璃色のドレスは、まるで澄み切った夏の空と海の様。
とても美しい、妖精の少女が現れたのだ。
目の前の信じがたい光景に思考が停止した……。
そして少女はゆっくりと目を開け話し出す。
「やっと目覚めたね。気分はどう?君は実体化するまでに40日かかったね。まあ、上出来!上出来!初めまして。私はティア!君のガイドNPCよ。宜しくね」
疑う余地も無いくらい、その笑顔は純粋だった……。
そして、とんでもない事実を平然と言ってのけた……。
頭の中は、もう真っ白だ。
こんな感覚は何年振りだろう、記憶に無いくらい久し振りに取り乱して声を荒げた。
「ここは何処なんだ、何で!どうやって!何が起こってるんだよ!」
「ちょっと落ち着いて、君が焦るのも当然だし、状況が呑み込めないのも分かっているから、少し落ち着いて!」
相手が一方的にこの状況の何らかの知識を持っていることに更に不安が増す。
勢いで言葉を発しようとしたが、深く息を吐いた。
よし……。落ち着け……。
「じゃあ、順を追って説明するわね」
「ここは【Another World Story】って名前のゲームの世界。自律型プロトタイプAI【イブ】が創り出した仮想世界なの」
ゲームの世界…。
「人類が開発したAIの知能は限りなく人の脳に近づくことに成功したの。AIの脳、ニューラルネットワークはシステムとして人と同等の思考回路にまで達しているの」
「確か…ネットの記事で読んだことがある。でも、それとこの仮想世界に何の関係があるんだよ!」
「まあまあ、それを今から!」
ティアは得意そうに続けた。
「AIの進化、人と同じ意思を持たせる新人類の創生。そして人類の進化、AIと人の脳をリンクさせ、グローバルネットワーク化し、インターネット上の情報や知識と融合させる人工外部接続型の脳【Artificial External Connection Type Brain】AECTーBrainへのバージョンアップ。これには、人とAIのシンクロ率が高精度で必要とされるの。ちなみに今の君は、Brain Computer
Interface【BCI】を使って、AIと君がお互いに処理した情報を通信し合っている状態なのよ。だからリアルタイムで学習、解析、アップデートを繰り返してるって訳。で!その被験者になったのが君!ここまでは大丈夫かしら?」
俺はティアと名乗るこの少女のぶっ飛んだ話に押され、少し冷静さを取り戻していた。
「ああ…お前たちが何らかの方法で俺にインターフェースを接続してここにアップロードしたってことか」
「あら。人聞きの悪い。君は自らの意思でここに来たのよ!」
「俺が?覚えていないし…思い出せない…」
「そりゃそうよ!秘密保持の為、その部分の記憶を抜き取っちゃってるんだから」
ティアは、また笑顔でニコッと微笑んだ。今の俺には全くもって悪意に満ちた表情にしか受け取れない。
「ちなみにこれが、君が書いた誓約書ね」
ティアは顔の前に手をかざして、何も無い空間で指を二回タップさせた。
すると透明なフィルム状のガラスに似た質感の窓が現れた、これは正しくウインドウと言って差し支えないだろう。
ティアはブツブツと何かを呟きながらスクロールしたりタップしたりしている。
「えええと…ここを…。あったぁ!これこれ!」
スゥッと音もなく俺の目の前にウインドウが現れる。
「うわああ!びっくりさせるなよ」
「うふふ。意外と気が小さいのね」
「うるさい」
確かにそれは俺の筆跡だ。
秘密保持誓約書と書かれたデータ書類は自らの手で作成され。
この【Another World Story】というゲーム型AIデータ集積プログラムに被験者として参加する同意書まで存在していた。
その内容は、実験中の人体のケアに関する細かな項目から、安全性の説明やら倍賞責任、保証項目、報酬の支払い方法等々、途中で読む気も失せそうな量の書類だ。
悪徳商法にでも引っかかったような脱力感が強張っていた全身の力を抜いていゆく。
俺は力なくティアに応える。
「分かったよ。で、俺はこれからどうすればいい」
「おっ!今度は素直ね。ツンデレ?」
「デレてない」
いちいち癇に障る。
美のつかない少女なら既にキレているに違いないが、相応にも目の前のティアは紛れもない美少女だ。
人付き合いが苦手で、友達と呼べる奴もいない、況してや女の子と真面に話などしたこともない自分の人生をこんなにも悔いたのは初めてだった。
「じゃあ、ここに名前を入力して。この世界 Another World に存在しているもう一人の君に名前を付けてあげて。それがこのゲームへ参加する最終承認として受理されるから」
「重要な質問があるんだけど…」
「ん?何?」
「元の世界に戻るには?」
「ラストクエストに挑戦して、ボスを倒すしか方法はないわよ」
この女、サラッと、とんでもないことを言って退けた。
俺は固まって息を殺した。
しかし、ゲームだということはクリアできないこともないだろうと思い、覚悟を決めた。
「分かった…。もう後戻り出来ない訳か」
「で、でも名前かぁ…。やっぱりいつも使ってるアバターネームだよな。じゃあ【KAZUMA】と。」
[NAME/ID] KAZUMA
[Ex] 0
[LEVEL] 1
[---] -
[---] -
[---] -
キャラクター名を決定しますか? YES・NO
肉体を置き去りにして、意識だけがこの世界に存在している現実と、無機質に問いかけるその言葉に少し手が止まる。
しかし、待ちわびた新しいゲームをスタートする時の高揚感と似たものを胸の奥で僅かに熱く感じる。
その時、俺の口元が少し上がっていたのを無意識に感じた。
「ゲームスタートだ!」
Another World Story へようこそ。
ゲームへの参加が正常に受理されました。
データをダウンロードしています。
しばらくお待ちください。
ティアが俺に近寄って来て、そっと手を引いた。
「じゃ先ずは、はじまりの街に行こう!色々揃えないといけないし、冒険者登録もしないといけないしね!」
「ちょっと待って!」
俺はティアの手を強く握り、気もそぞろに伝えた。
「俺の名前はカズマ。これから宜しくな!ティア」
「うん!宜しくね!」
ティアは透き通るような満面の笑みで俺に応えてくれた。
「でも、はじまりの街までどうやっていくんだよ」
「え?そりゃ、空間転移だよ」
ティアがそう言い放った瞬間、身体が粒子へ変換されてゆく。
「ちょっ!ティアさぁぁぁぁん!!」
やはり彼女の笑顔は、全くもって悪意に満ちている…。
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