騎士にもいろいろいる 続

砂山一座

【ギルド工作員ユウキの不満1】

 妹はちょっと……相当……いや、酷くヌケたところのある娘だ。

 血の繋がりもなく、同い年だが「妹」というのがしっくりとくる間柄だった。

 特に趣味もなくごろごろとしている事が多く、体の鍛錬だけは真面目にやっていたが、日常生活に必要なことなどはギリギリ及第点といった出来で、たいへん手のかかる子供だった。

 あまり深く物を考えられないようで、ある程度悩んだら放り出してしまう所もあり、これは恋愛や結婚は無理かもしれないな、と早くから諦めていた。

 頭のおかしい父とふわっとした母よりも、妹の未来を憂いていたのは、妹と同じく子どもだった俺だったと思う。


 しかし、幸か不幸か妹には生まれつき変態が付きまとっている。

 なんでも胎児の時から付きまとわれていたとか。

 確かに物心ついた頃には視界に入るところにいた。

 妹に直接話しかけたりする事は稀だが、父に勝負を挑んではボコボコにされて追い払われていた。

 うちの頭のおかしい父が言うのだから、胎児からって言うのはおそらく嘘なんだろう。

 何か理由があってのことだろうが、気持ちは悪いのには変わりない。

 それでもダメならダメなりに変態が妹の始末をつけてくれるだろうと踏んでいる。


 久しぶりに妹が帰ってきた。

 十六になってすぐに王都のギルドの預かりになってから、数回かしか帰ってきていないが、今回はしばらく休暇を取ってきたようで集落の繁華街にある宿に泊まっているそうだ。

 伝聞調なのは、昨日は夕方こちらに寄りもせず、直接宿に帰ってしまったからだ。

 鼻歌交じりに帰ってきた父は「タリィちゃん今日は修羅場だな」とかなんとか言いながら、また出かけて行った。

 なんの修羅場なのやら。


「ただいまー」

 久しぶりに顔を出すには少し普通すぎる調子で妹が家に入ってくる。

「タリム、おかえりなさい。

あら? ロイは一緒じゃないの?」

 母の問い掛けに、タリムは口をへの字に曲げている。

「……ここでご飯食べてもいい?」

 朝ごはんをねだりに来たらしい。

 どうやら変態ことロイ・アデルアと喧嘩でもしたようだ。

 いい気味だ。


「だいぶ切ったわねぇ」

 座ってスープとパンを食べ始めた妹の髪を母が撫でている。

「ロイに切ってもらった」

 ぶすったれた顔で言う。

 そんな事まで世話するのか、あいつは。

 真性だ、真性のやつだ。

「あの子もマメねぇ」

「マメじゃなかったんだよ。

 下心だったんだって」

 なにを泣きそうになる事がある。

 今更過ぎてへそが茶を沸かす。

 俺はタリムにかまわず茶を飲もう。

「あら、そんなことないわよぉ。

 ロイは下心以前にマメよ。

 マメありきの下心よ」

 妹は母に話が通じないことを思い出したようで、俺に話を振ってきた。

「お兄ちゃん、聞いてよ! あれは下心だったんだってさ。

 今までずっとそうだったってこと?」

「何を今更な事言っているんだ。そんなのずっとだろ」

「えーー?! ずっとって、なに? 

 いつからの事? どこからどこまで?!」

 これを本気で言っているのだ。

 狂気を感じる。

 うちの親父に何度も危ない目にあわされ、ギルドのために馬車馬のように働かされ、タリムを手に入れるために水面下で脚をばたつかせながら水上で澄ましている水鳥のようなロイ。

 妹にはロイの必死さは何も伝わっていないようだ。

「じゃぁ、お前はロイの事なんだと思ってたんだよ?」

「め……面倒見が、いいなって」

 これだ。

「あーあ。それで? 気持ち悪いから離れることにした?」

「それはないけど……」

 自分の恋人が妹のような女では無かったことを神に感謝する。

「だよなぁ。タリィはそういうやつだよなー」

「でもぉ、ロイもわるいんだけどねぇ。

 いつまでもパパに勝てないからって意固地になって、おかしな方向に向かっちゃったから」

「そうだよね、母さん。それは自業自得だよね」

 あははは、と母と笑いあう。

「変な騎士にも付きまとわられて、もう嫌んなっちゃう」

 頭を抱え、ブツブツと文句を言っている。

「まぁ、騎士様? あらあら、騎士様がタリムになんの御用?」

「わたしがこの国の姫だとかいって、しつこいの」

 そりゃ、頭がおかしい騎士だ。

「どうしてそんな妄想を?」

「わたしを産んだ人が、お姫様だったんだって。

 それでね、その人の乳母だって人が指輪を送り付けてきた」

 家庭内が凍りつくような内容を口をモグつかせながら告げる。

「おかしな事を言う騎士だな。

 こんなガサツな姫がいてたまるかよ」

 冗談だとしか思えず取り合わないでいると、横から母が呑気な口調でもっとおかしなことを言い始めた。

「あら、失礼ねぇ。

本当にタリムのお母さんはお姫様よぉ。

元王位継承権第二位のセレスタニア・ナ・ドルカトル・マナ姫だもの」

「はぁぁ?!」

 そんなはずはない。

 あの悲劇の姫、セレスタニア姫?

 国の外交のため病弱の身で嫁いだが式のその日に命尽きたとか。

 確かに近くに療養地があったようだが。

 王位継承権第二位の身分で隠れて出産とか、そんな事が可能なのか?

「ほらねー。嘘じゃないでしょ? まあ、関係ないけど」

 イヤイヤ、待て待て。

「それは、そもそも国家機密なんじゃ?」

「そうでしょうねぇ。

 でも、別にうちの中では秘密だったわけじゃないのよ。

 必要ならロイが言うと思ってたし。

 でもタリムってば、一度も産んだお母さんのこと聞かないから。

 言わないままになっちゃったのよねぇ」

「それ、本当の国家機密だよねっ!!!

 なんで今まで黙ってたんだよ? お前も気にしろよ!」

「だって、別に気にならなかったし」

「姫だからって、タリムがお行儀よくなるわけじゃないものねぇー」


 今、国家秘密がバターを塗ってる母と、スープにパンを浸しているアホの間でボタボタと漏洩している。

 妹は近くの診療所で生まれたあと、父と母が引き取ったのだという。

 俺を産んで間もなかった母が乳母となり、タリムは俺の妹となった。

 産みの母が身体が弱くて育てられないから、という理由で引き取ったと聞いていたが。

 ……確かに姫は病気がちだったらしいし、間違ってはいないが。


「マズイことになるんじゃないのか?

 お前が生まれた時って、姫はまだ継承権放棄する前だったんじゃ?」

 今代の皇太子は俺たちより歳が若い。

 下手をすればお姫様どころか皇太子だ。

「大問題みたい。

 王位継承権第一位の王子の母? かな? そのへんから刺客とか雇われて大変だったよ。

 しばらくお義父さんもロイも書類作成が大変そうだね」

「刺客?」

「斬ったから大丈夫。 もう一人は串を刺してギルドに渡した」

「串……殺伐としているね」


 父がギルドから帰ってこない理由もわかったが、あまりの事に頭痛がする。

 まぁ、だとするとタリムに名が無いのも、生まれた時からずっとタリムに執着し続けるロイの存在も説明がつく。

「もう、そんなのどうでもいいんだよ。

 終わった仕事だし。それより、ロイをどうしよう」

 こんな、悩む価値のない事に頭を抱える妹が、姫。

 しかも、王位継承権があるかもしれない姫。

「ロイよりもお前の出自の話の方が重要だと思うんだが。

 だいたいロイなんか今更だろ」

 こっちは国を揺るがす大事件だぞ。

「わたしにはロイのほうが重要なの!!」

「それだけ聞くとまるでロイのこと真剣に考えてるみたいに聞こえるけどな……実際はお前の生活が不自由になるからか?」

「うっ……」

 図星か、残念な妹よ。


「だって、毎日顔合わせるのに、どうしたらいいの?!

 ……あれ?ご飯は?

 もしかして、その気がないなら一緒に食べられない?

 髪切るのだって、寒い時に暖をとるのだって、仕事でまとめて一部屋とか、馬車の中で枕にするのだって恋人じゃ無ければやっちゃダメってこと?!

 ど、どうしよう……」

 涙ながらに訴えてくるが、おそらく加害者はお前だ。

「下手したら恋愛感情があってもダメなやつもあるんじゃないかな」

 あーでもない、こーでもないと独白しながら頭を掻きむしっている。

 悩め、悩め、今までサボっていたツケを払うんだ。

 もしかしたら少しは人間らしくなるかもしれない。

「……とにかく、今までと同じようにはしちゃいけないと、おもう、ん、だけど……だめなの?

 ロイの事は、一生側にいても良いと思ってるけど……楽だし。

 でも、それって、ロイの求める気持ちと一致してないと、ロイは、酷い目にあってることに……なる?

 なるよね……」

 いつになく考えながら話しているようで、絞り出すように話す。

 一部不穏な発言はあるが、妹にしては頑張って考えている様子だ。


「そんな感覚があったことに感動してる。

 そうだな、お前にその気があるならどう扱われようがロイは報われるかもしれないが……お前、ロイに返すべき恋心とかいう繊細なものは王女の胎の中に置いてきたんだろ」

「こいっ?! 恋かー。

どういうのが? 動悸? 動悸のこと?

ドキドキとかキュンとか、そういうの?」

「心当たりはあるのか?」

「……」

「ないのか」

「……あ、でも!……あ、違うか」

「心当たりがあったか?」

「ん……ちょっと違うね」

 恥ずかしそうに頬を染めるが、これは違うな。

 くだらないやつのほうだ。

「お前が防具の内側に変な刺繍してあるの見られたとか、架空の猫に話しかけているの聞かれたとかは違うからな」

「なんでお兄ちゃんがしってるの?!」

お兄ちゃんは、端からお前に期待はしていないぞ。

「そんなことより、タリィがロイに思いを返せるかどうかだろ?」

 本当はそれよりも、妹が姫かどうかのほうが重要なんだが。

 そして、お兄ちゃんは、この話に巻き込まれたくない。

 仮にタリムが本当の姫で、ロイが本当は騎士か何かなら、割と今の状況を維持できるんじゃないか、なんて余計な事を考えてしまうから。

 でも、国に戻って姫としてどこかに嫁ぐとなったら、ロイは……死ぬな。

 たぶん死ぬ。

 死んで転生して、変な力を覚醒させて魔王になって世界を滅ぼすくらいのことはする……あ、妄想が親父に影響されすぎか?


「どうしよう。

 このままじゃ本当に花街の女の子たちに暗殺者雇われかねないよ」

 小銭でも塵も積もれば山となるもんなぁ。

「お前がロイの近くにいるうちは、どんな女もその間に割って入れないっていうのに。

 ロイを受け入れるでも突き放すでもないなんて、大した悪女だね。

 お兄ちゃんいまさらだけど感心した」

 丁寧に纏めてやったら、やっと合点がいったのか、「そういうこと? わたし、それで女の子に道端で叩かれたりしてたの?」とか言っているが、そこまでされてて、なんだと思ってたんだ?


「お兄ちゃん、恋愛感情ってどこに売ってるの?!

彼女いるんでしょ?

どこで売ってた?

わたし結構お金は貯めてあるからっ!!」

 錯乱するな。

 そして俺の首を絞めるな。

「タリム、お兄ちゃんは、そういうの買ってない」

 真っ当に愛を確かめあって、真っ当にお付き合いしてますよ。

「そうよぉ、ユウキはそんなに稼いでないから、全部自作よぉー」

「母さん、ややこしくなるから口を挟まないで」

 などと、不毛な話に花をさかせていると、来客を知らせるベルが鳴る。

 母はバターを塗ったパンがあと数口残っていて、食べるのを中断するのが不服そうだったので、俺が玄関まで出迎えに行く。


「こちらがタリム嬢のご養家ですか」

 ドアを開けると騎士がいた。

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