05 朝食を作ろう

「おはよう。昨日は眠れた?」


 朝、部屋を出て件の冷蔵庫の姿を一望できるリビングへと足を運ぶと、俺よりも先に目が覚めたらしいアリスがコーヒーを呑みながらそう尋ねてきた。


「ああ、よく眠れた」


 昨日、色々考える事があった所為で眠れないんじゃないかと危惧した訳だけど、実際何も考えず目を瞑ると以外にあっさりと眠りに付く事ができた。

 どうやら相当疲れが溜まってたらしい。

 主にドラゴン戦ではなく此処に辿りつくまでの移動でな。

 まあなにはともあれ、その疲労も眠ればある程度回復できた。

 若いって凄い。


「裕也もコーヒー呑む?」


「ああ、頼めるか」


 俺はそう言って椅子に腰かける。

 基本的に俺の朝はコーヒーから始まると言っても過言ではない。

 コーヒー片手にニュースを見る。

 これが俺の朝。


 ……とまあこれだけ聞くとなんとなくインテリっぽい気がしないでもないが、基本朝のニュースってのは、バラエティー色が強かったりもする訳でそう考えるとインテリもクソも無い。

 結構ノリノリで朝の占いで一喜一憂してたから尚更。


「砂糖は?」


「どっちでもいいよ、お任せで。俺はブラックからMAXコーヒーまでオールジャンルを網羅してるから、何が来たって大丈夫だ」


 朝呑むコーヒーの内、週に一回は買い貯めたMAXコーヒーな訳だから、本当にインテリもクソもない。

 いや、MAXコーヒーを馬鹿にする訳じゃないけど。

 寧ろ大好きだけど。

 まあMAXコーヒーは別にいいとして……やっぱり朝起きてテレビの音を聞かないというのは新鮮な気分になる。

 なんというか改めて、此処が自分の居た世界ではないんだという事を再認識させられる。


「そうか……俺の家じゃ、ないんだよな」


 アリスに聞こえない様な声量でボソりとそう呟く。

 こうして一晩こちらの世界で過ごしたわけだけど、今頃地球での俺の扱いはどうなっているのだろう。

 時期が夏休みであったなら、一日二日消えた所である程度誤魔化しは聞くだろうけど、時期的に夏休みでも何でもない。

 一応金曜日ではあったから今日明日位は誤魔化せるかもしれないけど、それ以上はどうなるんだ?

 連絡なしで姿を眩ませ行方不明。普通に警察が出てくるレベルの事件である。


 ……よく考えればそんな状況下を作り出した佐原は、この先どういう扱いを受ける?

 俺はあの場にカツアゲを止めに入ったんだ。

 つまり俺があの時点であの場に居た事を佐原と、そのカツアゲの被害者は知っている。

 いずれ警察が捜査を開始した際、この二人は参考人にでもなるのではないだろうか。


 ただその被害者は事が起きた時点で既に俺が逃がしていたし、佐原も口を割るとは思えない。

 そして……多分実況見分なんかしても、何も事は前に進まないだろう。


 何しろ証拠が残っていない。

 あの場に出現した魔法陣は術式を解いた時点で消滅しているし、魔術によって生じた視覚的効果もまた、俺が消滅するという無に等しい物だ。

 それに加えて魔術にはある程度射程距離が定められている事もあって、あの場にいなかった人間でも犯行が可能になる。

 そういった様々な事が重なって、きっと佐原が俺を異世界に飛ばしたという確信に辿りつく事は難しいと思える。


 そして俺が何処にいるかなんて事も、また迷宮入りとなってしまうだろう。

 最後にあの場で目撃情報があったのだから、転移術式が使われたと仮定して何処へ飛んだかを調べる調査が行われる事だろう。

 その場に魔術の痕跡事態は残らなくても、その周辺を転移術式などから生じる魔術的な何かが蠢いていた事自体は分かるはずだ。

 それを辿れば答えは導き出せる……が。


 だがそうして行われる調査で、はたして異世界が導き出されるだろうか?

 糸を辿れば最終的に何処かで切れてしまっている。そうなるのではないだろうか?


 仮にこの場所を導き出したとして、異世界なんて馬鹿げた存在はそう簡単に立証されやしない。

 常識的に考えてそれはただのミスとして処理され、やがて糸は自然消滅し迷宮入り事件の完成だ。

 まあ俺は警察じゃない。

 こういった調査の事は一般人が知り得る程度の事しか知らない訳で、実際は穴だらけな考えなのかもしれない。

 警察は俺が思っているより遥かに有能で、事の全てを速攻で把握してしまうのかもしれない。


 だけども、結局全てはこの簡潔な二つの文だけで否定する事が出来る。


 今まで何をやっても警察沙汰になっていない佐原は、流石に俺が土日使って戻ってくる事を前提として話していただけに流石に普段通りとはいかないにしても、それでもうまく立ち回るであろうと言う事。


 そしてもう一つは、やはり異世界なんて非常識な存在が絡んでいる以上、どう転んでも進展する事はないだろうという俺のカンだ。


 だからきっと俺が消えた原因は不明のままだろう。

 ただ一人の男を除いて誰も真相を知る者はいない。

 その男が何かしらのアクションを起こすまでは、俺が消えたという事態に何か進展が起きる事は無い。

 これが最終的な俺の結論、もといカンだ。



「難しい顔して、何考えてんの?」


 マグカップを手に、アリスはテーブルにコーヒーを置いた。ブラックだ。


「まあ、たいした事じゃねえよ」


 実際には全然大した事なくはないのだが、昨日の夜に考えた事と同じ様に、今の俺には関係の無い事なのだ。

 こちらの世界に居る以上あっちの問題には関渉できない訳だし、俺が失踪に関して何か考える事があるとすれば、親父や母さんが心配してるだろうなという事と、高校の出席日数大丈夫かなとか、その程度の事だ。

 いや、どっちも重要なんだけど。特に後者は真剣にヤバい気がするんだけど。


 まあとにかく……今考えなければならない事は、この異世界での事なんだ。


「そんな事より、昨日のドラゴンの報酬。今日貰いに行くのか?」


 俺はややこしい事に思考能力を裂く事は止め、今日の事に回す事にした。

 現状、それが一番だろう。


「そうね。昨日は疲れたから止めにしたけれど、これ以上先延ばしにする必要も無いからね。とりあえず昼前に行くって連絡はしておくわ」


 どうやらこの世界、電話はしっかりとある様である。

 といっても地球の様に洗練された物ではなく、最初期の様な代物だ。

 まさか歴史博物館みたいな所以外で現物を見る事になるとは思わなかったけど、それは今、リビングの一角に置かれている。


 まあコレに関しては冷蔵庫程の違和感がなかった。形状が最初期の物だったのもあるだろうけど、やはりファンタジー漫画でも電話は結構出て来るってのもあるのかもしれない。

 俺がそう考えてると、アリスはさて、と声を上げて俺に尋ねる。


「ところで今から朝食取ろうと思うんだけど、裕也も食べるでしょ?」


「ああ、頼めるか?」


 というより出ないと困ります。無一文だし……昨日から何も食べてないから超腹減ってるし。

 ……っと、飯といえば気になる事が一つ。


「ちなみに、この世界の主食っていうと何になるんだ?」


 今でこそパン食が流通しほぼ米とパンの二分化となっている日本だけど、それでも日本の主食は何かと聞かれれば米となるだろう。

 同じ様に主食というのは地域によって変わってくる物だ。

 この世界……そしてこの国、ブエノリアでの朝食は一体何になるのだろうか?

 アリスはそんな俺の疑問に、迷うことなく答えた。


「主食と言ったらパンになるわね」


「なんとなく予想通りだな。ちなみに米ってこの世界にある?」


「マイナーだけどある事には」


「そのレベルか……」


 コレはアレだ。近代文明の恩恵を得られないとかそういった悩みよりも、米を食べられないってのが日本人的に一番辛いんじゃないか?

 まあ米自体はあるみたいだから、暇な時にでも食べられる場所でも探すとしよう。


「じゃ、適当に作ってくるからちょっと待ってて」


「おう、頼んだ」


 そう言ってアリスはキッチンに消えて行く。

 いや、まあ朝食レベルで壮大な調理ってのは無いかもしれないけど、昨日のドラゴンの剥ぎとりとかを見てる限りアリスが料理ってのはやや危険な香りが漂って……


「うわ、あっぶなぁ……危うく死ぬ所だった」


 死ぬ!? 朝食作りで死ぬ!?


「気を付けないと、今月入って三度目は流石にヤバいわね」


「いやいやいや、ちょっと待とうかアリスさん!?」


 俺は椅子から勢いよく立ち上がった。

 一体コイツはこれまでどうやって生きてきたんだ!

 ……これ俺が一人暮らしを始めた後も頻繁に料理を作りに来ないと、コイツは死ぬかもしれない。

 飢え的な意味では無く物理……いや、切断で。

 俺は慌ててキッチンに掛け込み、アリスに心の声をそのままぶつける。


「アリス、もはや状況は手に取る様に分かった。とりあえず俺に変われ」


「だ、大丈夫よ。野菜切るだけだから。確かに今月死に掛けたのは三回目だけど、普段は月に一回程度だし、五回中三回程は怪我無しで料理を終えられるわ」


「全く大丈夫な要素が見当たらねえよ!」


 これは頻繁どころじゃなく毎回だな。

 意地でも毎回だ。

 俺は軽くため息を付いて、アリスから包丁を奪い取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る