03 アリスの家にて

「……落ち着かねえ」


 約十分程歩いた末に辿りついたアリスの家は周囲の家より一回り程小さい家だった。

 だがそれでも一人で暮らすには十分な広さで、アリスの言う通り使われてない部屋が一つ位あってもおかしく無いなという感じ。


 そんなアリスの家へとやってきた俺だったが、当然の事ながら落ち着かなかった。

 木製テーブルに向かい合い、椅子に座ってコーヒーを呑むというリラックススタイルであるにも関わらず落ち着かない。

 やはり男友達の家へ行くのとは訳が違う。

 何もかもが違う。


「落ち着かないって……内装的な意味で?」


「そうじゃねえよ。別にお前の部屋、人を落ち着かせなくする程個性的じゃないし」


 というか普通すぎる。

 異世界人の俺から言わせても断言できる。

 西洋的な作りの室内は確かに日本人からすればやや違和感があるものの、精々その違和感を感じる程度。

 本当に普通だ。

 もっとも逆に普通じゃない部屋がどういう感じなのかは分からないけれど。


「まあ、アレだ……察してくれよ」


 まさか女の子の家だから緊張するとは言えまい。

 そんな恥ずかしい事を本人目の前にして言えるか?

 言えないだろう。


「察しろって言われても……まあ自分の家以外の空間って、結構落ち着かないわよね」


「じゃあそういう事にしといてくれ」


 俺は適当にこの話題を流す事にした。

 これ以上この話題に留まっていると、いずれボロが出てきそうだ。


「じゃあそういう事にしておくからさ……さっきのスマホって奴触らせて?」


「またかよ……まあいいけどさ」


 俺はポケットからスマートフォンを取り出してアリスに手渡した。

 残りバッテリーが三十四パーセント。

 何もしてなくても結構バッテリー喰うし、おそらくこの世でコイツを充電する術なんてのはないだろう。

 ここで貸そうが貸すまいが、余命が少し変わるだけだ。

 だから別にいい。

 ……いや、でも充電不可ってのは早々と結論を出し過ぎているのかもしれない。

 だってこの世界の科学について俺は詳しく知らないのだから。


「しっかし……この世界の科学力は、地球でいうといつの時代位のレベルなんだろうな」


 俺は天井から下げられている丸い物と、それを覆う紙風船の様な物に視線を向ける。

 電球である。

 地球においてエジソンが白熱電球を発明したのは、確か千八百年後半だったと思う。

 そんな電球がこうした家の内装や街の街灯として使われているのを見る限り、この世界の科学力はその辺りなのだろうか。


 まあ此処は地球じゃない。

 たとえ中世ヨーロッパの様な世界でも、科学力が中世ヨーロッパでなければいけないという決まりは無いんだ。

 だからスマホの様な高度な電子機器はなくても、いずれはそれに発展するであろう何かしらの基盤が既に出来上がっているかもしれないし、そもそも地球以上の科学力を築いている分野もあるのかもしれない。


「……」


 だけども……だとしてもだ。

 俺の視界の先にある世界観無視の異様な存在は、ピンポイントで発展し過ぎだと思う。


「ところでさ、アリス」


「ん? どうしたの? 私コレ触るのに忙しいんだけど」


「……お前地球来たら、絶対暇とかしなさそうだよな」


 俺は苦笑しながらそう返す。

 だがしかし一応聞いてはくれる様で、画面から視線をこちらに向けてくれた。

 そんなアリスに俺は異様な存在の事を聞く。


「で、えーっとさ……キッチンのアレ何?」


 いや、そう聞いたものの、俺はあの存在を知っている。

 冷蔵庫……REIZOUKOである。


 いや、それ自体は別に可笑しくは無い。

 以前雑学本で読んだ事だが、冷蔵庫が出来たのは千八百年前半。

 一応電球が歴史に登場し始める以前から存在していた代物なのだ。


 だがしかし、その時代の冷蔵庫は厳密には冷蔵庫ではない。

 あの時代のは冷蔵箱だ。

 使い型も電気を使用するのではなく氷を入れて使用する。

 そして俺の視界のさっきにあるのは冷蔵箱ではなく、まぎれも無い冷蔵庫だ。


 まあ電気が通っている事から可能性はゼロじゃないんだろうけども……アレ、外観が日本で店頭販売されてそうなレベルである。

 電気代を節約できそうなエコ使用な気がする。

 いくらなんでも、自動ドアも存在しない様な世界に最新式、もしくはそれ以上の冷蔵庫が存在するのはおかしいと俺は思う。

 多分冷蔵庫っぽい何か……だよな?


「何って……冷蔵庫よ」


 冷蔵庫だったよ……名称まで完全に冷蔵庫だったよ。

 いや、名称に関してはある程度都合よく翻訳されているっていう可能性はあるだろうけども……だとしても、目の前の存在が冷蔵庫である事に変わりは無い。


「えーっと、ソレ、マジなのか?」


「マジだけど、それがどうかした?」


 どうかしたも何もないだろうよ。


「……この世界の科学力ってどうなってんだ。電気で動く冷蔵庫があるんだったら、実はパソコンとかもあったりすんじゃねえのか」


 俺が驚きのあまり呟くようにそう言うと……アリスは違う違うと否定する。


「アレ、別に電気で動いて無いわよ」


「え、じゃあ何で動いて……まさかあのデザインで、氷を中に入れる旧式タイプか?」


「いや、旧式とか知らないけど、アレ魔術で動いてるじゃない」


「……は?」


 アリスは軽くそう言うが、正直何を言っているのか分からなかった。


「アリス、つまりそれはどういう……」


「え、分からなかった? だから、冷蔵庫を動かす構造そのものが魔術って事……ってこれじゃあさっきと同じかな」


 アリスがどう説明したらいいかと軽く唸っているが……アリスが何を言いたいのかはもうちゃんと理解した。

 理解できないのは……何故そんな事が出来ているのかという事だ。


 俺は一応アリスの瞳の色を確認する……やはり、赤には染まっていない。

 だとすると可笑しいのだ。だからこそ理解できないのだ。


 魔術で物体を作る事や、あらかじめある何かに何かしらの効果を付与する事は可能だ。……だけどそれはあくまで一時的な物に過ぎない。

 剣を出現させる魔術は、術を解けば剣は消える。

 魔術で動力を得たエンジンの掛っていない車は、魔術を解けば停止する。

 術を解いて尚、形成した物が残っているなんて事や、付与した効果が発動し続けているなんてのはあり得ない。


 故にトラップとして利用する様な術式も、術者が常時魔術を発動させている事が設置の条件となってくる。

 つまりは魔術で冷蔵庫を再現しようとしたとした場合、常時魔術を発動させて効果を持続させなければならないという事になるのだ。


 だがしかし、アリスの瞳の色は変わっていない。

 そして外部の人間が形成しいている可能性については、そもそも二十四時間稼働する事が前提の冷蔵庫を半永久的に維持していくのは不可能だし否定できる。


 そんな事をしたら術者が過労で死んでしまうし、仮に一人で維持できる魔術師が存在したとしても、この冷蔵庫が一般家庭に流通されているととすれば、絶対的に魔術師の数が足りなくなる。

 故にその可能性は極めて薄い。


 魔術を使って日常生活を助けるような道具を作る事がそれほどまでに困難であるから、地球で魔術を用いた自動ドアなんてのは殆ど無いのだ。

 あったとしても金持ちの道楽で、雇われの魔術師が後退交代で形成する程度の物。

 故に俺の住んでいた所にあの塔の様な扉は存在しない。


「って事は……ちょっと待て」


 俺は思わず額に手を当て、思考を巡らせた。

 今まで気にせず自然とスルーしていた事が、目の前の冷蔵庫について真剣に考え始めた事によって、疑問と確信として展開される。


 アリス曰くあの塔はもう使われていないらしい。だとすればあんな自動ドアは存在する筈が無いのだ。

 そこを人が通る必要が無いから。

 通る必要が無い故にそのドアを維持する魔術師は必要無いから。


 だけどもあのドアは確かに存在していた。

 稼働していた。

 触れただけで開き、出入りの後に閉まるというシステムは確かに維持されていた。

 それはつまりあの扉は魔術師の手無しで維持されていたという事になる。


 そして目の前の冷蔵庫。

 住人以外の手では維持していく事ができないその存在。

 そして今現在魔術を使っていない住人の存在。

 これらから導き出される、全ての疑問への解はこうなる。


「まさかこの世界の魔術と俺達の世界の魔術じゃ……なにかズレがあるのか?」


 いや、ズレとかそういう事じゃ無い。


 間違いなく、これは発達だ。

 例えば地球の科学がおそらくこの世界よりも圧倒的に進んでいる様に……この世界では魔術という技術が地球の物より洗練された……進化した物なのではないだろうか。


 そうだとすれば合点がいく。

 仮にネックとなっている維持の問題を克服できれば、充分に自動ドアも冷蔵庫も魔術で作成可能なのだ。


「だとしたらとんでもない事だぞ、オイ……」


「ちょっと。一人で何ブツブツ言ってんのよ」


 アリスが不満そうな声を上げるが……それは無理な話だ。

 それほどまでに……その事実が与える衝撃は、地球人の俺からすれば大きな物なのだから。

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