人魔探索記

軒下晝寝

第1話

 幼い頃、この世界に平和と秩序をもたらした歴史上唯一にして最強と呼ばれ続けている悪魔の王『魔王アルナ』の伝記を読んでからアルナという人物に対して強い憧れを抱いた。

 

 世界地図の地形を描き換えさせるその力。

 常に気高く美しく在り続け、悪魔でありながら平和を願い悪魔と混沌の支配する人類生存可能域であるガルバン大陸を治めた優しさとカリスマ。


 子どもが憧れを抱くには十分すぎるその人物に幼き日の俺は憧れを抱く。

 英雄であり魔王でもあるその人物に憧れた俺はいつかアルナのように強い男になりたいと願いながった。

 魔王に憧れた俺はアルナが身に纏ったという漆黒のマントを真似た黒いマントを身に纏う。

 ヒーローごっこのようにアルナの角を模した紅水晶の模造角付きカチューシャを装着し、流石に銀のカツラは高くて買えないが、精霊銀ミスリルの短杖剣のように短い木の棒を握りしめて友人たちと『誰が魔王アルナを一番上手く演じられるか』なんて遊びをしたりした。


『力を誇れども力に驕るな愚か者ども!!』

『弱き者をいたぶるのが強さではない! 強きに打ち勝つが真の強さ、それでも貴様ら悪魔か!!』

『異論があるなら悪魔らしく悪魔の掟に則ってから私に直接物申せ!!』


 やはり人気があるのは悪魔が明確に『国』の形を取ったときのセリフ。

 大陸中を移動して人間の興した国を支配していた悪魔たちを従わせたときの話だ。

 時の流れで人間を虐げることに愉悦を感じていた頃の悪魔たちの本能を呼び起こした魔王の言葉。

 だがそれは人間にも伝わり、魔王人気に拍車をかけている。

 その時の言葉ももちろん好きなのだが、俺にとってもっと好きな話が他にあった。


 魔王が『魔王』と明確に呼ばれる以前の話。

 絵本で魔王アルナを知った他の子どもとは違って伝記で『アルナ・デーヴィー』を知った俺だけが知っていた物語。

 ただの悪魔としてではなく『アルナ』として悪魔たちの前に立ったから今の世界があると言える国を治めるための準備のようなもの。

 外からやってきた魔獣を人々の前で撃退し、力加減を間違えてうっかり地形を変えてしまったお茶目なお話。

 うっかりで地形を変えはしたものの、英雄らしい活躍はアルナの魔法によって成し遂げられた。

 空からプラズマを吐く巨大な龍の一撃を、たった一人の魔力と演算力のみで街を包み込む巨大な結界を一瞬で生み出したうえで防御の暇を与えず彼方に吹き飛ばして討伐したその魔法。


 我ながら単純だが子どもとはそういうモノだろう。

 当時の俺にとって国を治めたことよりも、強大な敵から人々を守ったその姿を想像して『アルナ』に憧れたのだ。

 その時から俺は魔法に憧れた。

 小説など読まない周囲の人間には伝わらないこの憧れを抱き『人間が扱える術を見つけられていないだけ』だと信じて未知を模索した。

 本で読んだから『人間が無理に魔法を使おうとすると全身が爆発する』というのは知っている。

 だから俺は魔法を使える術を見つけるよりも人間が魔法を使えない理由の解明をしようと思った。

 魔力を感知できない身ではあるがどうにかして死に物狂いで見つけようと。

 ただ愚直に街を、悪魔を、魔法を見続けた。

 視線をたどって、重心を探して、呼吸を感じて、とにかく俺は動きを見た。

 だが、それでも理由は分からない。

 表面を見るだけでは意味がないと理解した俺は人間と悪魔の人体構造の違いを知ろうと決める。

 人体内部を知ると言っても流石に犯罪は犯せない。


 だから知れるところから、と骨から見ることにした。

 骨を見る方法として俺が選んだのは葬式への参加だった。

 簡単に言えば慣用句としても用いられる『骨を拾う』を選んだ。

 とはいえ盗むわけではなく、葬式に『泣き女』に紛れて参加し火葬後の骨拾いで大きさや骨格を知ろうという話。

 そしてその時俺は人間と悪魔、両人種における決定的な違いを知る。

 別に見た目の違いなんてモノではない。

 見た目で言うなら同じ悪魔の中でも大きく容姿が異なる種族は数えきれないほど存在している。


 人間と悪魔、その違いは『魔石』の有無だ。

 他人の葬式に七つの頃から参加し、その回数は二一回。

 内訳としては人間六悪魔一五。

 その中で必ずと言って良いほど人間の遺骨の中に魔石はなく、悪魔の遺骨の中には魔石が落ちていた。

 外部からの魔力供給を必要としない魔道具の動力源であり魔獣の心臓部に埋まっているという魔力の結晶体である魔石。

 悪魔の遺骨の中に紛れた魔石も同じ場所――心臓部に必ず落ちていた。


 結果、俺は理解した。

 学術的な根拠は一切ないが人間が魔法を使えない理由は魔石がないからだ、と。

 仮説として俺が立てたのは悪魔と魔道具が類似している、というモノ。


 魔道具は大きく分けると三つの要素で構成されている。

 魔力を伝達し、また発動する効果を決める魔術回路および魔術式。

 魔術回路や魔術式に魔力を供給する魔石。

 そしてそれらを乗せるための魔不導体。

 生物で言うところの神経、心臓、肉体と考えれば分かりやすいそれら。


 過去の研究によれば悪魔は血管内部に魔力を伝達する魔術回路のようなものを持っているという。

 生体と道具では異なると思うかもしれないが、魔術回路や魔術式の記入に用いられる特殊なインクは元々大陸に広く生息しているスライム種の表皮を主な材料としている。

 だから問題はない。


 閑話休題それはさておき、悪魔と魔道具の類似に関して、魔石は接続された魔術回路に魔力を供給する性質を持ちそれは悪魔にも同じことが言える。

 正確には魔法と魔術では性質が異なるために一色単にすることは出来ないのだが、どちらも事象に干渉する能力という意味では同じ。


 そりゃあ人間が魔法を使えるはずがない。

 人間が魔力を生まれつき有さないワケだ。

 そもそも最初から動力源が備わっていなかったのだから。 

 もしかしたら人間も悪魔と同じように血管内部に魔力を伝達するものが備わっているのかもしれない。

 けれども元がない。

 どれだけ立派な魔術回路や魔術式を備えた魔道具であっても、魔石がなければ動くはずがないのだ。


 真実を知った時、俺は絶望した。

 もしかしたら人間だって使えるかもしれない。そんな希望を秘めて動き続けた時間は完全に無駄だった、俺はそんな風に考えた。

 絶望のせいで数日は寝込んだ記憶がある。

 生まれつき元気なタイプで大きな病気を患ったことのなかった俺が体調を崩した時点でかなり珍しいのだが、風邪ならば翌朝には治っているという俺が二日目も寝込んでいたせいで両親にはかなり心配された。

 親がそこそこ大きな商会の会長だったから腕の良い治療士を数人呼んで、無駄に手厚い看病をされたのは肉体的要因じゃない寝込みだからちょっとした笑い話。


 そして寝込んだからだろうか、それとも三つの時の憧れが時を経て俺の中で変化していたからだろうか。

 魔法に憧れていたはずの俺は治療士の扱う薬草に興味を抱いた。

 薬草の効果は文字通り目に見えて起こる。

 薬を使えば一般人が手に入れられる薬ですらある程度の傷を治すことが出来る。

 商品の中にそう言ったものも多く取り扱っていたからある程度の知識はあった。

 魔法という力に意識を取られて気付かなかったが、確かに薬草や毒草などと言った魔草も十分凄いものである。


 子ども心には十分突き刺さったその凄さに惹かれた俺は姉弟とともに両親の手伝いをして小遣いを稼ぎながら独自に調べる日々を続けていた。

 趣味がそんなんだから稼いだ小遣いは貯まる一方。

 たまに使ったかと思えば本を買ったり大量の草や小型魔獣を買い漁るというよく分からない使い方をしていたから家族含め周囲の人間からは変人認定をされている。

 俺としては『面白い』に突き進んでいるだけだからよく分からない話だが、確かに目的不明の趣味を五年も続けていたら変ではあるかもしれない。


 そう、少し前に俺は一五歳になった。

 一般的には成人と認識される年齢。

 当然親元を離れて暮らす奴も出る年頃だ。

 結論を言えば俺は裕福な暮らしを捨てて一人で旅をすることにした。

 資金面の懸念もあったし子どものうちから親元を離れるのは親不孝かと思ったから趣味は理解されないがずっと普通に暮らし、親とのコミュニケーションも十分とっていた。

 けれどもやはり俺の探求心は街に居続けて満たされるほど小さくない。

 外の世界は心が躍る。

 商会は姉が継ぐと思っていたから元々経営に興味はなく、経営の勉強は苦痛でしかなかったが外の世界に関する勉強は楽しかった。

 勉強は本来楽しいモノだと言った奴が昔いたらしいが実際その通りだと思う。

 自分の好きな『知りたい』を知るのは楽しい。


 趣味に関しては理解はされなかったが子どもの頃からずっとそうであったからだろうか『成人したら旅に出る』そう両親に打ち明けた時、反対はされなかった。

 だが息子に関しては――『ヴァン・コーティス』に関しては理解していてくれている。

 旅は危険だから心配と、多少の制止はあったものの無理に引き留めようとすると俺ならば強引に生きかねない、そう思われたのか話した翌日には応援してくれた。

 防寒防熱防汚防塵防水など様々な効果のある便利な外套『旅人のローブ』や見た目よりも多く荷物の入る『アイテムバッグ』などの旅をする者に人気のある装備を安価な下級品ではあるが買ってくれたのだ。

 強めに反対していた姉弟も何だかんだ言って結局は応援してくれて、いつ終わるかは分からないがそのうち顔を見せに来よう。

 そんな風に思いながら幼馴染たちや知人たちに別れを告げ、涙を流して別れを惜しんでくれた幼馴染を宥め苦笑しつつ俺は一五年間暮らし続けた街を去った。

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