第111話 少女


少女は自分の髪に

迷いなくハサミを入れた

背中に届きそうなそれは

あっという間に地へおちた


散らばる黒い髪

真っすぐなまなざし


あらわになった首筋は白く

儚げな印象を与える

それでも少女の目は強く

決してブレることはない


傾く日差し

風に舞う黒


少女にとってこれは

訣別の儀式だった

今までの自分を殺し

新しい自分に生まれ変わるため


別に恋を失ったわけではない

消したい過去があるわけでもない


髪ごときで何かが変わるなんて

信じるほど少女は単純ではなかった

現実的な少女はただただ

己の衝動を手なずけたかったのだ


本当にハサミを突き立てたかったのは

今や隠し立てのなくなったその首だった

頸動脈から吹き出す赤を

少女は幾度となく夢想した


体中を覆いつくす赤

しっとり輝く深い赤


その甘やかな誘惑は

それでいてどこかむなしかった

痛みでも苦しみでもない

止まることのないその赤が


赤に染められる少女は

もう一人の人間ではなかった

ただの血まみれの物体が

風に吹かれて立っていた


どれほどまでに血を乞うても

どれほどまでに命を厭うても

最期まで人間でありたいと

願うはヒトの傲慢か


それでも少女は願った

この衝動を制すること

そしてせめてもの証として

死した血管である髪を地へと還すこと


少女は自分の髪に

迷いなくハサミを入れた

背中に届きそうなそれは

あっという間に地へおちた


大地へ還った血を見て

少女はかすかに笑った

軽くなった首元とともに

新しい一日が始まる

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