第53話 魔法学園の寮を確保する。
私は騎士団との合同演習を終えて戻ってきた。
騎士団長の独断で演習が1ヶ月も延長され、2ヶ月も滞在した。
いい迷惑だよ。
騎士団のレベル上げに何故、付き合わされねばならないのよ。
季節が冬になったじゃない。
今度は遅れに遅れた学園の入学準備だ。
雪で覆われる冬に入学試験をやる貴族はいない。
創立して始めてとか言われた。
試験なんて儀礼的なものだから問題ないけどさ。
あいさつ、礼儀、レベル測定、実技が試される。
領地持ちで落第はない。
つまり、生徒の試験ではない。
教師が生徒を知って覚悟を決める為にやっている。
たとえば、侯爵家でまったく礼儀ができない生徒が入学するとする。
2年間で獣を人間にできるか?
教師は最低の礼儀とマナーを教えないといけない。
命懸けだ!
担当教諭が決めらない時は、実家から臨時の教諭を推薦して貰うそうだ。
臨時教諭と名の従者だね!
で、私とアンドラの試験で教師達が目を丸くした。
「レベル44?」
「レベル46?」
学園入学が近づくと、パワーレベリングでレベル20に合わせてきる生徒は見るが、30越えは聞いたことがない。
教師でもレベル33が最高であり、去年のトーマがレベル30でも話題になったとか!
レベル40超えとか、もう別次元ですよとか言われた。
これを見て、別の意味で担当教諭になりたがる人が少なくなった。
「エリザベート様、どうか問題を起こさないで下さい」
「わたくしが問題児に見えまして?」
「問題児とかいうレベルの話ではございません」
「説明して下さる」
「もちろんです」
担当教諭は説明を始めた。
学園は非常に保守的な存在らしく、王族、ラーコーツィ家、セーチェー家の三家は勢力が分散しているらしい。
私やアンドラが問題児という訳でもなく、むしろ優秀過ぎる生徒に分類される。
そんな人が三家以外から出てくるとひがみや諍いの種になる。
況して、オリバー王子と婚約者である私との仲の悪さは有名らしい。
王家と争うなど止めて欲しいと懇願された。
「わたくしは忠義を尽くしているだけです」
「でも、婚約を破棄しないと!」
「王子はそう言っていますが、王が認めていません。先生から王に言って頂ければ、いつでも破棄します」
「滅相もない」
「では、無理です」
「王子との争いは…………」
「王子に言って下さい」
担当教諭が死にそうな顔をした。
何でも貴族が小勢力であれば強引に生徒を退学にできるが、大きい貴族では生徒に責任を取らされないので代わりに担当教諭が責任を取らされる。
つまり、私が問題を起こすと、担当教諭の首が飛ぶ。
なるほど!
学園からすれば、ヴォワザン家は外から入ってきた異物でしかない。
それも二大侯爵家と並び立つほど巨大な伯爵家だ。
そんな大貴族様に担当教諭が決まりませんでしたとは言えないので運悪く、今年入ってきた新米教員の彼女が選ばれたらしい。
教師は潰しが利かない職業で、首になれば没落貴族一直線になる。
涙目で訴えた。
「エリザベート様、どうか穏便にお願いします」
「それは王子次第ね!」
「先生、姉様が問題を起こさないのは無理と思います」
「終わった! 折角、教諭になれたと喜んで貰ったのに」
「首になったら家で雇ってあげるわ」
まったく慰めにならない言葉だった。
◇◇◇
合格、学園へ入学許可を貰った。
次は寮室を借りる。
王宮に住む者を除けば、寮を借りないという選択はなかった。
私もアンドラも家から通う予定である。
しかし、学園ではパーティなどの催しがあり、自宅までドレスなどを着替えに替えるという選択が時間的にできない。
単なる衣装部屋として借りる必要がでる。
まぁ、それは大した問題ではない。
そうだ、上流貴族の私は別館を借りることが義務であった。
あくまで慣習だ。
絶対に守る必要ないが、上流貴族は地元の貧しい貴族の生徒の為に寮を無償で提供しなければならない。
好景気のヴォワザン領に寮費を払えない貴族がいるの?
私は高を括ったがいましたよ。
しかし、ヴォワザン領出身の法衣貴族と教会の牧師卿の娘などが埋もれていた。
担当教諭から10人のリストを預かった。
今更!?
夏なら空いた別館を抑えるのも簡単だ。
見つからないとしても新築を建てることができた。
今、卒業を迎えようとする冬だ。
もう全部が埋まっていた。
今から建てるのも不可能だ。
慣例を破ったら母上様に怒られる。
「失礼するわ」
「これはエリザベート様。ご機嫌麗しゅうございます」
「お久しぶりね」
「もうお加減はよろしいのでしょうか?」
「ええ、全快よ」
「それは嬉しく思います」
「少し、いいかしら」
「今日はどういうご用件でしょうか?」
「ちょっとした手違いでね。別館の予約し損ねたのよ」
えっ、王族の令嬢が驚いた。
私が何を言ったかを気がつかないほど馬鹿ではない。
私とアンドラが使用するのに支障なく、10人以上の部屋を持つ別館は多くない。
2年前に喧嘩を売ってきた王族の令嬢の一人で格式は低いが中堅の領主の娘だった。
我が家の融資と南方交易会の借財なしでやってゆけない零細領主だった。
「今すぐ、出て行って貰えるかしら?」
「お待ち下さい」
「命令よ。出て行きなさい」
「どうか、ご猶予を!」
「わたくしに意見するのかしら?」
「いいえ、そんなつもりはありません。卒業式までお待ち下さい」
「どうして、わたくしが貴方の為に待たないといけないのかしら?」
「もちろん、私一人ならいますぐに出て行きましょう。ですが、この別館には我が領内の貴族が住んでおります。どうか、ご猶予を」
卒業式は9月末だ。
一ヶ月あれば、余裕で荷物を運び入れることができる。
そう思うかもしれないがそうはいかない。
私を当てに10人の貴族が入寮してくるかもしれない。
こちらも猶予がない。
「わたくしに恥をかかせるおつもりなの?」
「どうか、ご猶予を!」
「姉様、こちらの方にも事情がございましょう」
「アンドラは優しいのね。アンドラの頼みなら仕方ありません」
「ありがとうございます」
「卒業式から二日だけ待ちましょう」
「えっ、さす…………」
無茶苦茶な条件であった。
2年も住めば、それなりに荷物が増える。
それを二日で整理して出て行けと言うのだ。
戸惑う先輩の手をアンドラが取り、膝を付いてにっこりと笑う。
「姉様が無理を言って申し訳ありません。どうかこちらの事情もお察し下さい」
「えぇ、そうね!」
「先輩が面倒も見られておられる方々の引っ越しの費用はすべてこちらが持ちましょう。ご希望なら手配も致しましょう。さらに、しばらく王都に滞在を希望される方は最上級の旅館で部屋を用意させます」
「アンドラ様、ありがとうございます。しかし、まだ就職が決まっていない子もいるのです。それを思うと出て行けと言えないのです」
「無理な条件でなければ、そちらもこちらが用意致しましょう。また、本家の融資も少し増やしておきます。それならば、先輩の顔も立つでしょう。父上様によろしくお伝え下さい」
「はい、それならば! 必ず、二日後に出させます」
「先輩に感謝を」
「エリザベート様、アンドラ様に感謝を」
「要件はそれだけよ。よろしくお願いするわ」
「畏まりました。エリザベート様」
これはビジネスの常套手段で無茶な条件を言って脅す。
大抵、これで相手は怒る。
感情的になれば、しめたものだ。
そこから妥協点まで、こちらが折れる。
無茶を言っているのに何故か感謝される。
不思議な話だ。
「この方法では、姉様が暴君のように思われてしまいます」
「いいのよ。アンドラが交渉を進める方が早いでしょう。適材適所というのよ」
「確かに見事に嵌まってくれました」
「感謝してがんばってくれるでしょう」
卒業から2日で追い出される子はいい迷惑だろう。
しかし、追い出される子も最高の旅館を用意し、引っ越しの料金も必要なくなった。
就職できていない子も商会で雇うことで恩を着せることができる。
いい土産話を持って喜んで帰ることになる。
誰も損をしていない。
しかし、不思議な話だ。
同じ条件なのに最初から適切な条件を提示すれば、相手は図に乗って失敗する。
相手は調子に乗る。
何故か、レートを上げようとする。
最終的に不満が残る。
最悪、交渉が決裂する。
「判った。これは駆け引きという交渉術よ」
「判りますが、納得いきません」
「人間って、愚かな感情の生き物なのよ。ほとんど馬鹿と言ってもいいわ。騙されないように気を付けなさい」
「はい、気を付けます」
「よろしい」
上げて落とす。
価値のない物を価値があるように騙すこともできる。
詐欺師がよくやるテクニックだ。
騙されちゃ駄目だよ。
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