第22話 宰相子息の舞踏会デビュー。

どんより曇った雲からときおり雷鳴が響き、少し薄暗い部屋を一瞬照らした。

その雷光に映る顔は険しかった。

老練な印象をうける紳士は、眉間にシワを寄せていた。


「嵐が来るか!」


宰相のチャバは窓から空を見上げながら誰に言う訳でもなく呟いた。

アポニー家は王国宰相を何度も歴任する名家である。

ただ名家と甘んじていた訳ではない。


こんこん、扉を叩く音が聞こえたので、「入れ!」と声を掛けると、息子のノアが入室してきた。


「父上、お呼びと聞き付けて参上したしました」

「うむ、明日行う舞踏会に参加せよ」

「畏まりました」


ノアは9歳であり、舞踏会に参加するのは来年と誰もが思っていた。

昨日までチャバもそう考え、それで問題ないと思っていた。

だが、王国に黒い暗雲が包み込み、今にも雷が落ちそうだ。

その中心にエリザベートという小さな少女がいる。


何者だ!


「明日招待しているヴォワザン家の御息女であるエリザベート嬢とダンスを踊っておくように」

「承知しました」

「ヴォワザン家の御息女のことは聞き及んでいるか?」

「特に何も」

「儂はヴォワザン伯爵を凡庸な貴族と思っておった。特に目立った所もなく、秀でた感じも受けなかった。昨年、香辛料の交易をはじめて頭角を見せ始め、一杯食わされたとも思っておった」

「父上を騙すほどの人物でしたか?」

「香辛料は北方交易でラーコーツィ家が独占しておった。奪い返すつもりで子飼いの者を長官として送った。その小娘を交易所の会頭を交代させるつもりで呼び出したら、大司教の推薦でなったと言い返したらしい。その会頭がエリザベート嬢だ」

「すべてヴォワザン伯爵が段取りしたのではございませんか?」

「そうかもしせん。今、探っている所だ。それとは別に冒険ギルドに行ったので、小娘を襲わせてみた。中々の手際であった。情報屋によると自分を襲ってくる情報には興味がなく、代わりに他家の令嬢を襲う情報に金貨1,000枚を用意すると言ったらしい。ノア、お主はこれをどう思う」


ごろごろぉ、雷が光った。

宰相チャバの横顔が映り、その顔はさらに険しかった。

ノアには理解できないようだ。

自慢の息子もエリザベート嬢と比べると見劣りする。


「私には判断が付きません」

「他家に恩を売る絶好のチャンスと見ておる。商才に長けた才覚だ。儂も同じようなことをしている」

「父上が? 知りませんでした」

「今、下賤の者を焚きつけてエリザベート嬢の馬車を襲わせたと言ったであろう。手の者を控えさせて助ける予定であった」

「父上が仕掛けられたのですか?」

「そうだ。夜盗10人が知恵を回したらしく、四人で馬車を止めて、降りて来た所を弓で狙い、それを合図に後から二人、前から4人で取り押さえるつもりだったらしい。ノア、おまえなら10人の夜盗をどう扱う」


馬車を止められ、馬車を降りた瞬間に弓を防ぐ、そして前後から挟み撃ちとなると、かなり厄介だと思った。

前から襲ってくる4人を雷撃で沈黙させても、矢を避けながら後ろから敵を対処せねばならない。


「少し厄介です。私一人では難しいかもしれませんが、従者がいれば何とかなるでしょう。そして、捕まえた者に警邏に引き渡します」

「温いな! エリザベート嬢は瞬殺だったらしい。馬車を降りた瞬間、放たれた矢をタービュランス(乱気流)の魔法で乱し、同時に弓士を土の槍で串刺しにして葬った。さらに侍女が後方から来る二人の喉元に短剣を投げて沈黙させた。前から襲ってきた者達は足を止めて、逃亡に入った所を風の刃で二人の首を切断し、残る二人も土の槍で串刺しにされて絶命した。躊躇なく、一瞬だ」

「躊躇なくですか!」

「そうだ」

「私には即断できません」

「で、あろうな。ヴォワザン伯爵は政治には才覚はなかったが、子育てにおいて儂より優秀だったようだ。よいか、必ず、踊っておくように!」

「承知しました」


宰相のチャバに命じられたノアは、舞踏会デビューの1曲目の相手にエリザベートを選んだ。


 ◇◇◇


私は消化試合を終わらせる為にアポニー家の舞踏会に訪れた。

妹のドーリは8歳、兄のノアも9歳で舞踏会にいない。

そう思っていたから、完全に腑抜けていた。

ノアの登場にびっくりし、最初の1曲目で私の前でノアが礼をした。


完全な不意打ちだ!


他にも5人ほどパートナーを変えて踊ったが完全に頭がパニック状態であり、立ち直ったのは屋敷に戻ってからだ。

完全に失敗した。

実害がなかったから、まぁいいか!


一方、母上は有頂天だ。


「エリザベート、喜びなさい。アポニー伯爵は我が家を同格とお認めになって下さったのよ」


アポニー家は歴代の宰相を最も多く輩出している家柄であり、中堅貴族のトップである。

格式のみ言えば、初代国王の弟が起こした家であり、中央領のセンテ侯爵、東領のエスト侯爵に負けない古い格式のある家柄であった。


その嫡男ノアの舞踏会デビューの最初の相手に私を選んでくれた。

婚約者の第一王子がいないのならば、私と婚約したい家柄ですという意味らしい。

母上にとって、これは自慢話だ。


今日も母上はご機嫌だ。

お茶会も忙しく、私の相手をする暇もない。

私は優雅な貴族生活を送った。


これよ、これよ、私が望んだ貴族らしい生活はこれなのよ!


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