第3話 アンドラは無知で、私はお馬鹿さん。

アンドラとのあいさつを終え、廊下を歩き始めると頭がすっきりとしてきた。

ワクワクした気持ちが消えてゆく。

これから聞くことになる悲鳴と絶叫を想像するだけで暗い気持ちが追い駆けてくる。

声を出さずに「(ごめんね、ごめんね、ごめんね!)」と何度もアンドラに謝っていた。

心の声がどうか届きますように!


アンドラを部屋に案内した。

最初はおどおどとしていたが、今ははしゃいでいる。

綺麗に飾られた部屋が自分の部屋だと言われれば、驚くのも不思議ではない。

最後は馬小屋に住んでいたアンドラだ。

シンデレラにでもなった気分なのだろう。


「この部屋は?」

「アンドラ様の寝室でございます。隣に簡単な浴室と着替え室が用意されております。ですが、入浴には大浴場を使われる方がよろしいでしょう」

「では、こちらは?」

「こちらは居間でございます。普段はくつろぐ場所でございますが、お客様をおもてなしする場所でもございます」

「ここは?」

「修学室でございます。机と書斎、様々な楽器が用意されております。すべてアンドラ様の物でございます。ここにない書籍は書斎で読むことも、お命じになれば、取りに行かせることもできます」

「僕が命じていいの?」

「アンドラ様は私どものご主人でございます」

「あちらは?」

「お待ち下さい。お入りになってはいけません。あちらは私らの控え室となっております。身分あるアンドラ様が立ち入る場所ではございません」

「僕が身分のある人ですか?」

「私どものご主人であり、この領地の次期当主様でございます」

「えぇぇぇ、僕が?」

「はい、この領地でアンドラ様より上位者はご領主様、奥方様、エリザベート様しかおられません」


どうやらアンドラは父上が領主だと気づいていなかった。

アンドラは貴族としての知識が圧倒的に足りない。

貴族として知らないことが多過ぎる。


私も偏り過ぎと怒られているけどね!

えっ、誰って?

父上と母上と家令のヴァルテルだよ。

今後の予定を話すと怒られた。


「エリザベート、おまえは王族のことを知らな過ぎる。王家に無礼を働くだけで首が飛ぶぞ。悪目立ちし過ぎれば、介入を招いて滅ぼされる。もっと慎重にならなければいかん」

「父上、慎重に行うだけでは我が家に未来はありません」

「エリザベート、慎重に動くとは行動しないことではない。行動する為に貴族と貴族の繋がりを把握せねばならん。迂闊に動くと背中から刺される。それが貴族だ」

「面倒ですね」

「お前はすでに足を踏み入れた。引き返すことなどできん。知る限りの知識を教える。生きる術を身に付けろ!」

「はい」

「私が甘やかせ過ぎました。令嬢として振る舞いを教え直します。今のままで育てば、世間の笑いものです。一から教え直します」

「母上、それは大袈裟おおげさではないですか?」

「いいえ、私が間違っていました。秋までに一通りの礼儀作法を教えます」

「私はまだ7歳ですから」

「言葉使いもやり直しですね!」

「母上」

「お嬢様、大変に申し上げ難いことですが一般常識が足りておりません。これから何か行われる場合は先に相談をお願いします。可能な限り、助言を致します」

「何が不味かったのかしら?」

「知識、風土、身分、習慣など様々でございます。部族の数だけあると思って下さい」

「必要ですか?」

「貴族が商人の真似事をするならば、絶対に必要となります」

「ヴァルテル、貴方の顔が凄く怖いのですが?」

「ははは、大丈夫です。それと護身術も必要ですな!」

「お手柔らかに!」


農地改革、武器製造、生活向上、金融システムの改善、私の提案を全否定された。

『そんな金はない』


その一言だ。

その上で駄目だしのお説教を受けた。

香辛料の交易で金が貯まるのを待ってはいられない。

ならば、ある所から取ってくるしかない。


ダンジョン攻略を最初に持って来て組み直しだ。


駄目出しされた後は猛勉強させられました。

教師曰く、『貴族学園で教えることですが……』だってさ!

母のレクチャーも10歳の舞踏会に出るようになってから教えるものらしい。

私はマリアの生まれ故郷の教会で司教バートリー卿(男爵)と交渉し、クレタ子爵家で船の購入契約をした。

これが御冠おかんむり(お怒り)の原因だ。


舞踏会を終えた子息・令嬢は社会勉強としてお使いを言い付けられる。

これを世間では貴族デビューというらしい。

舞踏会デビューより先に貴族デビューする令嬢は珍しいというか、変わり者、笑い者らしい。

母上は激怒げきおこだった。


「ヴァルテル、私に一言の相談もなかったのですか?」

「申し訳ございません」

「言ってくれれば、7歳でも舞踏会に連れて行きました。そんなことも判らない貴方ではないでしょう」

「まったく、不徳の致すところでございます」


そのときのヴァルテルは謝っていても誠意を感じられない。

我が家の面子とクレタ王家の存亡、どちらを優先するかなど決まっていた。

だから、父上は何も言わない。


その怒りの矛先は私に向けられた。

礼儀と常識のスパルタ教育です。

八つ当たりだ!


そして、一番危険なのが家令のヴァルテルだった。


「アンドラ様を裏切らせる訳にはいきません」


うん、うん、それは絶対だわ。


「これをエリザベート様にやって頂きます」


きゃあ、相談する人を間違った?

他にいないのよ。

アンドラはトラウマから心の寄り処としてマリアを信奉するようになる。

これは防がないといけない。


「お嬢様、人を躾けるには痛みが要ります。人を強くするには絶対的な屈辱か、悲しみが必要です。お嬢様もお覚悟下さい」


家令のヴァルテルがいう案は?


『躾けじゃない、調教だ!』


どちらでも構わないらしい。

家令のヴァルテル、怖い人でした。

鬼がいたよ、鬼が。


ホントにごめんね、アンドラ!


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