怒りと恐怖
今朝のニュースはとある人気読者モデルの訃報で持ち切りだ。
亡くなったのは柴田詩織。
最近テレビにラジオに引っ張りだこの人気読者モデル。
そして私の幼馴染。
最近は向こうも忙しいようで疎遠になってたけど、凄く気が合って仲が良かった。
そんな彼女が今朝未明、自殺した。
土砂降りの雨が降っていたのに、外で頸動脈をざっくり切って死んだらしい。
突然の訃報に驚いたけど、今思えば当然だったかもしれない。
詩織は高い志があって芸能界に入ったわけではない。
身内のノリで読者モデルに応募して、偶然通ってしまったのだ。
それでも負けず嫌いな詩織は、いろんな努力を積み重ね、芸能人になっていった。
だけど売れるのがあまりに早すぎたのか、ネットでは誹謗中傷が飛び交った。
応援している人の方が圧倒的に多かったけど、本人には心無い言葉の方が届きやすいらしい。
詩織はカメラの前では明るく笑顔な女の子だったが、本当は真面目で大人しくて繊細な少女だった。
そんな彼女が酷い言葉の雨に晒されたら、思い詰めて自殺に走る、なんてことは想像に容易い。
ニュース曰く、詩織は自身のブログに遺書を残していたらしい。
その内容は誹謗中傷を行った人間への告発、恨み、そしてアカウントや個人情報の一覧だったそうだ。
なかなかえげつないことをやってのけたものだ。
死ぬ間際だからこそできたことなのだろう。
「誹謗中傷されたら誰だって傷つきますけど、このやり方は倫理的にどうなんですかねー」
コメンテーターの人気芸人が知ったようにほざいている。
私だって詩織の傷を全て把握しているわけじゃない。
でもあの詩織をここまでさせるほどに、詩織は傷ついていたんだ。
同じ誹謗中傷を浴びせられやすい立場の人が、よくそんなことをコメントできるものだ。
学校に行く前にスマホで詩織のブログを検索してみたけど、アクセスが集中したのか、入ることが出来なかった。
詩織の最後のメッセージくらい幼馴染として見たかったが、仕方がないからあとにする。
学校に行くと、教室も詩織の死が話題になっていた。
いろいろ聞かれるのが面倒なので、私と詩織が幼馴染であることは一切話していない。
話しかけてきたクラスメイトに適当に話を合わせ席に着くと、稲葉宙がこっちに来た。
「桃花おはよう。ねえ、柴田詩織のブログ見た?」
「おはよう宙。見ようとしたんだけどサーバーダウンしてて見れなかったよ。」
「そうだよね。ごめんね、ありがとう。」
そう言うと稲葉はふらりと他のクラスメイトのところに行って、同じことを聞いて回っていた。
ブログを見たかどうか知って、何がしたいのだろう。
かったるい授業が終わり、ようやく昼休みだ。
昼休みはいつも稲葉が私の机まで椅子を持ってきて、一緒に弁当を食べる。
早速今朝のことについて少し切り込んでみる。
「ねえ宙。」
「ん?」
「今朝、なんでみんなに柴田詩織のブログ見たか聞いて回ってたの?」
明らかに稲葉の顔が曇った。
絶対何かあるな。
「桃花には関係ないよ。」
「いや、私にも聞いてきたじゃん。関係ないことはないでしょ。」
「ごめん、本当に、これだけは言いたくないの。」
「...そっか。」
これ以上詮索するのは野暮だろう。
そう思いそこからは聞かなかった。
でも、何かが稲葉の中にあったことはわかった。
それは何なのだろうか。
もしかしたらそのヒントは詩織のブログの中にあるのかもしれない。
そう思いブログを開いてみたが、まだサーバーダウンしたままだった。
帰りのホームルームが終わると、私は稲葉と一緒に某コーヒーショップに向かった。
私たちはこれまでも新作が出る度にここに来ていた。
今回も2人とも新作のフラペチーノを買い、テーブル席に向かい合って座る。
席に着くと稲葉が口を開いた。
「柴田詩織のことなんだけどさ、ブログに書かれてた内容知ってる?」
「朝の報道番組でやってたから知ってるよ。誹謗中傷に対する恨みとやった人達の個人情報暴露でしょ?」
「うん。あのね、わたし...」
稲葉は少し俯き気味になった。
「わたし、柴田詩織にSNSで暴言を何度か送ったことがあるの。いわゆる誹謗中傷。
あの女が気にいらなかった。演技下手がなのにドラマでは主演、歌も上手くないのにCD出して一流アーティスト気取り、大したリアクションもしないのにどこのバラエティ番組にもいる。
もっと適任な人が絶対いるはずで、あの女の席なんてどこにもあるはずがない。顔とスタイルが良いだけのモデルのくせに、出しゃばって、気持ちが悪かった。
で、半年くらい前かな。あるバラエティ番組で柴田詩織の差別発言が問題になったの知ってる?
あれは流石に知ってるよね。
そう、片足が無い人の前で五体満足の人のことを、ちゃんとした人、って言ったこと。
あれで柴田詩織は炎上して、今もずっとしてるんだけど、私は気味が良かったの。
それで私はそこから誹謗中傷を送るようになった。
もちろん意味のある内容よ。差別発言をしたことを謝罪しろ、差別主義者は二度とテレビに出るな、顔も見たくない、死ね、いっぱい送った。
別に差別発言になんて怒ってなかった。ちょうどいい火種があったから、ガソリンを撒いただけ。
もちろんファンの人には怒られた。でも賛同してくれる人もたくさんいた。
それが気持ちよくて、認められるのが嬉しくて、どんどんエスカレートしていったの。
それに、芸能人って大抵反応しないじゃない。柴田詩織も反応しなかったの。
やってみたらわかるんだけど、反応されないことがわかったら、それは人を叩いてる感覚じゃなくなるの。命もなければ血も通わない、サンドバックを殴っている感覚。
サンドバックは殴っても蹴っても誰も怒ったりしないでしょ?犯罪じゃないでしょ?自殺なんて、しないでしょ?
そう思って毎日いろんな誹謗中傷を送って、時には揚げ足取りなんかもしていた。
そうしたら今朝、自殺したって言うじゃない。
でもそれ自体は興味の欠片もなかった。
芸能人なんて誹謗中傷されて当然で、スルーするのが当たり前だと思ってた。それが出来なかったんだから、向いてなかったんでしょって思った。
そりゃ驚いたけど、おもちゃが1つ壊れた程度の感覚だった。
1番焦ったのは個人情報を暴露していたこと。
もしかしたらわたしの個人情報が出ているかもしれない。次はわたしが標的かもしれない。逮捕されるかもしれない。
そう思ったら怖くなったの。
だから私は今朝ブログを見たか聞いて回って、個人情報はどの程度出回っていたか聞こうとした。
でも誰も見てなかった。
今すぐ実害が出る心配は無くなった。
でも直にブログが見れるようになったら、みんなに知られる。そして私はどこにも居られなくなる。
ねえ、私どうしたらいいかな。
桃花はそれでも友達でいてくれる?」
怒りが込み上げてくるのを抑えながら、じっと聴いていた。
許せない。
「甘ったれんなよ!ふざけんな!
あんたの快楽のために人1人殺しといて、追い詰められたら今度は味方でいてってか?
詩織はどんな気持ちで耐えてたと思う?どんな気持ちであんな暴露をしたと思う?どんな気持ちで死んで行ったと思う?
残された家族は?友達は?どう受け止めてどう生きて行ったらいいの?
それで他の誰かの人生までめちゃくちゃになったら、あんたその責任取れるの?
取れるわけないよね。だってあんたにとって柴田詩織はただのサンドバックだもんね。
サンドバック殴ってたら急に血が通って死んだんだもんね。
そんな先のことなんて考えちゃいないよね。
私はあんたを絶対許さない。
あんたは殺人犯よ。
一生かけて罪を償うといいわ。
あと友達でいてくれるかって聞いたね。
いるわけないでしょ?馬鹿じゃないの?
誰が好き好んで殺人犯の友達になんてなりたがるのよ!」
つい声が大きくなってしまった。
1度落ち着くためにフラペチーノを一気に吸い上げる。
「宙、もうあんたとは金輪際関わりたくない。
私、帰るから。」
「桃花、待って...。」
稲葉の制止を振り切って私はコーヒーショップを後にした。
夜になって苛立ちが収まってから、再び詩織のブログを見た。
まだアクセスは重いけど、一応復旧していた。
私はすぐに例の記事を探した。
あった。
タイトルは「遺書」。
その中身は思ったよりも憎悪に満ちていて、私の知らない詩織を見ているようだった。
個人情報も全て載っている。
ただ、量が膨大過ぎて稲葉を探すのは難しそうだ。
これを三日三晩で纏めあげた詩織は本当に凄いと思う。
死ぬ間際の人間がすることとはとても思えない。
私じゃ到底無理だ。
私が探さなくても、稲葉の名前があることがわかったのはそのすぐ後だった。
まず、LINEのクラスのグループから稲葉が追放された。
そして稲葉のいないグループで、ブログに記載された稲葉の個人情報のスクリーンショットを誰かが載せた。
名前、年齢、性別、おおよその住所、身体的特徴、どんな誹謗中傷をしたかが事細かに書かれていた。
そして、稲葉のSNSも荒れた。
誹謗中傷を送り続けた稲葉は、逆に誹謗中傷を浴びるサンドバックになった。
心無い言葉達が、刃物となって稲葉に襲いかかっている。
今の稲葉を守る人間は誰一人としていないだろう。
可哀想だと思わなくもないが、それこそ因果応報だ。
私は手を差し伸べたりしない。
生きながら地獄を見ればいい。
私の幼馴染を殺した殺人犯め。
死ぬなら勝手に死んでしまえ。
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