ぼくの仕事のこと Ⅲ

 農夫ブーモの麦畑を踏み荒らした犯人、それに最も近い男の話を聞くために、僕は製材所へと向かった。


 いくつもの丸太が積み上げられている材木置き場、そこの納屋に彼がいると聞き、踏み込むことにした。


 そこは加工した材木や薪を保管する場所だ。

 彼はいつもそこで作業をしているという、実際に大柄の男が材木に向けて手斧を振り下ろしていた。



「やあ、君がボーか?」


 僕は彼の名を呼ぶ。

 だが、返事は帰ってこない。


 勢い良く振り下ろされた斧が木材を断ち切る音が納屋に響き渡る。

 割れた木片がカタカタと音を立てた。


「ボー、昨晩は何をしてたんだい?」

 

 変わらず、返事は無い。

 手斧を振り下ろす度に、肥えた腹と顔がぶるりと震える。

 またひとつ、またひとつ、と木材がかち割られていく。



「昨日はよく呑んでいたらしいね、酒場を出た後のことは覚えているのかい?」


 彼の目の前にまで歩み寄ると、振り下ろした手斧の動きが止まる。

 あからさまにじろじろと、ボーは僕のことを睨んでいた。



「なぁんだ、オラになんの用ですけぇ」


「君に聞きたいことがあってね、昨晩のこと――」

 僕の話を遮るように、ボーは持っていた手斧を積み上げていた木材へと放る。

 そして、足下に散らばっていた木片を蹴り飛ばした。


 それは、明らかに不機嫌な様子だった。

 どうやら、来るタイミングが悪かったらしい。


「……アンタも、オラをホラ吹きだって言うのか!!」

 ボーが大声を上げた。

 それと同時に、のっしのっしとこちらに歩み寄ってくる。


 その途中で、ボーは足下にあった瓶を手に取った。

 それはどう見てもワインボトルにしか見えない。


 ――仕事場にも酒を持ち込むほど大酒呑みだったとは……


 距離が詰められていくごとに、ボーが酔っているというのがよくわかった。酒の匂いと真っ赤な顔、充血した眼、どう考えても素面ではないのは明らかだ。



「……落ち着いて、僕はただ――」

 僕の言葉を遮るように手にした瓶が振り下ろされる。

 咄嗟に身を投げるようにして、ボーから距離を取った。

 

 ワインボトルが棚に当たって砕け、ボーの手には即席の鋭利な凶器となった瓶が握られていた。

 ガラスの砕ける音でも、彼の怒りは醒めないらしい。



「――アンダも、オラのごどォォォォ!」


 ボーは再び、瓶を手にした右手を振り上げた。

 広いとは言えない納屋の中では、大男の振るう腕から逃れるのは難しい。

 だからといって、このまま彼が落ち着きを取り戻す頃には僕は殺されてしまうだろう。


 ――悪いね、ボーさん!


 この納屋には作業道具がいくつもあった。

 その中で掃除用の箒が目に入った。柄が長く、とても丈夫そうに見える。

 ボーの大ぶりな攻撃を避けつつ、壁に吊していた箒を目指す。


 酔っていてもボーの足取りはしっかりしている。意識がはっきりしていなくても、充分厄介だった。


 横薙ぎの攻撃を避け、彼の膝裏に蹴りを入れる。

 体勢が揺らいだ瞬間を逃さずに、そのまま箒を手に取った。

 箒の「穂」の部分を折り、残った柄を鑓のように構える。深呼吸をしながら、体勢を整えた。


 ボーは僕に蹴られたことに対して、怒りを燃え上がらせていた。

 手にしていた割れた瓶を低く構えるようにして、こちらに突進してくる。



 僕は手にした箒の柄で、彼の右手を突く。

 それを避けようとしたのか、ボーの体勢が揺らいだ。

 だが、瓶を持っている「右手」を狙ったのはあくまで布石。

 

 僕は踏み込みながら、身体を捻る。その勢いを伝えるように箒の柄を彼の足首へと打ち込んだ。ボーは呻き声を上げるが、戦意は失っていない。


 割れた瓶の切っ先を僕に向けて突きだして来た。

 鋭利な切っ先が僕に触れるよりも早く、箒の柄でボーの右手を打ち払う。


 そして、割れたワインボトルは彼方に飛んでいき、納屋の床で砕け散った

 

 膝を着き、右手の痛みに悶え苦しむボーから距離を取る。

 彼が襲ってきても対応できるように構えながら、僕は問いを投げた。


「昨晩、君は麦畑に行ったな」

 ボーは涙と鼻水を垂らした顔を上げ、僕を睨む。



「ブーモが管理している麦畑で樽ジョッキの破片があった、中身が残っていたからそんなに前のモノじゃない。昨晩、『鷹の目亭』からジョッキを持ち出したのは君しかいないんだ」



 ボーは痛みに耐えながら、なんとか言葉を紡ぐ。

「たしかに、オラは昨日の夜に麦畑に行った。腹いっぱいにエールを呑んでな」


 ――犯人は確定だ。


 ボーは麦畑に行ったことを認め、酔っていたことも認めた。

 あとはブーモに事情を説明するだけだ。







「だけど、オラはちゃんと見たんだ! 酔ってても、あれはたしかに――」


 そして、ボーが話した真実は証拠や状況の全ての繋がりを裏付けるものだった。

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