うだうだぐだぐだ
▼▼▼
今、目の前で
グラスに数滴垂らした酒を水で薄めたものを、三分の一ほど飲んだだけだ。
元々体質の都合で飲めないとは言っていたが、ここまで弱いのか。
「大丈夫か」
俺が声をかけると、そいつの頭が持ち上がった。
「俺はなんとか。アルハはだめだ」
ヴェイグが自分で頭に魔法の光を当てる。
「すまんな、ハイン」
魔法をどう使ったのか、だいぶマシになった顔で俺に謝罪をしてくる。
「気にするな。それより、何があった」
そこからは、ヴェイグづてにアルハの惚気話を聞かされた。
◆◆◆
オーカとイーシオンの結婚式は、厳か且つ盛大に行われた。
久しぶりに会ったイーシオンは背が急激に伸びていて、婚礼用の白いローブの直しがギリギリまでかかったと、照れくさそうに話していた。
オーカの方は、とてもきれいだった。
普段から冒険者の格好よりドレスの方が似合っていたのが、ウェディングドレスだと余計に。
式の最中、皆さんの配慮により一番目立たない場所に席を設けてもらって、そこから見届けた。
厳粛な誓いの儀、城下町をお披露目のパレード、豪華な披露宴と、大勢の参列者に囲まれた二人とは、直接話す機会は殆どなかった。
落ち着いたらまた会おうと約束して、トイサーチに帰ってきた。
「オーカさん、綺麗でしたね」
「オーカちゃん綺麗だった!」
メルノはうっとりと、マリノは未だ興奮冷めやらぬといった風で、回想している。
式から帰ってきて、三日経っている。
あとは寝るだけ、というタイミングの、一日で一番のんびりした時間だ。
いつもなら、その日の出来事が話題に上がるここで、この三日はずっと、結婚式の思い出話が続いている。
そして、台詞の続きを僕に促そうとしてくる。
メルノも結婚式したい?
聞いてしまったら、そこから何かが決定的に動いてしまう気がして、口にできない。
二人は曖昧に相槌を打つだけの僕を見て、マリノは苦笑いを、メルノは困ったような表情を浮かべて顔を見合わせる。
昨日までは、この後なんでもない話をしているうちにマリノが眠くなってお開きになった。
今夜は違った。
「アルハ
マリノが無邪気に超特大爆弾を落とした。
「いや、あの、マリノ?」
結婚式をするということは前提として結婚をしなくてはいけないわけで。
結婚するということは夫婦になるということで。
二人が一緒に暮らすことに……既に一緒に暮らしてるから、この場合どうなるの?
「その、メルノは?」
自分でも何を聞きたいのかわからない問いをメルノに向ける。
メルノは気が遠くなったような顔で遠くを見ていた。
僕の声に慌ててこちらを見た。そして、顔がみるみる赤くなっていく。
「わ、私は、いつでも……」
いつでも? 結婚式をいつ挙げてもいいって意味?
「いつでも、って、えっと、僕……?」
僕でいいの? と言いかけて流石に自意識過剰だろうと口を噤んだ。
そもそもマリノが「僕とメルノの」と言い出したことだし、そういうことでいいのだろうけど、こういうことは本人の意志も確認しないとね?
「アルハさんこそ、私……」
メルノも口を噤んでしまった。
ふと、マリノが僕らを見上げて目をキラキラさせているのに気付いた。
「マリノはいいの? 僕らが……結婚とかしても」
「いいよ!」
思わず聞くと、元気よく肯定されてしまった。
違うんだマリノ。多分マリノは僕らが夫婦になるって意味を、あまりわかっていない。
できれば二人きりで過ごしたい日も来るだろうから、その時マリノをどうしようって話になってくる。
僕はマリノも大事な家族だと思ってる。
「もしものときはラクちゃんのお家にしばらくお世話になるって、もうお願いしてあるの!」
用意周到、準備万端だった。
「マリノ、ラクさんにご迷惑をかけては」
「違うよ、ラクちゃんが先に『そうなれば、マリノはこの家に住むといい』って言ってくれたんだよ」
ラク!?
「おねえちゃん、私に遠慮しなくていいよ」
マリノは真面目な顔でそう言い切ってから、ニッと笑った。
▼▼▼
アルハとメルノについて、いつかこうなるだろうと誰もが想像していた。今更驚く話ではない。
ラクがマリノから相談を受け、積極的に手を貸していたことも聞いている。
「それで、どうしてここで飲めない酒を飲んでいるのだ」
アルハは俺に通信石で連絡を取ってから、ジュリアーノ冒険者ギルドの俺の部屋までやってきた。
「アルハはあの場で、申し込めなくてな」
「申し込めない?」
「結婚をだ」
「は?」
後日ちゃんと求婚すると約束しただけで、その場を逃げ出してしまったらしい。
「魔物とは訳が違うか」
「そうだな。よっぽど手強い」
アルハは冒険者最高ランクの
そんな男が、求婚一つに悩んだ挙げ句、人の家に上がり込んで酔いつぶれるほど参っている。
「だからって何故酒を口に?」
「アルハのいた世界では『酔った勢い』というものが存在するそうだ」
「ああ、そういうことか」
アルハのいた世界に限らず、酒の力で気を大きくして事を為そうとする人間は少なからずいる。
「だが良い結果になることなど少ないだろう」
「俺もそう言った。どうしてもやるなら、別の誰かの前で一度試してみろと」
「それで俺のところか」
偉大な冒険者が、俺を頼りにしてくれている。その事実に、胸が熱い。
そして、もうひとりの偉大な男も。
「ヴェイグは、どうしたい?」
アルハが求婚できなかったくらいで、飲めない酒を口にしたいと思うわけがない。
アルハの本当の目的は、ヴェイグの本音を俺に聞き出せ、というものだろう。
「俺は封印されても構わないと言ったのだがな」
中身が入れ替わるだけで、人の顔はこれほど違うものかと感心する。アルハが凡そしないであろう、物憂げな表情でヴェイグがぽつりと漏らす。
「アルハは怒るだろう」
「怒る、というか怖がっていたな。俺は、俺がいることでアルハが望む道を進めないことのほうが怖い」
ヴェイグの考えもわかる。
もし、自分の中にもうひとり別の誰かが居たら。
仮にアルハかヴェイグがいたとしても、俺はこの二人ほど相手を気遣ってやれるかどうか、自信はない。
「アルハには幸せになって欲しい」
ヴェイグがこんな台詞を言えること自体が奇跡に思える。
「ヴェイグにもその権利がある」
「だが俺は……」
「今のアルハは、ヴェイグがいるからこそのアルハだ」
アルハ本人の資質があったにせよ、今のアルハになったのはヴェイグの存在が大きい。
「もはや、お互いがお互いの半身だろう。どちらが欠けても、お前たちは存在し得ない」
「そうだろうか」
「絶対にそうだ」
俺の言ったことは、この二人は自覚している。
ただ、お互いに言い合うようなことではないから、自信がないのだ。
だから、俺が断言してやった。
「……感謝する」
ヴェイグは目を伏せながら、礼を口にした。
「ハインに相談できてよかった。本当にアルハの心を読んでいるな」
「なんだそれは」
「アルハが言っていたぞ」
「俺は心など読めん」
何か妙な誤解をされていた。
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