第四章

1 お嬢様は恋バナがお好き

▼▼▼




 ツェラントの豪商、フィオナ・ロズマリーは、自室で一人、ソファーに身を預けて目を閉じていた。

 このところ、商売以外のことに心身を削がれ、それが先程、ようやく一段落ついたのである。


 商売以外のこととは、叔父のダルクのことである。


 一年ほど前、商談の帰り道に、馬車もろとも賊に襲われた。

 賊たちは金目のものには目もくれず、付いていたメイドと護衛兼執事を制すると、フィオナを連れ去り森の中で押し倒した。

 通りすがりの冒険者――アルハがいなければ、フィオナは嫁入り前の身体に消えない傷を負うところであった。

 さらに数日後、誰かが町に魔物を呼び寄せるという暴挙に出た。

 それもアルハの活躍により、町への被害は皆無。対応した他の冒険者たちの負傷も、アルハが治癒魔法で全て癒やした。


 アルハがトイサーチへ帰っていった二週間後に、フィオナは再び賊に襲われた。

 前回の賊はその後人をやって捕らえ、牢の中だ。今回はまた別の人間たちが、フィオナの馬車を正確に襲ってきた。

 護衛を増やしていたのが奏功し、フィオナは難を逃れ賊も再び捕らえることができた。


 こんな見え透いた事件がなくても、誰しも犯人に心当たりはあった。


 言い逃れのできない証拠を揃え、本人に突きつけてようやく認めさせたのが、最初の馬車襲撃からおよそ二ヶ月後。

 ダルク・ロズマリーはトイサーチやツェラントを管轄下に持つリオハイル王国の牢へ投獄された。


 商人として、身内の恥は致命的だ。しかし、今までのダルクの悪名や評判から、フィオナへ矛先が向くことはなかった。

 それでも、フィオナは唯一の血族として、叔父の減刑を嘆願した。

 さらに、釈放後はリオハイル王国やツェラントから遠く離れた静かな場所に、叔父が住むための土地と館を用意した。

 表向きは、心身摩耗し乱心した叔父を静養させるため。

 本質的には、監視をつけた幽閉である。



「アルハ様にもお伝えしたいですね」

「それはいいですね。トイサーチに連絡をとりましょうか」

 月に一度の叔父見舞いを終えたフィオナとヘラルドの会話である。

 2人がアルハと最後に会ったのは、半年近く前になる。



 半年前、ふらりと現れたアルハに通信石について尋ねられたので、抱えている加工工房へ案内した。

 封石が持ち込みだったこともあり、加工費の受け取りを拒むと、別の封石をいくつか代金代わりに置かれてしまった。

「こういう伝手はフィオナさんしか居なくて。急なお願いを引き受けてくれて助かったよ」

 随分と急いでいたらしく、完成した通信石を受け取ると、あっという間に旅立ってしまった。

 もっと話がしたかったのに。そう、例えば。


 わざわざ指輪の形にした通信石を誰に渡すのか、ということを。


「想い人、にしては2つ作ったのも気になりますが」

「フィオナ様?」

「確かトイサーチにお住まいがあるのでしたね。普通、家族に渡すのなら設置型や腕輪型、利便性重視なら耳飾りというのもあるとお伝えしましたのに、指輪を……」

「フィオナ様、あのう?」

「アルハ様は異国の方ですものね。そういう風習があるのやも……」

「フィオナさまー。おーい」

 妄想に突入して戻ってこない主人に声をかけているのはヘラルドだ。屋外にいて3回呼んで戻ってこない時は、無理矢理室内に連れ戻せと言われている。今回もそうした。

 普段はしっかりしているのに、色恋沙汰やゴシップの妄想が膨らむとこうだ。

 周囲に全く気を配らなくなったフィオナの手を引き、屋敷へ押し込んでおいた。



 フィオナとアルハが出会ってから一年ほど経った今、初めて個人的な連絡を試みた。

 叔父の件に片がついたことや、お互いの近況について話したい。あわよくば指輪を誰に贈ったのか聞きたい。

 しかし、アルハから返事はなかった。

 フィオナとアルハをつなぐ通信石の、通信圏外にいるようだ。

「アルハ様は伝説レジェンドになったそうですから、きっとお忙しいのですよ」

「そうでしたわね。せめて指輪を贈った相手だけでも……」

「フィオナ様」

 妄想に入ろうとする主人を、新たに注いだ紅茶の香りでつなぎとめる。

「はぁ……。ヘラルドの紅茶は美味しいわ」

「恐縮です」

 紅茶を二口三口飲み、カップをソーサーに置いた。この一連の動作で、心を落ち着けたようだ。

「では、トイサーチへ連絡を繋いでくれるかしら」

「アルハ様のお家へ直接?」

「以前お世話になったと手土産を持っていけば、変ではないわよね?」

 幼い頃から商売のための勉強ばかりだったフィオナは、長じてから知ったこういう話・・・・・に目がない。

 相手が恩人だろうが伝説レジェンドだろうが、手の届く範囲で繰り広げられていたら、見逃せるはずがない。


 メルノに「お伺いします」と一方的に連絡を入れ、トイサーチのメルノの家へ向かった。



「お元気ではないようですね」

 お互いに軽く挨拶をした後、淹れてもらった薬草茶を口にしてから、フィオナが指摘した。

「いえ、そんなことは」

「アルハにいが、帰ってこれないの」

「マリノっ」

「帰って、これない?」

 メルノの制止も聞かず、マリノが事情を全て喋ってしまった。


「アルハ様、そんなことに……」

 フィオナが顔を伏せ、傍らのヘラルドは青ざめている。

「それでおねえちゃん、ずっと元気ないの。せっかくクエスト行けるようになったのに、全然行かないの」

 フィオナは暫し下を向いたまま、黙り込んだ。マリノは言うべきことは言ったとばかりにお茶を飲み干し、自分でおかわりを作りに行く。

 メルノは黙り込んだフィオナから目をそらし、同じく黙り込んだ。

「お話を聞く限り、私達には何もできない、ように思えますわね」

 急なフィオナの言葉の意味を、メルノは理解できなかった。

 フィオナは淑女らしからぬ機敏な動作で立ち上がると、メルノに近づき手を握って胸の前まで持ち上げた。

「アルハ様の問題を私達が直接解くことはできません。ですが、後方支援として、微力ながらお手伝いはできると思うのです」

「後方支援……」

 メルノは強化魔法使いだ。冒険者として魔物と戦う時、自分は一歩引いて、味方の援護に専念している。

 いつもやっていることを、どうして忘れてしまっていたのか。

「で、でも、一体どうすれば」

「それはこれから一緒に考えましょう。でもその前に、アルハ様の憂慮を一つ、取り除きたいのです」

「アルハさんの憂慮?」

 フィオナは握りしめたままのメルノの手に力を込めた。


「アルハ様の恋人であるメルノ様に、お元気をだしていただきます」

「……ぇへっあ!?」

 メルノから変な声が出た。

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