第17話 精霊と精霊石
「たたら……」
小走りで、少女鍛冶師に追いついたエグゼは、声をかけた。
「言うな、エグゼ。お前も知っているだろう? 私が戦が嫌いなのは。
お前に私が剣を作ったのも、お前は人を傷つけるためにその力を振るわないことを、知っているからだ。
あの男には夥しい血の色が見える。一体、どれだけの人間を殺せば、ああなるのか……」
「でも、あいつは……」
「だまれっ! ……。たのむ、そのことは言わないでくれ……」
たたらは、その大きな瞳でソウマの何を見たのか……。
たった一度だけ。
たたらが語ってくれたことがある。
人の悲しみが、見えると。
それは種族による能力なのか、それとも彼女固有の異能なのか。
その人間の背負う悲しみや、苦しみ。葛藤が見えるのだという。
人殺しとして許せないソウマ。
人間として信頼できるソウマ。
その矛盾する二つ気持ちが、たたらを悩ませているのだろう。
「まずはお前の剣だろう?」
「あぁ、そうだな」
そうして、『大いなる精霊王の剣』を直す話が始まった。
「まずはこの剣が何からできているのか、しっているな?」
「もちろんだ。精霊の力を極限まで伝えやすく出来る『精霊石』だろ?」
「そうだ。その『精霊石』を私が鍛えに鍛えぬき、この剣として精製した。
そして既存の精霊石では、精霊王の力をその刀身に宿すことが出来なかった」
「いかに精霊石と言っても精霊王の巨大すぎる力に耐え切れず、砕け散る……」
「そういうことだ。他にも精霊王と契約し、その力を借りることの出来る者が今まで存在しなかった、というのもある」
それが唯一果たせたのが、エグゼだったのだ。
「そして、お前と私の力が合わさって、初めて『大いなる精霊王の剣』は誕生したのだ」
そして。
「この剣を作る材料は、この山でしか取れない。」
シスカの町のうしろにある、聖地『精霊の寝床』
それは、スミカの村の『精霊の寝所』よりも更なる高みにある聖地だ。
その洞窟の奥底に、純度の高い精霊石がある。
聖地の中の聖地に入ることができるのは、大精霊、または精霊王に認められたものだけ。
つまり、エグゼだけなのだ。
「僕はもう一度、精霊石をとってくればいいんだな?」
この剣を作ってもらったときも、同じクエストをこなした。
精霊の寝床ほどの聖地になるとモンスターも近寄らず、それは楽な旅だった記憶がある。
もっともそれは祝福されしエグゼだからこそ、なのだが。
「そういうことだ。だが」
今回はわけが違う。と、たたらは続けた。
「この山は、グランベルトに、ミハエルに半分制服されてしまったのだ」
伝説になるといわれている『大いなる精霊王の剣』を作り出した、天才鍛冶師がいる町。
そしてその材料となる精霊石。
聖地、精霊の寝床。
何より。
「ミハエルは、精霊石を欲している」
「な!? だって、魔法は……っ?」
使えないはず。
「そう。魔法は使えない。だけど、精霊はいなくなったわけではない」
「精霊は、いなくならない……」
「そもそも、お前はどうやって精霊を使役していた?」
「それは……」
魔法……。
精霊魔法とは言っているがそれは結局、精霊の力を借りているだけだ。
自分の魔力を使い精霊を召喚する。
そして精霊はその魔力を仮の肉体し、この世界に存在を固定されそれを魔法使いが使役する。
それが精霊魔法だ。
「お前は魔法力を使い、精霊と交信し呼び出してその力を借りていたはずだ。というか、普通の精霊使いそうなんだ」
お前が特別だ、とたたらは言った。
「僕は小さいころから当たり前のように精霊と一緒にいたから、魔法力を使って精霊を召喚してるっていう意識がないんだ」
「だからお前は特別なんだ。一般の精霊使いは、精霊を召喚するので魔法力を多大に使い、自分の魔法を使う余剰の魔法力なんてないはずなんだ。
しかも普通の人間には、精霊は一種類しか契約できない。どれだけ規格外なんだ……」
さらにエグゼは、自分の魔法に精霊の力をプラスする、ということを当たり間のようにやってのけた。これは精霊を召喚してもなお、余りある巨大な魔法力がなければ出来ないことだ。
普通の魔法使いとしても超一流で、さらに精霊魔法まで使えていたのだ。
「いや、そうは言われても……」
本当に、物心が付いたときには出来ていたことだから、自分が特別、という感覚はなかった。
「とにかく、お前が魔法を使えないだけで、精霊はいなくなったわけではない。
ただ、今までのように接することが出来なくなっただけだ」
「そうだったのか……」
スミカの村のノームが特別だったわけではない。
精霊が今までと同じように、自分のそばにいる。
そう思っただけで、エグゼは少し心が明るくなった。
「しかし、それでなぜミハエルが精霊石をほしがるんだ?精霊魔法が使えないなら、精霊石を手に入れたとしても何の意味もないだろう?」
魔法力で精霊を召喚している以上、魔法が大陸全体で使えなくなったのら精霊の力を借りることは出来ない。
それはミハエルにも等しくいえることだ。
「ミハエルは、『造魔』とやらを扱うらしいな」
「……。あぁ。ミハエルが作り出し、ミハエルの意のままに動く、忠実かつ強力な魔物だ」
今でも、その脅威は忘れることが出来ない。
ただ命令をきくだけではない。
軍師であるミハエルのその戦略をそのまま、その身に宿して戦うことが出来るのだ。
「これはあくまで推測だが。もし、ミハエルが魔物だけではなく、精霊すらも造り出したとしたら……?」
「っ!? ばかなっ!!? 精霊というのは、この世界の事象を司るといっても過言じゃない存在だぞ!?」
精霊王を筆頭に、日、月、火、水、木、金、土、の7大精霊がいて、その下に、さまざまな精霊が存在している。
人間に懐き、簡単なお願いを聞いてくれる親しみやすい精霊も入れば、逆に、自然を破壊する人間を嫌う精霊もいる。
こと自然に依存して生きる上位精霊は人間を敵視していることが多い。
特にその王たるものは……。
かの偉大な王の姿を思い浮かべ、エグゼは悲しい気持ちになる。
酒を酌み交わし、世界の行く末について話しあったあの日々は忘れることが出来ない。
「しかしそれ以外に精霊石を欲する理由がわからん。精霊がいなければ、あんなものただの石ころだ。それに……、見えたんだ」
「みえた? なにが?」
「この眼に。見たこともない、醜悪極まりない精霊を使う兵士の姿が、な」
自分の大きな瞳を指差し、たたらが言った。
たたら自身鉱山に依存し、鍛冶師の山に対する恐怖や尊敬、信仰から生まれた妖魔だ。
人間よりよほど精霊に近しい存在なのだろう。
「本当か!?」
この世には存在しない醜い精霊を生み出し、あまつさえ、その精霊を扱うものがいる……。
エグゼの心に今までと違う、ドス黒い感情が染み出していた。
国を滅ぼされた怒りとも、大切な人たちを護れなかった不甲斐なさとも、自分の無力に打ちひしがれるのとも違う、感情。
それは初めてのエグゼ個人の、ミハエルに対する怒りや憎しみと言った、負の感情だった。
「そして。この私も狙われている」
「そんな……っ!?」
しかし考えてみれば当然の話しだ。
精霊石はそのままでは、ただの石と変わりない。
それを精製し、純度を上げ、天然の状態から淘汰して刃物すら凌駕する切れ味を持たせる。
そんな神業とも言えることをやってのけられるのは、世界広しといえど、たたら以外にいない。
「命を狙われているわけではないのが、せめてもの救いだがな」
「でも、もし……。精霊石が使えないとわかったら……」
「私に用はなくなるな。それどころか鍛冶師として優秀な上に、国に逆らったとなると反乱分子に上質の武器を渡さないためにも、殺されるかもしれんな」
眼をつぶり、たたらはつぶやいた。
「許せないっ!そんなこと、絶対させるものか……っ!」
ぎりっ、と血が出んばかりに、唇を噛み締める。
「……。誰にでも優しいから、勘違いされるんだ。馬鹿め……」
「なにかいったか?」
「何でもない」
コホン、と咳払いをして話を戻す。
「そして、もう一つ問題がある。」
「僕以外の人間は聖地には入れない、だろ?」
「そういうことだ。エグゼ、お前がここに来たのは、もしかしたら、あのチビでハゲデブーの予想のうちなのかもしれないな」
「ミハエルの……」
「お前に、精霊石を取ってこさせて、私にそれを精製させる。それが奴の狙いだろう」
「それでも僕がミハエルを倒すためには、もう一度この剣が必要なんだ」
「解っている。私もあんな奴のために、腕を振るうつもりはない」
お互いの瞳に、強い意志が宿っているのを確認する。
「とにかく、エグゼに頼みたいことは二つ。純度の高い精霊石を採ってくることと、この山にいるグランベルトの刺客を山から追い出すことだ。
これが出来たら、お前にもう一度『大いなる精霊王の剣』を作ってやろう。
今度は魔法力がなく精霊の力が借りられなくても、一流の武器として使えるように、な」
「ああ。わかった」
「とにかく今日はもう休んで行け。寝所は私が用意してやろう。……。あの男と蜘蛛娘も、不本意だがお前の仲間だからな」
そう言って背を向けて去っていくたたらの頬が、ほんのりと赤く染まっていることに気づくはずもない、鈍感なエグゼだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます