7/Inheritance
「私は、魔法使いなんです」
まるで時間が止まったような衝撃。たったそれだけの言葉に、心臓を鷲掴みにされたような緊迫感と、臓腑をあぶられているような焦燥がどっと湧き上がる。
「おまえ、それは本気か?」
「ホントもホントです。今更嘘ついたってしょうがないじゃないですか」
魔法使い。いうまでもない、人類の敵。文明が地表を覆い、その果てに星の限界が匂い始めた頃に突如現れた存在。その力によって人類の、世界の敵となった者。
その脅威度は天使どころじゃない。遥か昔に世界を滅びへと導いた世界の敵が、こんなくたびれた街の一角でのほほんと日々暮らしていたなんて——冗談にすらならない。
「正確には、わたしは魔法使いの複製品なんです。それも、ついさっきまで忘れてたんです。でも少し思い出しました」
騒がしい街を横目に少女は語る。自分はかつて地上に現れた魔法使い。その遺伝子を用いて作られた複製体の一つなのだと。
「誰が、何のためにそんな酔狂を」
「魔法という力を、利用しようとする人たちにです。——今は確か魔導教と名乗っているんでしたっけ。その人たちが、わたしを造ったんです。魔法を再びこの地に降す器として」
この間の仕事で、同業者が言っていた「魔道教の連中がお前のことを嗅ぎ回っている」という言葉。
魔道教、魔法の力を崇拝し、それこそが人類を救う唯一の手段だとする宗教組織。どうしてそんな奴らが、と思っていたが原因は目前の少女なのだ。
俺がこの少女を匿っている。という情報を彼らは得た。それで俺の周囲を嗅ぎ回っていたのだ。
「そうか、連中の言う聖女というのは、お前のことか?」
少女はうなづくと、それこそ長く続く魔法の呪文のように、涼しい表情で語り続けた。
「宇宙には寿命がある。その寿命は宇宙の膨張に従い冷えて失われていく。その宙域に存在する生命が増えるほど宇宙は終わりへと加速する。
だから、宇宙は自身の寿命を調整するために
あまりに飛躍した彼女の言葉。しかしその重みが、その表情が、その言葉が真実であると俺に確信させる。
「この世界は星の死が確定し、存続が不可能だと判定された。可能性は芽吹くことがなく、これ以上の進化・発展は見込めない——。
どうしようもない
「……それが、お前か?」
「はい、ただ一度きり、来たるべき時に
前のわたしたちはこれに失敗してしまいましたが、今度こそ、きっと」
静かな光と、逃げ出す雑踏に響く風の音。少女はそれっきり黙り込んで、その騒めきに身を委ねるように目を閉じた。
——この世界はとっくに手詰まりで見放されていた。収穫といえば聞こえはいいが、要は間引きだ。そんな避けられない終わりから逃れるために、目前にいる少女は必要な贄なのだ。
「お前は、それでいいのか?」
「どの道、この体では私はもう長くは生きられない。時限式ですからね、時が来れば否が応でも魔法は発動します。
魔法を容れて、使うだけの器として調整された私の肉体はもう限界が近い。もうすぐ生物としての機能も停止するでしょう」
「——そういうことじゃない!お前は、本当にそうしたいのか?それでいいのか?それはつまり、死ぬってことだろ?」
少女は少し驚いて、戯けたように口を開く。
「ふふ、もしかして気遣ってくれてるんですか?わたしのこと嫌いじゃないんですか?」
「そんなことはいい、今はお前のことを聞いてんだ」
「——だってわたし、ここが好きになっちゃんたんです。この街が、ここに生きる人が。
こんな、終わりかけの世界でも毎日を必死に生きていこうとする皆さんが好きになっちゃったんです。ニセモノでしかないわたしに、ここは優しかった。ここで過ごした日常はすごく楽しかった。
だから、わたしは皆さんに死んで欲しくない。消えて欲しくない。そう思った、それだけです」
少女はいつものように、笑いながらそう言った。
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