番外 姉は苛立ち音楽の使者は平穏を侵食する

 目を覚ますと見覚えのない白い天井が視界に映る。

 ベッドの側からは「よかった……」と安堵の声が聞こえる。

 あれ?なんで私、ここにいるんだっけ?

 目覚めて間もない脳を回転させ記憶を辿る。

 確か、アキルちゃんと一緒にメアリーに謝りに行こうとしてそれで……

 あ、ああ!

 そうだ、私たちは変な奴らに襲われたんだ。

 あれ?じゃあアキルちゃんは?

 ——周りを見回してみてアキルの姿はない。

 いない、アキルちゃんがいない!

 ——思考がパニックに陥るにはそれで十分だった。

 だが、その瞬間ベッドのそばにいたに抱き止められる。

「冬香、落ち着きなさい」

 冷静なその声はいつも聞いていた声、メアリーの声だった。

「メアリー……アキルちゃんはどうしたの?」

 泣きそうになりながらメアリーに問う。

 正直、私は最悪の事態を想定していた、もうアキルちゃんがこの世にいないんじゃないかと言う事態を。

「安心して、アキルお嬢様は生きているわ。ただ、傷がひどいから別の部屋にいるだけよ」

 その言葉を聞いて少し気が楽になる。

 よかったアキルちゃんは生きているんだ……

「ねぇ、メアリー、私アキルちゃんに会いたい……私をアキルちゃんのところに連れてって……お願いだから」

「わかりました、あなたの怪我は大したことがないそうですから問題ないでしょう。さあ涙を拭いて、アキルお嬢様のところまで案内しますから」

 そう言って、メアリーはハンカチを差し出す。

 差し出されたハンカチで涙を拭う。

 そのままメアリーについて行ってアキルちゃんがいると言う病室に入った。

 アキルちゃんは規則的な寝息を立てながら静かに眠っていた。

 怪我の度合いが酷いのか至る所にギプスやら包帯が巻かれていた。

「どうして……どうしてこんなにアキルちゃんの方が怪我しているの?」

「申し訳ございません。それは言えません」

 メアリーは静かにそう答える。

「言えませんて……なんでよ?」

「アキルお嬢様からこの件については冬香お嬢様には黙っていろ、と言われているのです」

「は?なんでよ、私だけ知らなくて良いってどう言うことよ?私と一緒にアキルちゃんは襲われたのよ!そうだ、犯人は?犯人は捕まったの?」

「……犯人は確保されています。時期に誘拐事件として片付けられるでしょう」

「誘拐事件として片付けられるって……まるでそれ以外の何かがあったみたいな言い回しね」

「実際、それ以外のことがありましたよ。ですがアキルお嬢様曰く『この事件の本質は私が知っていれば良い、そもそも常人にはタダの誘拐事件にしか見えんがな』とのことです」

「私が気を失っている間に何かあったのね、そうなんでしょう!教えてよ、アキルちゃんがこんな目に合う理由を!」

「それはお答えできません」

「なんでよ!」

「アキルお嬢様はこの事件の本質をあなたに知って欲しくないのです。それを知って仕舞えばあなたの静かな日々が終わりを迎えてしまうのだから」

「意味がわからないわ!どうしてそんなに何かを隠そうとするの?」

「申し訳ございません、ですがそれが冬香お嬢様のためなのです。世の中には知らない方が幸せなこともある、と言うことです」

「あぁ、そう、もう良いわ。アキルちゃんが回復したら本人に聞くから」

 つい、苛立ってしまう。

 何せ私以外の屋敷の関係者はみんなこの事件の本質を知っているようだからだ。

 クリスに聞いても、グレンに聞いても、ケイトちゃんに聞いてもみんな一様に「それは話せない」と何かを隠している。

 そんな状況がひどく不愉快で苛立っていた。

 何より、大切な妹がこんなに怪我をしているのになぜそうなったかすら分からないことに苛立っていた。

 その日の夜、病院のベッドで眠りにつく、傷は浅いけど、大事をとって2日ほど入院することになっていたからだ。

 その夜、奇妙な音楽が聞こえた。

 正気を削るような聞いたことのない音楽。

 今まで聞いたどのタイプとも全く違う別の『何か』を聞いた。

 これは、嫌だ。

 本能的に恐怖を感じる音楽だ。

 嫌だ聞きたくない。

 耳を塞いでみるが、まるで意味がない。

 例えるなら脳に直接音楽が流れているような感じだ。

 なおもこの奇妙な音楽は続く。

 あぁ、あぁ!嫌だ、なんなんだこの音楽は!嫌だ、誰か助けて……


 絶えず音楽は鳴り続ける、彼女はその才能ゆえに音楽の使者たる外なる神に目をつけられたのだ、そんな彼女の行末はまた、別の話だ。

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