不協和音 I

『スティギア』の一件から早いことで二週間経った。

 未だ『赤スーツの女』の行方は掴めていない。

 零児さんの方も『スティギア』が売り捌いてた麻薬の大元が『赤スーツの女』だったため、情報収集を手伝ってくれているが未だに進展はない。

 そんな中、少しでも情報を手に入れる可能性を増やすため、私はある人物に依頼をすることにした。

 その人物に会うため、赤夢街にある喫茶店『鳩屋』に向かう。

 私が依頼しようとしている人物こそ『鳩屋』の店主だ。

 彼は昔のから情報収集能力はピカイチだ。

 この街の大半の情報を知っている、とは本人の談だが、実際それくらい大量の情報が彼の元には集まる。

 そろそろ『鳩屋』に着くだろうか。

 屋敷から赤夢街までは若干距離がある。

 こんなことならバイクで来るべきだったか?

 まぁ、いい。

 古びた煉瓦造りの店舗が目に入る。

 店先に吊るされている小さな鉄製の看板が雰囲気をより良くしている。

 そうして、私は『鳩屋』に入店した。

 店内にはわざと薄暗くしてあり静かなジャズが流されて小粋な雰囲気だ。

 早速、カウンターの向かいにいる店主に話しかける。

「お久しぶりね、マスターさん」

「ん?アキルちゃんかい?随分と久々にきたね、どうだい?コーヒー飲んでくかい?」

「じゃあ、貰おうかしら」

「あいよ、で、それ以外になんか用件があるんだろ?」

「あら、よく分かったわね」

「常連さんだったからね、それくらい分かるさ。で、なんの情報が欲しいんだい?」

「『赤いスーツの女』についての情報が欲しいの。『スティギア』に麻薬を流していたやつなんだけど未だにこっちじゃ何も情報が掴めていないのよ」

「『赤いスーツの女』ねぇ、確か何ヶ月か前にそんな単語聞いたな」

「本当!ぜひ教えて頂戴、報酬はもちろん払うから!」

「いいよ、久々に顔出してくれたんだ今回はただで構わないさ、それに情報って言ってもそこまで使えるもんでもなさそうだしな」

「構わないわ」

「分かった、僕の知っている情報断片的だが、『赤いスーツの女』に『翻訳機』を貰ったって騒いでる大学生連中、『アウター・スペース』って名前で活動してるバンドの連中がここで話していた話だ。なんでもこれで『スグルオ』とかなんとか言うやつが呼べるとか興奮していたよ。それが確か3ヶ月前だ、でついこの間そいつらがうちの店にきたんだ。

 酷くやつれた顔をしてたよ、目も死んだ魚みたいだった。それで連中は計画を次の段階に移すとか言ってたよ。僕が知ってるのはここまでだ、はいコーヒーどうぞ」

「どうも、成る程ねじゃあその連中を次はあたってみるか……マスター、引き続き『赤いスーツの女』について情報を集めてもらってもいいかしら?」

「構わないよ、まぁ依頼金は貰うがね」

「それは構わないわ、それじゃあ今後ともよろしくね」

 不意に高い女性の声が店内に響く、その声は私にはよく聞き覚えのある声だった。

「あー!アキルちゃん!なんでこっちのほうにいるの?来てるなら言ってくれたらよかったのに」

「久しぶりね、姉さん。連絡入れなかったのは姉さんが忙しいと思ったからよ、コンサート近いんでしょう?」

「確かにコンサートは近いけどそんなことより妹だよ!うわー何ヶ月ぶりだろう会うの、相変わらず可愛いなぁアキルちゃんは!」

「姉さん一応ここは喫茶店よ、静かにした方がいいんじゃない?」

「あ、僕は構わないよ、今の時間帯お客さんあんまり来ないし今は二人しかいないから」

「さっすがマスター!話がわかる!あ、アタシもアキルちゃんとおんなじコーヒーください!」

「はいよ、ちょっと待っててね」

「はーい!ねえアキルちゃん、屋敷の方はどう?クリスとは何か進展あった?」

「屋敷は一人住人が増えたわね、多分姉さんなら仲良くなれるわ。後、クリスは関係ないでしょう?」

「そんなこと言っちゃってぇ、本当はクリスのことが大好きなくせにぃ!」

「ゴハッ……!」

 思わずコーヒーを吹き出しかける。

 別に、私はそんなふうには思ってない、そう、断じて、全くもって。

「おやおやぁ、顔が真っ赤だぞぉ?」

「な、そんなことない!冬香姉さんはいつも私をそうやってからかって」

「からかってなんかないよー、だってアキルちゃんはクリスのこと好きなんでしょう?」

「そ、それは、その……」

「ふふふ、甘酸っぱいですなー」

「ゴホン……そんなことより、そっちはどうなのよ?メアリーとは上手くやってるの?」

「あちゃー、痛いとこをつかれたなー、上手くはやってるよ、うん」

「そんなこと言って、どうせメアリーに家事全部任してるんでしょう?姉さんって女子力ないものね?」

「うぅ、アキルちゃんがひどいこと言うぅ……まぁ、実際そうなんだけどさ、さっきなんかメアリーにゴミを見るような目で『家事の一つでもできる様になる気はないんですか、冬香は?』って言われちった」

「それで逃げてきたと、はぁ、メアリーに同情するわ、いやになったら屋敷に帰ってきてもいいって連絡しておきましょう」

「え、お願いそれだけはやめて!メアリーがいなくなったら誰が家事をしてくれるのよ!」

「姉さんがしなさいな」

「そんな殺生な!」

「貴方、もう二十歳でしょう……家事のひとつできなくてどうするのよこれから……」

「うぅ……」

「賑やかだねぇ、はいコーヒーどうぞ」

「ありがとうございます」

「はぁ……それ飲み終わったら謝りに行くわよ、私も着いて行ってあげるから」

「え!本当!」

「本当よ、久しぶりにメアリーにも会いたいしね」

 そう言うと姉さんは急いでコーヒーを飲み出した。

 案の定熱い熱いと言っている、なんでこの人は音楽センス以外が全てかわいそうなことになってしまっているんだろう、と少し思ってしまった。

「ゆっくり飲みなさいな、火傷しちゃうわよ?」

「もうちょっと早く言って欲しかったかなぁ……」

 諦めて姉さんはゆっくりとコーヒーを飲む。

 それにしても『アウター・スペース』とか言うバンドの連中が気になる。

 スグルオ……聞いたことはないがおそらく超自然存在だろう、それに次の段階とも言っていたな、スグルオを呼ぶことは最終目標じゃない?さらに何か強大な存在を呼ぶための呼び水?現時点じゃわからないことが多すぎる。

「ご馳走様でしたー!」

 姉さんの声が響く、考えるのは一旦やめね。

「それじゃあ、姉さんの家に向かおうかしら」

「ウンウン、レッツゴーだよ!」

 会計を済ませた後二人で店を後にした、目指すは姉さんの家がある赤夢街の高級住宅地だ。

 暗い夜道を二人で歩く。

「にしても久々だね、二人で歩くのいつ以来だろう?」

「さあね、覚えてないわ。でも、たまにはこう言うのも悪くはない、かな」

「にへへー」

 そう、たまにはこう言うのも悪くない。

 大切な家族と静かに歩く。

 そんな普通のことが今は愛おしく感じる。

 不意に後頭部に激しい痛みが走る。

 振り返るとそこにはマスクをして金属バットを持った大学生くらいの男がいた。

 姉さんの悲鳴が聞こえる。

 男はもう一度バットを振りかぶり私に叩きつけた。

 そこで私の意識は闇に沈んだ。

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