怪物の森と吸血鬼 II
日もすっかり落ちてあたりは暗闇に包まれる。
夜の森というのは思っていた以上に暗いものだ、懐中電灯を持ってきて正解だった。
さて、私の考えが正しければこの森に出るという怪物とその犯人とは和解できると思うのだけど、どうなることやら……
懐中電灯の明かりを頼りに森の奥へと進む。
目的地は噂の廃墟だ。
ここから少し先の開けたところにあるはずなんだが……
不意に虫の羽音にも似た音が森に響く。
どうやら早速お出ましらしい。
羽音は次第に近づいてきて私の上空のあたりで止まった。
頭上を見上げてみる。
そこには蝙蝠のような羽、蟹にも似たハサミそして渦巻状の頭を持ったピンク色の甲殻類——ミ=ゴと呼ばれる存在がいた。
正確にいえばそれを模した幻覚か?
ミ=ゴは威嚇するかのようにハサミを鳴らす。
それでもこちらが微動だにしないと今度は私の眼前まで降りてきてその渦巻状の頭を震わせ奇妙な音を響かせる。
それでも私は微動だにしない。
痺れを切らしたのかミ=ゴはその凶悪なハサミを振りかざし私を斬りつけようとする。
凶悪なハサミは的確に私の首を切り裂いた。
だが、私は傷ついていない。
正確にはミ=ゴのハサミは私をすりぬけた。
これで確定だ。
このミ=ゴは一種の幻覚で間違いない。
ということは、犯人、いや、
となるとだ、相当怒っているんだろうなぁ……
百何年も放置されたら普通殺したいくらいには恨まれているよなぁ……
これに関しては完全に私たち一族の方に非がある。
どうにか和解できれば良いのだけれど……
今はそんなことを悩んでいても仕方がない、一応、保険として〈肉体の保護〉はかけてあるし、戦闘になってもどうにかなりはするだろう。
今はとにかく廃墟へと向かおう。
しばらく歩き続けてようやく件の廃墟につく。
途中、何度か幻覚が襲ってきたが特に問題はなかった。
多分、あくまで人払いの為の魔術なのだろう。
廃墟の方だが、所々劣化が激しいようだ。
うーん、これは相当まずいかもしれん。
「あらあら、ここまで来てしまうなんて、貴方蒼葉の人間ね?」
不意に高い女性の声が響く、その声には怒りがこもっていた。
声のした方に振り向くとそこには一人の色白の女性が佇んでいた。
「ええ、貴方の言う通り、私は蒼葉アキルよ」
「そう、やっぱり蒼葉の人間だったのね、で、そんな奴が何の用でここにきたのかしら?」
鋭い目つきで彼女は私に問う。
「私が来た理由はただ一つ、シェリー・ヘイグさん、貴方に謝罪をしにきたのよ」
「へー、謝罪ねぇ?散々私をほったらかしにした癖に?」
「ええ、それについての謝罪よ」
「ああそう、で、もちろん覚悟はできているのよね?私、意外と怒っているのよ?」
「ええ、ですから嬲るなり、四肢を捥ぐなり、好きにしてください!それで貴方の気が晴れるなら!ただ、命だけは勘弁してもらいたい!」
「あら?そこは殺してくれても構わないとかじゃないのかしら?それともやっぱり死ぬのが怖いのかしら?」
「いいや、やらなきゃいけない事があるからだ。だからそれまで死ぬことはできない」
「そう、じゃあ……」
シェリーさんは腕を振りあげる、その爪はまるで鋭利なナイフのようだ。
そのまま、私の目を目掛けて腕を振り下ろした。
だが……
「まさか本当に逃げようともしないのね」
振り下ろされた爪は私の眼球に当たるギリギリのところで静止した。
「ええ、それが私の貴方に対する謝罪ですから」
「ふ、ふふふ、ふふふ、あはは!貴方ってすごく真面目なのね!普通なら逃げようとするわよ?気でも狂っているのかしら?あぁ、けど、気に入ったわ!今までのことはもうどうでも良いわ!」
「な、ですが……」
「そもそも、ほったらかしにされた事についてはそこまで怒っていないのよ私、それに貴方の生真面目さの方が気に入ったわ!だからこの件はこれでおしまい、ね?」
「貴方がそれで良いのだったらまぁ……」
「もう、いいって言ってるでしょう!それにここでの生活も案外悪くなかったしね。血が吸えないのはちょっとアレだけど」
「だったら私のを吸ってちょうだい!貴方が良くてもこれじゃあ私の方が納得できないわ!」
「納得できないって……別にそこまで罪悪感を抱かなくてもいいのよ?貴方よりはるかに前の代から私は忘れられていたのだから、今を生きる貴方には関係ないのに」
「いいや、これは私の一族の失態だ、私はそのケジメをつけないといけない!一族の裏の歴史を知ってしまったのだから!」
「んー、真面目すぎるのも考えものね、そこまで背追い込むこともないでしょうに」
「……」
「まぁ、貴方がどうしても償いたいっていうのならそうね、新しい住まいが欲しいわ私。ここはもう見ての通りボロボロだから」
「でしたら、私の屋敷で良ければ、部屋はまだたくさん空いていますし地下もあります。吸血鬼の貴方には日光は酷でしょうから」
「あら、素敵ね。じゃあ地下の部屋を一室頂戴な、後、そうね」
シェリーさんは少し考える、しばらくしてその口は開かれた。
「貴方の血を定期的に飲まして頂戴、それで今回の件は水に流しましょう」
「ええ構いませんよ」
「それじゃあ、はい」
シェリーさんは手を差し出す。
「えっと……」
「仲直りの握手よ、もうお互いこの事で責めあったりしないって意味を込めたね」
仲直り、か。
半ばシェリーさんが許してくれただけだけれどそう言われては断ることなんてできない。
差し出された右手に私の右手を差し出し握手する。
「はい、これで今回のことはもう終わり!これからよろしくねアキル!」
「こちらこそよろしくです。シェリーさん」
「シェリーで構わないわよ。さぁ、新しいお家へ案内していただいてもいいかしら?」
「ええ、では行きましょう」
そうして、二人で帰路に着く。
この日を境に私の屋敷には新しい住人が増えたのだ。
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