賑やかな星06
「フィアちゃん! 第一陣が到着するのは、何時ぐらい!?」
空からネガティブの大群がやってくる。それを聞いた花中が最初に確認したのは、大群到着までの時刻だった。
花中の声で継実は我に返る。あまりの戦力差に思わず呆けてしまったが、考えてみれば自分達はネガティブを全て倒す必要なんてない。作戦目標はあくまでも惑星ネガティブ。他のネガティブは、こう言うのも難だがただの『お邪魔キャラ』だ。もしも地球到達前に作戦が始められるなら、無視しても問題はない。
「んーざっと三分後でしょうかね。二陣は三十三分後、三陣は一時間以上後です」
残念ながらその期待は、あっさりと終わってしまったが。
惑星ネガティブ突入作戦の具体的時刻は未定だが、ざっと一時間後の予定にしている。つまり第一陣と第二陣は、継実達が作戦を始める前に遭遇してしまう。
そこまで考えて、継実は一度顔を横に振った。
悪いように受け取れば、物事はなんでも悪く見えるものだ。前向きに考えてみれば、第三陣がどれだけの大群だろうが、作戦開始予定時刻には地球に到着しない。六百体分はひとまず無視して良いだろう。第二陣についても三十分後以上後の話なので、これもとりあえず後回し。
問題となるのは三分後に到着する第一陣。
「……さかなちゃん。御酒ちゃんは一旦離しなして、村に帰しなさい。戦力的にこっちにいても役に立たないし、万一失ったら今後の村生活の水準が大きく下がるわ。甲殻類の糠漬け、食べられなくなるのは嫌でしょ?」
「むぅ。それは困ります。ほれさっさと安全なところに逃げなさい」
ミリオンに説得されると、フィアは殆ど迷いなく清夏を離す。自分の考えが全否定された訳だが、そこに逆ギレしない辺りは流石野生動物と言うべきか。捕まえた事を謝ろうともしないところも。
『人間』っぽい性格の清夏はそんなフィアに批難の眼差しを送るが、感情的に振る舞っている場合でない事は理解している。彼女はフィアを一瞥しつつ、村に向けて全速力で走り出す。
清夏の速力は、パッと見で継実が計ったところ秒速五百メートル程度。ミュータントとしては鈍足だか、此処から村までの距離は約十五キロしかない。途中で疲れ果てない限り、三十秒で到着可能だ。村に辿り着くだけでなく、待機しているメンバーにネガティブ襲来を伝える猶予もあるだろう。
ヤマトとアイハムは肉弾戦特化のタイプ。清夏も一応はミュータントだ。村の守りは万全、とまでは言わないが、思考の脇に置いて良くなった。
今は、自分達の事だけを考えられる。
「……やってくるネガティブ達は、途中で分散したりしてるのかしら?」
「んー分散はもうとっくに終わらせてますね。こっちに来るのが一千五百体というだけで他の地域に行くのを数えたら数十万はいそうですよ?」
「ああ、もう分散済みなのか……」
「フィアちゃん……昔から言ってるけど、情報は出来るだけ、全部、ちゃんと出そうよ……」
「? ちゃんと関係ある事は全部話してますよ?」
花中から注意されても、フィアは首を傾げるだけ。彼女的にはちゃんと
これはもう彼女の認知の問題(フナである彼女にとって現時点で自分と関係ない事はどうでも良い考えているのだろう)なので、指摘したからといって直るものではあるまい。花中もそれは理解しているのか、それ以上実績や追求をする事はなかった。したところで意味もないだろうが。
「(マジでネガティブの奴等、何十万もいたのか……)」
予想以上の大群団。しかし冷静に考えてみれば、惑星サイズのネガティブがいたのだ。二メートルにもならないような個体が数十万程度なら、むしろ少ないぐらいだろう。
またネガティブ数十万体がそもそも地球にとって脅威ではない。継実が百万人集まっても勝てそうにない存在が、この星にはいくらでもいるのだ。更に分散した事で、『単位面積当たり』では継実程度の力で十分撃退可能な筈。そして熱帯雨林も砂漠も大海原も、継実が及びも付かない生物がぎっちりひしめいている。この大群団の所為で地球が滅びる事はあるまい。
問題があるのは自分達側。既に分散済みだという事は、第一陣である三百体のネガティブはそのままずどんとこの地に降りてくる筈だ。つまり継実達は、この場にいるメンバーでネガティブ三百体に対処しなければならない。
いや、正確に言うなら継実と花中とフィア以外で、なのだが。
「ふふーん、私らの出番って訳ね。腕が鳴るわ」
「あわあわあわわわ……あ、あたしも、頑張りますけど、あわわわわあわあわ」
「はいはい、落ち着きなさい。無理はしなくて良いわよ」
モモが指をぽきぽきと鳴らし、ミドリが顔を青くしながら右往左往。ミリオンはそんなミドリの肩を優しく叩く。
彼女達は継実達の『見送り』要員。見送りとは単に手を振るだけの役目ではない。作戦開始までの間にネガティブ側がなんらかの妨害をしてきた時、惑星ネガティブに乗り込む継実達の体力を温存するため、その脅威を排除するのが彼女達の役割だ。地上での実働部隊と言っても良いだろう。
とはいえ何もなければ本当に見送り要員になっていたし、戦うとしても精々数十体のネガティブ程度と継実は見積もっていた。数百体ネガティブが襲来する事態は、継実としては欠片も考慮していない。
いくらなんでも、この数は……
「有栖川さん、大丈夫です」
不安が顔に出ていたのか、花中が声を掛けてきた。
暗い思考に支配されていた頭が、声掛けのお陰で少しだけ晴れた気分になる。しかし「大丈夫」という言葉の理由が分からない。まさかの精神論か?
「……ミリオンさん、インチキなので。色んな意味で」
そう考えていたところでの花中のこの発言。詳しく聞きたい。が、その質問をするだけの暇はもうない。
空から、強烈なプレッシャーを感じる。
ネガティブがいよいよ接近してきたのだ。最初は一つだけだが、すぐに二つ三つ四つ……数えきれないほどの気配が、地上にいる継実にもひしひしと伝わるようになる。何百も群れると個々の力は区別し辛くなるが、最初に感じたプレッシャーの大きさからして、昨日戦ったネガティブと同程度の強さだろう。
モモとミドリも気配を感じ取ったようで、二人とも戦意を(ミドリのは虚勢だろうが)高めていく。かつてない敵に、意識を極限まで張り詰める。
対してミリオンは冷静そのもの。柔らかな微笑みを浮かべ、身体は力を抜いてリラックスしている。恐怖など微塵も感じていない様子だ。見た目の印象だけで言うなら、ただの人間と見間違えるほど警戒心も闘志も感じられない。
なのに、継実すら寒気がするほどのパワーを発している。
「別に、私はさかなちゃんと違ってそこまで好戦的じゃないけど……偶には運動しないと、健康に悪いわよねぇ?」
語る言葉には、余裕すら感じられた。
地上の状況がどうであろうと、ネガティブ達の降下は止まらない。三分なんてあっという間に過ぎ去り、やがて継実達の目の前に落ちてきた。
地震を起こすほどの衝撃により、降り積もっていた雪が白煙のように舞い上がる。継実達の視界は遮られ、向こう側の景色は何一つ見えない。しかし白煙の中をゆらりと黒い影が動いた
【イギギギロロロロォォォォォォ!】
瞬間、真っ黒な人型の存在――――ネガティブが飛び出す!
それも一体だけではない。二体、三体、四体……最終的に六体も現れる。
数的にはこの時点で互角。しかし継実達三人が体力温存のため戦う訳にいかない事を思えば、モモとミドリとミリオンの三人でこれに対処しなければならない。単純計算でニ倍の戦力差だ。フィアが同時に三十体を相手にしたとはいえ、決して楽な相手ではない。
等と考えていたのは継実だけか。
「あら、先に進ませないわよ」
何時の間にかネガティブの傍まで来ていたミリオンは、軽い言葉と共にネガティブの一体へと腕を伸ばす。決して素早いとは言い難い、むしろネガティブ側の方が機敏に見える動きだが、ネガティブは躱すつもりがないらしい。ネガティブ側からも腕を伸ばし、ミリオンに掴み掛かろうとする。
ところがネガティブの手は、掴もうとしたミリオンの腕をすり抜けた。
予期せぬ出来事だったのだろう。ネガティブは一瞬キョトンとしたように身体が強張っていた。そしてその一瞬が命取り。いくら素早さで劣ると言っても、ワンテンポの隙を突くぐらいは出来る。ミリオンの手はネガティブの頭を、すり抜ける事もなく掴んだ。
同時に掴もうとして、何故かネガティブだけが一方的に掴まれる。手品の『タネ』を知っている ― ミリオンは小さなウイルスの集合体。一時的にその部位からウイルスが退避すれば物が抵抗なくすり抜けたように見えるだろう ― 継実ですらその光景に呆気に取られるぐらいだ。意味不明を通り越して理不尽な結果であり、ネガティブはすっかりパニック状態になっている。ジタバタと四肢と尻尾を振り回す、が、ミリオンは微動だにしない。
「ふぅん。触れたらミュータントでもじりじり身体が消されるって聞いたけど、私ぐらいの出力があれば届きもしないと……相性最高ね、あなたと私って」
あまつさえ楽しそうな笑みまで浮かべる。
次の瞬間、ネガティブが痙攣を始めた。
ミリオンの手が莫大な熱を発したのである。ミリオンの『能力』は熱を操るというものなのだが……その力を目にした継実は仰天した。あまりにも出力が強過ぎるがために。熱量操作は継実にも出来るが、ミリオンが繰り出す力は継実の比ではない。もしもあの攻撃を継実が受けたなら、防御する間もなく全身を焼き尽くされているだろう。
加えて、生み出す熱エネルギーと、頭を握り潰そうとする運動エネルギーの巨大さも出鱈目だ。ネガティブの『ゼロにする力』に対抗出来るのはミュータントの能力だけだが、それはあくまでも絶え間なく莫大なエネルギーを生み、ネガティブをプラスの存在に傾けるが故の事。出力が十分に高ければ、熱や運動エネルギーでもネガティブに対して有効な攻撃と化す。継実や花中では到底足りないが、ミリオンの力はその水準に達していた。
三つの力の相乗攻撃。掴まれたネガティブは、僅かに抵抗しただけで霧散して消えてしまう。とはいえ倒したのはまだ一体。残る五体はミリオンの横を通り過ぎ、モモ達の下へと向かおうとした
が。
「はい、捕まえたー」
「逃さないわよ」
ネガティブの背後に現れた、二人のミリオンが奴等を捕まえる。両手で一体ずつ、合計四匹のネガティブは呆気なく頭を掴まれてしまった。
向かってきたネガティブ一匹を握り潰したミリオンもまだいるので、今、この場にはミリオンが三人いる。インフルエンザウイルスの集合体であるミリオンにとって、分身など造作もない……理屈では継実も分かるが、こうして同じ姿形の人物が増殖したところを見ると混乱は大きい。
ネガティブはさぞや狼狽えた事だろう。しかしミリオンは奴等に容赦などしない。そのまま頭を握り潰し、四体のネガティブを一秒と経たずに始末する。
残りは一体。仲間をあっさり滅ぼされたが、所詮ゼロにする力の集合体に仲間意識などないのだろうか。最後の一体はモモ達目掛けて突撃し――――
「おっと、そうはいかないわ」
ミリオンの一体が指先をピッと弾くように差し向ける。
瞬間、ネガティブの足下で爆発が起きた! 数メートルものサイズになる紅蓮の炎が上がり、ミュータントでも僅かに動きが鈍るほどの衝撃が広がる。特殊な火薬でも地面に仕込んでいたのか? 一瞬そんな考えが過る継実だったが、すぐにそうではないと気付く。
ミリオンが行ったのは、手の内側にて空気を加熱し、それにより生成したプラズマを飛ばす事。
プラズマを直撃させたところでネガティブにはダメージとならない。だが足場の地面を捲れ上がるように吹き飛ばした事で、ネガティブの歩みを阻止した。ネガティブは空中に飛ばされ、体勢を立て直そうと藻掻くが……後ろにはミリオンが待ち構えている。
「はい、これでラストっと」
ミリオンはネガティブに向けて手を伸ばし、脇腹を掴んだ。気付いた時には既に手遅れ。ネガティブは反撃する暇もないまま、送り込まれた
六体のネガティブを倒すのに費やした時間は、ほんの三秒。
圧倒的パワー、変幻自在の身体、分身に遠距離攻撃……フィアや花中も出鱈目だったが、ミリオンはそれを上回る出鱈目ぶりだ。初めて出会った時の、人間など瞬く間に殺し尽くせるという印象は間違いなく正しいと継実は確信する。敵に回したくない存在だが、味方と思えばなんと頼もしい事か。
だが第一陣のネガティブは総数三百。今し方倒したのは、ほんの『先走り』程度の数でしかない。
六体のネガティブが倒された直後、一気に百体近い数が地上に到着した。しかも継実達を中心にしてぐるりと包囲するように。状況的に絶体絶命に思えるが、ミリオンの圧倒的なパワーならば恐れるものは何もない。継実は無意識に笑みを浮かべた
「ありゃ、これは不味いわね」
直後にミリオンから弱音が。思わず継実の口から「えっ」という言葉が漏れたところ、傍に居た花中が説明してくれる。
「あの……ミリオンさん、足が遅いというか、全体的に動きが、鈍いんです。反応は良いんですけど……」
力は強いが動きは遅い。つまり、典型的なパワータイプという事らしい。
納得したのも束の間、冷や汗が継実の額からだらだらと流れ出す。つまりミリオンは自分が相手したネガティブは難なく倒せても、横を通り過ぎたネガティブの相手は出来ないという事。
ミリオンはまるで虚空から現れるように無数に、継実達を守るように円陣を組んで現れた。それから迫り来るネガティブに向かって走っていくが……数が全く足りていない。
案の定、半分近い五十体ものネガティブがミリオンの横を通り抜け、継実達目指して突撃してくる。フィアは「全く使えませんねぇ」などと悪態を吐いていたが、むしろたった『一人』で五十体のネガティブを引き受けてくれたと思えば大貢献だろう。
継実は臨戦態勢を取るべく拳を構える。無理に倒す必要はない。自分達の役目は惑星ネガティブの破壊なのだから。そう思いながらも、果たしてこの大群相手に何処まで消耗が抑えられるか……
不安で継実の顔が強張る。だが、その顔はすぐに驚きに変わった。
「させるかァ!」
モモが、迫りくるネガティブの前に立ち塞がったからだ!
継実達に向かっていたネガティブ達は、突然の妨害者に意識を向ける。そして大半が足を止めて、モモを捕まえようとした。
実に未熟な判断だ。目の前の犬に気を取られて立ち止まるなど。
後ろから、奴等の天敵が来ているというのに。
「はい、ワンちゃんありがとねー」
ミリオンが感謝の言葉を述べながら、立ち止まったネガティブの頭を掴む。我に返る暇すら与えない早さで、ネガティブの頭は潰され始末されていく。
ネガティブの意識はミリオンへと移り、一斉に襲い掛かる。尤もミリオンはネガティブの事など歯牙にも掛けず。襲い掛かるネガティブを次々と返り討ちにしていく。
ネガティブの意識から外れたモモは、継実の方へと振り返る。言葉はないが、ちょっと不機嫌そうな顔は「私の事忘れないでよ?」と言いたげだ。
さて、どう返そうか。ごめんと謝るべきか、ありがとうと感謝すべきか……いいや、どちらもモモを喜ばせるには足りないと、継実は知っている。
彼女は犬なのだ。
「……任せた!」
その信頼を一言で伝えれば、モモは満面の笑みで答えてくれる。
「任された! 出発の時が来るまで、私が継実を守ってあげるわ!」
七年来の家族が、心底楽しそうに断言してみせるのだった。
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