旅人来たれり17

 九百ギガワットの電撃を何度受けても怯まず。

 水爆を凝縮したような威力の粒子ビームを跳ね返し。

 脳内物質を掻き回されても顔を顰めるだけ。

 絵に描いたような出鱈目ぶりを発揮するフィア。継実達がどんな攻撃を繰り出しても、何処に受けても、彼女は微動だにしなかった。

 超常の力を用いても揺らがぬ彼女を、二人掛かりとはいえ下半身に組み付き、持ち上げる……こんな『原始的』な方法が果たして通用するのだろうか?

 答えは、理論上Yes。

 どれほど巨大な力を持っていたとしても、その力を活かすにはなんらかの物体に掴まる必要があるからだ。そして地面に食い込むための力は、重力に引き寄せられた質量の分のみ。筋肉隆々な男性でも、重石を背負った子供でも、『質量』が同じなら持ち上げるのに必要なエネルギー量は一緒である。

 だからフィアがどれほど強大なパワーと質量があろうとも、天変地異を引き起こせるほどの怪力を持つ継実達ならば持ち上げる事が可能なのだ。

 ――――理屈の上では。


「(……動かないッ……!)」


 されどフィアは僅かに浮かびもしなかった。

 自分達でも持ち上げられないほど重いのか? そんな筈はない。確かにフィアの身体は水で出来ていて、これまでの強度や繰り出した触手の多さ、切断時に爆発するかの如く巨大な体積へと戻っていた事から、大量の水を圧縮して身体に溜め込んでいるのは間違いない。しかしいくら重くとも、星をも揺さぶる少女二人でビクともしないとは考え難い。

 恐らく、なんらかの『小細工』を施している。

 例えば足の裏から伸ばした無数の触手や糸を地面に張り巡らせ、植物のように張り付いているとか……


「良いパワーですねぇ。ですが詰めが甘い」


 考えればそのぐらいの対策はしていると、すぐに気付けた筈。フィアのねっとりとした物言いは、まるでそう指摘しているかのように継実には聞こえた。

 ああ、全く以てその通り。

 継実は心の中でそうぼやく。この事態は容易に気付けるものだった。二人で肉薄して、足を掴んでしまえばひっくり返せるなんて、甘い目論見だろう。

 そのぐらい。自分とモモだけでは、フィアのパワーで張り巡らされた『根』を引っこ抜くなど、到底出来ない事は。


「(だけど、今ならミドリがいる!)」


 ミドリの能力、即ち地中に潜んだ触手の位置を正確に把握出来るほどの観測能力ならば。

 地中に張り巡らされた『根』の位置や強さを、ミドリであれば見通せる。力の入り方が弱いところを見付けて、そこを重点的に攻めればきっと――――

 継実はそう考え、くるりと振り返る。今もフィアの思考を邪魔している筈の、ミドリに合図を送るために。全てを『任せた』ミドリが、このピンチを打開すると信じていたから。


「て、てやーっ!」


 そのミドリは現在、情けない声を上げながら継実達……いや、フィアがいる方を目指して駆けている。

 あれ? と継実が困惑したのは一瞬。なんで? と動揺したのもまた一瞬。だけど理解してから硬直した時間はそれなり。

 ああ。任せたの一言で全部分かってくれたと思ったけど、全然伝わっていなかったのね――――相棒モモ相手なら完璧に理解したであろう言葉は、共同生活一ヶ月ちょっとの新入り家族には少々難解なものだったらしい。

 等と察した時には、ミドリもフィアの傍に到着。継実達と一緒に、フィアの下半身に取り付いた!


「ちょ、なんでこっちに来てんのぉ!?」


「え? いや、だって任せたって……」


「アレは遠くから観察して、フィアがどんな風に足場を固定してるのか調べって意味! 一緒に持ち上げろじゃない!」


「えっ!? そうなの!? 私てっきりミドリには必殺技があって、私達が食い止めてる間にそれをぶちかませという意味だと思ってたわ!」


「モモぉ!?」


 なお、七年間一緒に暮らしていた家族にも、継実の真意は届いていなかった模様。言葉足らずはやはり駄目である。

 反省は必要だ。しかし今すべき事柄ではない。


「ミドリ! フィアの足下はどうなってんの!?」


「えっ。えーっと……うわ、めっちゃ深いところまで触手が入り込んでる……」


「ふっはははははは! その通り! 今の私は地下百メートルほどまで根を張っています! 植物の根とも絡み合っていますからそう簡単には動きませんよ!」


 ミドリの観測結果を認め、それでもなおフィアは高笑い。百メートルも根を張れば、継実達の力ではどうやっても動かせないと考えているのだろう。実際継実にも今のフィアを後退りさせられるとは思えず、ギリッと歯ぎしりしたモモの考えも同じだろう。


「あ。じゃあ、を分解すれば、なんとか出来ますね」


 ミドリだけが、あっけらかんとしていた。

 ……一瞬、沈黙が流れる。

 ミドリには遠隔操作で、脳内物質をあれやこれやする力がある。脳内物質を遠隔操作出来るのだから、百メートル離れた地中にある土壌物質をちょっと横に動かしたり、組成を崩壊させる事ぐらいは造作もないだろう。勿論脳内物質と土壌物質は全然別物であるから、大きなパワーは出ないかも知れないし、精密な操作も難しいかも知れない。しかし今それは大した問題ではないのだ。

 何故なら継実達の勝利条件は、フィアを一歩でも後退させる事。またフィアに与えられたハンデは一歩もそこから動かない事。

 足下の地面が崩れたり、ましてや消滅でもしようものなら、それは事になるのではないか?


「……こ」


「「させるかぁ!」」


 このネズミが、とでも言おうとしたのだろう。しかしフィアが伸ばそうとした腕を、継実とモモがしがみついて食い止める!

 フィアは水で出来ている腕を変形させ、継実達の間を潜り抜けた。止められた時間は、一ミリ秒とない。フィアの腕はミドリの下に到達し、その愛らしい顔面を掴む。このまま圧迫して失神させるつもりか。

 だけど、もう遅い。

 既にミドリは役目を終え――――継実達の足下にある大地が大きく膨らみ始めたのだから!

 地下百メートルよりも下に、巨大な空洞が形成されていた。ミドリの能力により土壌物質が『分解』され、気体へと変化したのだ。そして固体から気体へと変化した事で体積が増大。行き場を求めた大気が上へと昇り、フィアの周りで砂や地面を押し退けながら噴火のようにガスが吹き出す! 余計な気体がなくなれば、そこに残るのは通常気圧の空間のみ。

 一瞬の膨張を経た『地面』は、重力に引かれて空間の底を目指して落ちていく。肝心なのはその落ち方が、決して均一ではない事。

 フィアの立つ大地は、大きく傾き始めた!


「ぐぬぉ……!? しかしこの程度私が根を張り巡らせれば……」


 地面の傾きと共にフィアの身体も大きく後ろへ倒れそうになるものの、未だフィアは勝負を諦めていない。

 フィアの金色の髪がざわめくや、四方八方へと伸びていく。崩壊している領域全体に髪を展開し、地面そのものを固定しようとしているようだ。さながら縦横無尽に伸びた植物の根が、山崩れを防ぐように。

 しかしそれは叶わぬ抵抗。

 何故なら此処には継実達がいるのだから。


「そうは、させるかぁぁっ!」


 モモの全力全開の放電が、周囲に撒き散らされる。伸びようとして細く分岐する金髪は、伸びた傍から分解されていく。


「こっちの事も忘れないでよ!」


 継実も周りの粒子を操作し、高熱を生成。ミドリのような遠隔操作は出来ないが、触れたものを加熱する出力であれば継実の方がミドリよりも圧倒的に上だ。本来なら数十万度の高熱もフィアには通じないが……しかし意識が乱れている今ならば、数本の毛を焼き切るぐらいは出来る。


「あ、あたしだって、やれるんです!」


 そしてミドリはフィアの足下にしがみつき、至近距離でその頭の中身を引っ掻き回す!

 三人が、三人に出来る事をする最後の反撃。これすらもフィアをずっと抑え付けるには足りないが、されど今は地面が完全に崩れるまでの一瞬だけ抑えられれば十分。


「こ……この虫けら共が……!」


 苦し紛れのフィアの悪態こそが、勝負の行方を物語り。

 最後に一際巨大な粉塵を巻き上げながら、継実達とフィアの立つ大地は崩落するのだった。

 ……………

 ………

 …

 黒ずんだ地面が、地表に露出している。

 大地の崩壊により、それまで草花に覆われていた土が露出したのだ。崩落の規模は凄まじく、周りと比べ十メートル近く陥没している。植物達の一部は埋もれ、正しく災害跡地とでも言うべき荒れようだ。


「ぶはぁ!? はぁっ、はぁ……」


 そんな大地の中から、継実は這い出す。

 ミドリが仕込んだ大地の崩落により、継実は生き埋めになってしまった。元気な時なら例え地下数千メートル地点に『瞬間移動』させられたとしても、難なく脱出してみせただろうが……延々と激戦を続け、体力の喪失が著しい状態では、数メートルの深さでもそれなりに大変だった。


「うぐぇー……なんとか出られたわ……」


「ぷはっ! し、死ぬかと、思った……」


 継実に続き、モモとミドリも地面から這い出す。彼女達も疲労からか ― ミドリは単純な力不足もあるだろうが ― 脱出には苦労したらしい。

 最後の最後で喰らわせた一発は、それだけ大きなものだったと言えよう。

 そう、具体的には――――フィアが地面の上で仰向けに倒れているほど。


「……ねぇ、継実。私達……」


 勝ったのよね? 継実の傍に歩み寄りながらそう尋ねようとして、モモは途中で黙ってしまう。ミドリは息を飲み、継実は、フィアをじっと見つめる。

 自分達は、勝った。

 この『試合』では、フィアを一歩でも後退りさせれば勝ちなのだ。そしてフィアは後退りどころか、その場にぶっ倒れている。大地の崩落により、立った体勢を維持出来なかったのだろう。最初に提示された条件は完璧に満たした。

 なのに、どうして?

 フィアから感じられる、『覇気』とでも呼ぶべき威圧感が未だ衰えないのは。


「……ふ。ふはは。ははははははははは! あーっはっはっはっはっはっ!」


 突然、フィアは笑い出した。空と大地が震えるほどの、心からの大笑い。

 笑いながらフィアは立ち上がる。ただし手も足も使わない、まるで『起き上がりだるま』のような不自然な動きで。これまで見せてきた数々の出鱈目に比べれば、ただ起き上がっただけ。されど異様な挙動に継実達の警戒心が高まっていく。

 しかしフィアの笑いは止まらない。顔に手を当て、大きく反り返り、最早苦しそうに笑い続ける。


「ふはははははは! この私を一歩後退りさせるどころか押し倒すとは! はははははははは! はははははははっ!」


 何時までも、何処までも、楽しそうに笑うフィア。試合に負けたというのに、果てしなく楽しさを露わとする。

 そう、勝ったのは継実達だ。勝負はもう付いた。これ以上戦っても、今更フィアの勝利とはならない。例え全員を気絶させたとしても、だ。

 にも拘わらずフィアの戦意は消えない。それどころかどんどん膨らんでいる。際限なく、宇宙の膨張すら思わせるほど急激に。


「そうですねぇ。なんだか楽しくなってきましたし――――ちょっとばかり本気で遊んであげましょうか」


 その理由はフィアの口から発せられた。

 次の瞬間、ミドリがへたり込む。

 しかしそれはフィアから攻撃されたからではない。腰が抜けたのだ……継実でさえもガタガタと全身が震えてしまうほどの『闘志』を向けられて。

 敵意も殺意もない、純粋な闘争本能。フィアには継実達を殺す気なんて微塵もないだろう。けれども継実の本能は死を予感する。

 相手をしてはいけない。近付いてはいけない。見付かってはいけない。奴の無慈悲なまでの力は、幼子がアリを踏み潰すようにこちらの命を蹂躙するのだから。

 自分達は勝ったのに、どうして? いきなり向けられた闘志に気圧され、尋ねる事すら継実には出来ない。負けた事の悔しさを晴らすためか、万が一にも自分を脅かす存在など許せないのか。理由は皆目見当も付かないが、一つだけ確かな事がある。

 このまま戦えば、自分達は抵抗も何も出来ずに死ぬだろう。

 どうしてこんな事になったのか、何を間違えたのか。何も分からない継実達に向けて、フィアはゆっくりと腕を伸ばし――――


「フィアちゃん、ストップ」


 花中が、その腕を掴んだ。

 瞬間、フィアは花中へと視線を移す。何故邪魔をする? と言いたげな鋭い目付き。継実ならこの視線だけで震え、腰砕けになるだろうが、花中は全く恐れない。

 むしろ、ぷんすこ、という謎の擬音が聞こえてくるような可愛らしい膨れ面を花中は浮かべた。緊張感は殆どない。


「最初に言ったでしょ? フィアちゃんを、一歩でも後退りさせたら、継実さん達の勝ちだって」


 それから、今更のようにルールを説明した。

 するとどうした事か、フィアはキョトンとしたように目を丸くする。それから腕を組んで考え込む。

 やがて、ぽんっと手を叩く。


「おおっ。楽しくなり過ぎてすっかり忘れていました」


 次いで、恥じる事なく自分の物忘れの激しさを披露する。

 あまりの素直さに、継実達三人は「ずこーっ!」と叫びながらひっくり返った。花中は呆れたように肩を落とす。


「もぉー。しっかりしてよフィアちゃん。ゲームやってると、いっつも途中で、ルール忘れちゃうじゃん」


「いやぁそうは言いますがね花中さん。楽しくなったら我を忘れてしまうのは仕方ない事だと思うのですよ」


 ぷんぷんと怒る花中に、弁明なのかそうじゃないのか、よく分からない返答をするフィア。もうフィアには戦う気がないらしく、闘志も何も感じさせない。花中とべらべらだらだら、年頃の女の子のようにお喋りするばかり。

 話を聞くに、先程の背筋が凍るほどの覇気はから放っていたらしい。

 そんな理由で死を覚悟した継実は、どうにか身体は起こしたものの、立ち上がる気力が湧かず。しばし座り込んだまま呆けていたが、我に返った時、背中やら足に圧迫感を覚えた。

 見てみれば、モモが背中に寄り掛かり、ミドリが膝の上に乗っている。二人ともすっかりダウン状態。ミドリに至っては余程疲れたのか、もう眠っている。

 つまり二人は戦いが終わったのだと感じていて。

 そんな二人の体温が感じられるようになった継実も、ついに身体から完全に力が抜けて、ぱたりと倒れ込んだ。

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