8.庇護

「良かったじゃないか、念願だろ」

「念願……、不謹慎だな。そんなんじゃない。」

短く答えて、俺はジョッキビールを飲み干した。

バーの小さなテーブルで、コロニアルの大男と向き合っている。

彼はブロンズバックという。

研修時代からの親友で、同族なせいか気が合った。

(そういえば、人命を救いたいから入隊した、とこいつには話してたな)


「記事見たぜ。

その子が気に入ってるんだろ?」

「やめろよ、誤解が生まれそうな言い方は」

俺は取材を受けざるを得なかった。

個人の囲い込みをするべきではない、と主張したことの代償だ。幸い、大きく取りざたされなかったが。

時間が経ってから無関係な人間の耳に入ったのでは、おそらく厄介な事になる。無難な形で情報を出していくしかない。

シュンの顔をまともに撮られることを防ぐことはできたが、それでも存在は知られることになった。

ただし、貴重な超能力者としてではない。ある種の災害生存者としてだ。

いずれにせよ、向こうの負荷になってなければいいが。


「ヒーロー、ケイド二等ツー・ストライパーに乾杯」

「おいおい、声がデカいよ」

ブロンズバックの大げさな呼びかけに、俺はかぶりを振った。

代わりの一杯はまだ来ていない。

「それにしても、階級が気になるか?ブロンズ」

「まさか。俺は民間のほうがあってる。繁盛もしてる」

ブロンズバックは豪快に笑った。

彼は三等の時点でIRGを辞め、駆除業者を立ち上げていた。

規模に関わらず、リーダーの立ち位置がいいらしい。


「そろそろ3か月だろ?父親代わりは大変か?」

(ずいぶん踏み込むな。

こいつ、見た目よりも酔っているかもしれない)

「大っぴらに父親ぶっても仕方ないだろ。法的にそうじゃないんだし。

あいつ、たぶん今夜もリビングでゲームやってるよ。

睡眠不足が心配だ」

「相変わらずクソ真面目だな。別のことのほうが心配にならないか?」

「相談に乗りたいだけじゃないか…」

シュンは、ほかの隊員たちとも接触があるとはいえ、日中はどうしてもほったらかし気味になっている。

顔を合わせられる時間は、ほぼ夜だけだ。

そもそも、こちらの仕事も一日で終わって帰れるとは限らない。

連日になる仕事も多々と言ったほうがいいか。


シュンは学校をさぼっているという事はなさそうだった。

意欲に欠けている気配はない。むしろ、相当に熱意がある。

言葉の習得スピードも速い部類だ。何のために、は少し気がかりだが。

(一夜飲みに出ているくらいは、許容範囲だろうが。やりすぎるといい印象じゃないだろうな)

必要以上にベタベタしても仕方ない。

といっても、放置しすぎるわけにもいかない。

生存と安全を保障した、その先のさじ加減が難しかった。


「心配はいくらでもある」

俺は詳細な話をためらい、ほとんどを端折って話していた。

当然、少年の妙な力の事はブロンズバックには伏せている。

「ケイド。一番警戒すべきは、その子がグレる事じゃないか?

でも10代後半になるヤツってそんなもんだろ。受け入れる準備をしといたほうがいい」

「……」

正論だ。


「いい感じのサイドキックになると思っちゃだめだ。絶対反発するぜ?」

「そんな期待はしてない」微かに俺の声色がムキになっている。「そもそも、ヒーローなんかじゃないよ」

種族のアドバンテージもあるとはいえ、俺はただの一隊員にすぎない。

抜けても代わりがいることは間違いなかった。

「毎朝鏡見てないのかよ」ブロンズバックは笑顔で肩を叩いてきた。「謙虚すぎるくらいだよ。ネガティブと言ってもいい。

お前がそう思ってても、相手はどうかな?」

「叩きすぎだ。ガンガン言ってる。飲みすぎじゃないか」

「まあ、最後まで聞けよ。

その子は居候を決めたんだろ。理由は経済面って話だな」

「部屋の広さとか、ゲームがしたいとか」

「それ、気遣われてるんじゃねえか。

キレイな感じの感謝の言葉じゃ重たいだろう。

責任感じやすい性格なの、見抜いた上で言ってるんだよ。

……ま、もって18歳くらいまでかな?それまで見守ってやれよ」

「だろうな」

それまでに何も起こらなければいいが。


「経験則だけどな。

手が付けられないほどグレるっていうのは、ハイティーンになるからじゃない。

理由は三つだ。

そいつが自立を意識したとき。期待されなかった時と、信頼が空ぶった時だ。気をつけな。」


(そんなことは了承済みだ)

頭が揺れる感覚があった。

アルコールのせいだろうか。


「嫌だな。予言めいてる」

「ただの想像だよ。

ライバルじゃないわけだし、協力は惜しまない。

胸張れよ。IRGの二等としても、里親としても。形なんて関係ない」

「そういってくれると助かるよ」

疑うべくもない間柄だが、俺は本心からそう言った。

「ちょいちょいコンタクトをとったほうがいいな。お前らをパーティに呼ぶとかさ」

笑い声の音量が上がっている。

俺はブロンズバックのテンションの高さに音を上げた。


帰宅すると、シュンはまだゲームに熱中していた。

深夜に外に出ているよりはマシか。

「早く寝ろよ」

「あとちょっと」

「やれやれ。移民船に比べたら、ずいぶんローテクじゃないか」

「関係ないよ」


画面の中で仮想の閃光と銃弾が飛び交っている。

そのさまを見て、俺は個人的な仮説に思い当たり始めていた。

(あの、症候群とやら)

すでに誰かが考えている事に違いないが。


ランクマッチが終わったらしいタイミングで、再度声をかけた。

「メシ抜かすなよ。言ってくれればラーメンくらい作れる」

「友達と食べてきたから今日はいいよ。

にしても、ケイドさんって変わってるよな」

「それは言われ慣れてる」

「しょっぱなから学校で習ったけど、地球人と結構仕様違うじゃん。

なのに、ヤバいくらい地球に興味あるよね。じゃないとわざわざラーメン作らないでしょ」

「好物なだけだ。ラーメンは」

「そういうのがオタクなんだよ」

地球オタクか。

「……かもな」

「居候の話も、観察し放題にしたいって感じ?」

「ここにはほとんどいないけどな。好きに解釈したらいい」

「ふーん」

(別の世界、別の生物、奇妙な移住背景。

興味がないとは言えない。

憧れといったほうが正しいだろうか。直には言えないな)

ゲームはメニュー画面のまま置かれていた。ライフルを提げた兵士がその中に立ち、大げさに呼吸している。

(ブロンズバックの言う通り、お互い様かな)


「そういえば、今度の非番いつなの?」

「何だ、出し抜けに。」

「稽古つけてもらえないかなって」

(同族に頼んだ方がいい。なんなら思い直してくれ)

俺は言葉をこらえた。

「かえって、走り込みのタイマー切るくらいしかできないよ」

「それでもいい」

「……考えておく」

いっそ、拒否すべきだったろうか。


その日はなかなか眠りにつけなかった。

どうしても考えてしまう。


勝手な意見だが、万一シュンがグレたとしてもある程度は構わない。

それよりもIRGが救助から現在までにやった事が気にかかっていた。

俺には開示されていたが、他に知っている者は限られるだろう。


銃とロングソードを取り上げたのはまだいい。

どちらも入念に調べたが、何ら変わった所はなかった。


あの力はシュンが固有で持っていて、剣で触れるとリーチが拡大する。しかし、飛び道具には適用されないという事だ。

十分とんでもないが。


IRGは、それを本人に伝えずに封印した。

「そういう技術力はあるんだな……」

思わず声に出してつぶやいた。

実態がわかっていないのに封印できたのは何故か。

記録上でトリガーになっていそうな感情と神経の一部を、ほとんどヤマをはってブロックしたにすぎない。


そういう処置に踏み切った背景は理解できる。

それに、ロジャーやマーガレットだけが決めたことではない。

……ただ、手口が汚い。


俺がシュンをかばいたくなる理由は、そこにもあった。

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