第60話

 一般職を無くした他の銀行も結局は何らかの形で一般職を復活させている。理由は、大量の事務だ。例えば、転居を伴う異動がある総合職と転居を伴わない総合職の2職種に人事制度を整理したとしても、実質的には転居を伴わない総合職がいわゆる一般職的な業務を行うことになってきたのが他行の実例だ。事務は誰かがやらねばならない仕事なのだ。


 銀行はマニュアル文化であり、定型的な事務作業が大量に存在する。この業務はマニュアルに基づくだけあって、前例踏襲の業務が多く、本当の意味での創造性や新たな判断は必要とされない。間違いさえなければ良いので総合職が行わなくても良いとされてきた業務だ。転勤のない総合職は一つの営業店や部署への在籍が長くなることが多く、そうすると前例踏襲の業務における「前例」に精通することになる。そのため、自然なのか、管理職の意図的なのかは置いておいて、実質的に一般職の業務を行うことになるのだ。


 『しかし』と田嶋は思う。確かにRPAは前提を崩す。帝國銀行ではRPAが実用段階に入ってきている。そして、光学読取のOCRの精度が上がってきていた。手書きの書類ですらデジタルデータに変換できるようになればRPAで扱うことのできる業務範囲は格段に向上する。すなわち、銀行の「大量の間違ってはいけない紙の事務」がRPAで実際に処理できる可能性が出てきたのだ。そうすれば、銀行には大量の紙の事務が無くなるかもしれないのだ。当たり前の常識が変わる。確かに、一般職は必要なくなる可能性が高くなる。


 銀行の事務は「非人間的」な業務だ。人間というのは間違いを起こすのが当たり前だが、銀行の事務は間違いを許さない。大量の事務をマニュアルに従って、すばやく、正確にこなすことが評価されるのが銀行の事務担当だ。間違いを許さないために、再鑑・検印として複数の目を通す。結局、間違いを許せないから多大な時間・人的コストを支払って事務が行われてきた。


 しかし、定型的で正確・迅速が要求される業務では、人間はロボには勝てない。RPAが土俵をひっくり返す可能性が高くなってきたのは認識として正しいだろう。


 田嶋は様々な一般職の行員を見てきた。「非人間的な事務作業」から解放されることは一時的には一般職の仕事を奪うかもしれないが、長い目で見た場合には、本人にとっても会社にとっても非常に良いことかもしれない。

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