第28話

 山内は、おとなしく優しい感じの同期だった。入行時から個人業務を支店で担当している。現在は支店で主任をしていたはずだ。山内のキャラクターを考えると本人がパワハラを受けることは想像しにくい。そうすると同僚の誰かが被害を受けているということなのだろう。近時、パワハラやセクハラの相談は、弁護士事務所へのレターでなされることが多い。銀行で契約している弁護士事務所へ相談するための封筒を全行員に配っており、この封筒を使えば匿名で相談できるからだろう。もちろん、弁護士の方が守秘義務を果たしてくれるという信頼感もあるとは思うが。


 田嶋は、山内に自分が中野坂上支店に訪問すると連絡した。こういう時は、すぐに、しかも自分から行くのが人事部の鉄則だ。




 中野坂上支店は、帝國銀行の中では規模の小さい店舗だ。法人窓口も設けておらず、完全な個人特化店舗だ。数年前に今の場所に移動したが、それまでは通常の銀行店舗のように1~2階を使用していた。今の店舗は東京メトロ丸の内線、都営地下鉄大江戸線「中野坂上駅」出口直結のビルである中野坂上サンブライトツインの12階にある。地下鉄からだと東京メトロ丸の内線改札からすぐの1番出口、地上からなら青梅街道沿いにビルの入り口がある。ビルに入るとすぐにエレベーターホールになっていて、降りる階層ごとにエレベーターが色分けされている。エレベーターフロアの床は石張りになっていて、壁は金属のパネルでおおわれている。全体的にはグレーで統一された落ち着いたビルだ。


 15階までの各階止まりである青色のエレベーターから降りた田嶋は、事前に聞いていた通り、トイレの看板がある方向に進んだ。空中店舗として中野坂上支店は存在していた。銀行の支店と言えば、ひと昔前までは視認性が良く、お客様が入りやすい1階に設けることが一般的だった。しかし、現在は1階に設けることは少なくなっている。マイナス金利政策が導入されて以来、銀行にとって預金は儲からない商品になった。お金をいくら集めても運用が出来ないのだ。そのため、来客がしにくい、そして本当に相談したい人だけが来店するように、銀行の支店はビルの1階ではなく、上階に設けるようになっていた。窓口で現金を扱ったり、振込を受け付けるような業務を避けるためだ。


 入口には「ATMは1階と地下1階にご用意しております」との張り紙がなされていた。最近はお客様の利便性のためにお店とATMの場所を分けることも一般的なのだ。ATMだけはお客様が使いやすい場所に置いてある。


 中野坂上支店の人員は非常に少ない。合計で15名程度だろう。近時はいわゆる典型的な事務はセンター処理を行うようになったためだ。山内は、以前は営業事務を担っていたが、現在は渉外担当となっていた。時代は変わるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る