第22話 わたしの嗅覚は特別ですから

 キングオークですら逃げ出すであろうセルアの殺気を受けて、勇者の傍付きメイドはその場に尻餅をついた。


「吐きなさい。スープの中に毒を盛ったのはあなたですか?」


 声が出なくなってしまった傍付きメイドは、ぶんぶんぶんぶんっ、と必死に首を左右に振る。


「……そうですか。まぁ本当に何も知らなさそうですね」


 セルアの身体から殺気が抜ける。

 今にも泣き出しそうな顔をしているこの少女は犯人ではないと判断したのだ。


 と、そのとき背後から「あなたたちそこで何をしていますのっ?」という声。

 振り返ると、こちらへやってくるのはメイド長のエリザベスだ。


「め、メイド長っ……こ、この方がっ、いきなり料理に毒が入っていると言い出したんです……っ!」


 ようやく言葉を取り戻して、縋るような思いで傍付きメイドが訴える。


「毒、ですのっ……?」


 その不穏な単語に、さすがのエリザベスも顔色を変えた。


「そ、それは本当ですの、セリーヌさん?」

「はい、間違いありません。そしてこの料理は、リオンちゃ――勇者様が召し上がるためのものでした」


 抑えようとしても抑え切れない怒気が声に籠っていたらしく、エリザベスが「ひっ?」と喉を鳴らした。

 エリザベスは慌てて咳払いをして誤魔化すと、


「ど、どうして分かったのですか?」

「セルメシオ草の匂いがしました。これは強力な毒草で、並の解毒魔法や解毒薬では治療することが難しい厄介な毒成分が含まれています」


 セルアは澱みなく応えた。


「そ、そんな毒物なんて、聞いたことありませんっ」


 反論したのは傍付きのメイドである。


「入手の難しい珍しい毒ですので。匂いも味も薄く、なおかつ遅行性なので摂取から症状が出るまで数分かかります。スープに混ぜれば気づかずにすべて飲み干してしまうことも多く、そうなると解毒も容易ではありません」

「に、匂いも薄いって……でも、あなたは今、匂いで分かったって……」

「わたしの嗅覚は特別ですから」


 言い合う二人へ、エリザベスが割り込んだ。


「分かりましたわ。この件はすぐに陛下にご報告するべきですわね。ロザリナさん、勇者様にはしばし食事をお待ちいただけるよう、お伝えしてくださいませ」

「メイド長っ? こんな新人の言うことを信じるんですかっ?」

「ええ。なにせ相手はセリーヌさんですもの。彼女が嘘を言うとは思いませんわ」


 新人のことをすっかり信頼し切っているメイド長である。






「ふむ。それで、本日勇者に給されるはずだったこのスープに毒が入っている、と?」


 件のスープを難しい顔で眺めながら、国王が確認するように問う。


「これを作ったのはお主だな?」

「は、はいっ……」


 スープを調理した料理人が、青い顔で裏返った返事をする。


「で、ですが、神に誓って私は毒など入れておりません!」

「ならば、自身で食べて確かめてみるがよい」

「っ……」


 国王の命令を受け、料理人の顔がますます青くなった。

 だが覚悟を決めたのか、自らスープの前へと進み出ると、スプーンを手に取った。


 モダロ宰相を初めとする高級官僚たち、ブラット騎士団長、メイド長エリザベスの他、毒入りを指摘した新人メイドも見守る中で、その料理人はスープを口に含んだ。


「……毒の味など、まるでしません」


 料理人がそう断言したことで、その場にいた者たちがざわめき出す。

 さらに料理人は二口目、三口目と、スープを続けて飲んでいく。


「毒など入っていないではないか!」

「誰だ、そんなことを言い出したのは!」


 あちこちから糾弾の声が上がり始めた、まさにそのときだった。


「っ!? ああああああああっ!?」


 料理人が目を見開いたかと思うと、いきなり苦しみ始めたのだ。

 床に倒れ込み、全身が痙攣したように激しく震え出す。


「げ、解毒を!」


 近くに控えていた治癒術師がすぐさま駆け寄り、解毒魔法を施した。

 それでもしばらく料理人は悶え苦しみ、二、三分ほど継続して解毒魔法をかけることで、ようやく落ち着いてきた。


 治癒術師が汗を拭って、


「か、かなり強い毒でした……。即座に治療に取りかかってこの有様です。もしすぐに解毒することができないような状況でスープを飲んでいたとしたら……」


 半信半疑だった者たちも、これでスープに毒が含まれていたことを信じるしかない。


 つまりこの王宮にいる何者かが、人類の希望であるはずの勇者の食べ物に毒を盛った――


「その料理人を勇者殺し未遂の犯人として捕えるのだ!」


 そう告げたのはモダロ宰相だった。

 確かに最も可能性が高いのは、スープを調理した人物だろう。


 控えていた騎士団員たちが、未だ床に伏して目の焦点すら合っていない料理人を取り囲む。


「いや待て、宰相」


 しかしそれを国王が制した。


「もしその者が犯人であれば、これほど危険な毒が入っていると分かって自ら飲むだろうか?」

「ですが飲めと命じられながら飲まなければ、確実に犯人扱いされていたでしょう」

「だがこの者は毒の味などしないと言い、苦しみ出すまでは平然と何口も飲み続けていたではないか」

「この場には腕のいい治癒術師が控えておりました。死ぬ危険性は低いと判断し、まるで何も知らないかのような演技をしたのでしょう」


 二人の意見が割れているが、国のツートップとも言える彼らに口を挟めず、他の者たちはその行方を固唾を飲んで見守るだけだ。


 そんな中、


(……あの料理人も白のようですね。どんなに肝が据わっていようと、自分が死ぬ可能性があるというのに、あそこまで自然な演技ができる者はなかなかいません)


 セルアは一人そう分析していた。


(となると、犯人は他にいることになります。……まぁ料理人にバレずにこっそり毒を盛るくらい、そう難しいことではないでしょう。つまり、王宮にいる大半の人間に可能だったということ)


 そして怖ろしい笑みを浮かべながら、秘かに誓うのだった。


(ふふふ……あの子を毒殺しようとするなんて……ふふふ……絶対に捕まえて、毒殺なんかより遥かに酷い方法でヤって差し上げますから……)

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