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「あ、もしかしてトモキ君は、僕が自分の術の毒で苦しんでいる、とんでもないお間抜けさんだと思ってますか?」
「え」
むしろ、それ以外のなんだって言うんだよ。間抜けの濃縮エッセンスみたいなやつだろうがよ。
「ふふ、僕を侮ってはいけませんよ。他のことならうっかりも色々ありますが、呪術に関してだけは、僕は常に完璧でぬかりがないのです」
「そうか?」
さっきは、自分で召喚した犬に襲われてたくせになあ。
「その言い方だと、お前まさか、この毒の呪いを簡単に解けたりするのか?」
「当然でしょう! 呪術師たるもの、自分で自分の術の呪いを解けなくてどうします! そう、あのレティスの毒の呪いだろうと、術者である僕なら例外的に解くことができ――ゲゲヴォッ!」
と、また死んですぐ復活したようだった……が、それはともかく、俺はその言葉にはぎょっとする思いだった。だって、今の状況でやつだけ自力で毒の呪いを解かれたら、俺は圧倒的に不利になってしまうじゃないか。俺はこんなに、めっちゃきつい毒食らっていて、ほぼ何もできない状態なのに……。
「正直、呪術研究者としては、このまましばらくはレティスの毒の効果を体感していたいところですが、今は君を処刑するという使命を優先しなくてはいけません。呪術の明るい未来のためにも。というわけで、トモキ君、君には大変申し訳ないのですが、僕だけお先に解呪させていただきま――グエッ!」
と、また唐突に毒で死ぬ男だった。そして、直後、その右腕から光が前方に飛び、二十メートルぐらい先の床に当たって、そこに魔法陣が浮かび上がった。なんだあれ?
「ああっ、なんということでしょう! 僕としたことが、死んだショックで術が滑って、あんな遠くに解呪の魔法陣を出してしまいました!」
なんと、あれは毒の呪いを解くための物らしい!
「まずいですね……。あれはいったん出したら、最低一時間ぐらいは出しっぱなし状態になって、場所の移動とかできないんですよ――グフッ!」
何その不便すぎるルール。つか、説明しながらまた死んでるんじゃねえよ! もらいゲロならぬ、もらい死にしそうになるじゃねえか。
まあ、しかし、ようはあの魔法陣のところに行けば、毒が治るってことだろう。これはまたとないチャンス! せっかくだし利用させてもらうぜ!
と、俺はすぐにその魔法陣のほうへ向かったわけだが……わけだが?
「ぐ、ぐぐ……」
体が鉛のように重く、全然前に進まなかった。マジでなんなの、この毒!
「はは、トモキ君。毒で全然動けないんですね。残念ですね! その様子では、僕が一足お先にあの魔法陣を使ってしまいま――ゲョエッ!」
と、魔法陣のほうに近づき始めたリュクサンドールも毒で死んで足止めを食らったようだった。
く……! どうやら、この戦いの行方は、どっちが先にあの魔法陣にたどり着くかで決まるようだな……!
俺は再び歯を食いしばり、重い足を少しずつ前へ出して進んだ。ゆっくりと、じわじわと。そう、圧倒的……牛歩! ぶっちゃけ、吐き気をこらえるだけでいっぱいっぱいだった。マジで体を少し動かすだけでもつらい。
「さ、さすがレティスの毒ですね。死ねば死ぬほど、毒が強くなっていくような気がしま――デュフ!」
俺のすぐ前にいる男も、やはり毒のせいでまったく前に進めていないようだった。話しながらまた血反吐を吐きぶっ倒れてしまった。
そうだ、こいつをこのまま遠くにやれば……。
俺はそこで思い切って体を前に倒し、うつぶせの体勢のままリュクサンドールの足首を手でつかんだ。
そして、
「うおおおおっ! 何人たりとも俺の前は走らせねえっ!」
と、渾身の力をこめて、その体を遠くに投げた――つもりだったが、実際は力が全然足りずに、その体を扇形に引きずって、一メートルほど後ろに下げることができただけだった。
ま、まあいい。こっちが有利になったのには変わりがないからな……。
俺はあらためて立ち上がり、再び前へ歩き出す――はずが、なんとまたしても体に力が入らず、起き上がることすらできなかった。
クソッ、だったらこのまま進むだけだ!
俺はそこで、そのうつ伏せの体勢のまま、少しずつ這って前へと進んだ。そう、圧倒的……
「ダ、ダメですよ、トモキ君、抜け駆けは! アレは僕が出したんですからね! 僕が先に使う――ギャフンッ!」
と、後ろから這い寄ってきた男もすぐに死んで動かなくなった。だが、油断はできない。ここでやつとはさらに距離を稼いでおかないと。
「はああああっ、俺は今、
そのまま一気に加速!
「だから、僕より先に魔法陣を使っちゃダメですってば――ギョエッ!」
やつも死にながら徐々に俺へと迫ってくるようだ。気を抜くと一気に追い抜かれそうだ。さらにペースをあげないと!
そう、この、赤ちゃんハイハイ競争にも似たレース、絶対に負けるわけにはいかない! 先にゴールするのは俺だ!
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