131

 それから俺は寄宿舎に戻り、ルームメイトのヤギに、魔法についていろいろ教わった。やる気を出しているユリィを見ていると、俺も何か、がんばりたくなってきたのだ。ヤギの教え方は丁寧でわかりやすかったが、その声が聞こえるのは俺の頭の上からだった。もうすでに、そこが、俺が部屋にいる時のやつの定位置になってしまったようだった。重い。が、勉強を教えてもらえるのはありがたいので我慢することにする。


 やがて翌日、らしくないほど頭に知識を詰め込んだ俺は、寝不足のまま登校した。


 しかし、俺が自分の席に腰を落としたところで、見慣れない女子が俺に話しかけてきた。


「ねー、君、レオ君とすごく仲がいいって、ほんと?」


 それはどう見ても十一、二歳くらいの女児だった。それが、この学院の制服を着て立っていた。髪は短く、輝くようなプラチナブロンドで、瞳は澄み切ったエメラルド色の、人形のようにかわいらしい少女だ。なぜこんなのがここにいるんだ。


「お前、まさかこのクラスの生徒か?」

「そーだよ。ドノヴォン国立学院、一年四組、出席番号二十四番、ラティーナちゃんだよー!」


 ロリっ子、ラティーナは、元気いっぱいに自己紹介した。


「そうか。俺はトモキ・ニノミヤだ。よろしくな……と、言いたいところだが、なんでお前みたいなガキんちょが、こんな学校に来てるんだ? どう見ても、俺たちと歳が違うだろ?」

「えへへ。ラティーナってば、特別扱いで通ってるんだよ。だから、みんなと歳が違っててもいいんだよ?」

「特別扱い? 飛びぬけて頭がいいとかか? 飛び級みたいな?」

「それもあるけど……やっぱ、お金の力かなあ?」

「金?」

「うん。ラティーナのおうち、すごくお金持ちなの。この学院にもたくさんお金を出してるんだよ」

「そ、そうか……」


 金持ちの令嬢が金の力で強引に通ってるってわけか。


「それより、トモキ君、レオ君とのことだよ。ねえ、教えて。二人は本当に恋人同士なの?」


 と、ラティーナは小声で尋ねてきた。俺の隣ですでに席に座っているレオのほうをチラっと見ながら。


「んなわけないだろ」


 俺は苦笑いして首を振った。


 すると、


「だよねー。トモキ君ってどう見ても、カプリクルス受けする感じじゃないもん」


 ラティーナはさらに小声で俺に耳打ちしてきた。


 カプリクルスって……こいつ、レオの正体知ってるのか。


「ラティーナだっけ。お前、もしかして魔法の能力すごく高かったりするのか?」

「うん。だから、悪いモンスターの幻術なんか、全然効かないんだよ」


 と、ラティーナは今度は、レオにわざと聞こえるぐらいの大きな声で言った。


「ラティーナ。新入りの編入生が珍しいのはわかるが、そろそろ自分の席に戻ったらどうだ。ホームルームが始まるぞ」


 レオはちょっとむっとしたような口調で言ったが、


「だいじょーぶだよ。サンディー先生ってば、いっつも時間より少し遅れてくるって、ラティーナ知ってるもん」


 ラティーナはいかにも子供っぽい口ぶりで反論した――って、なんか唐突に知らない人名が?


「サンディー先生ってなんだよ、ラティーナ。このクラスの担任はリュクサンドールってやつだぞ」

「うん。だから、リュクサンドール先生の名前を縮めてサンディー先生なんだよ。今、女の子たちの間で、先生のことをそう呼ぶのが流行ってるの。そのままだと長ったらしい名前だから、呼びにくいもんね」

「ああ、愛称ってやつか」


 エリザベスがリズになるみたいなもんか。しかし、サンディーって響きは妙にポップで、あの男には合わない感じだな。まあ、どうでもいいか。


 やがて噂のサンディー先生が教室に入ってきたので、ラティーナは俺たちとは遠く離れた自分の席に戻ってしまった。


 その後、一時間目の魔術の授業が始まったところで、俺は隣のヤギに、メモで、ラティーナについて尋ねてみた。昨日まで教室にいなかったのはなぜなのかと。答えのメモはすぐ返ってきた。なんでも、家の事情で忙しくてあまり学校に通えないということだった。金持ちの家らしいし、上流階級同士の付き合いとかあるんだろうか。


 魔術の授業で教鞭を執るのはやはりアーニャ先生だったが、その教え方はわかりやすかった。また、授業中に人それぞれ魔力の属性が違うという話になったので、俺は思い切って手を上げ、自分の属性を知らないので教えてほしいと言ってみた。やっぱり何気に気になってたんだよな、このことは。


 すると、


「ああ、トモキ君の属性なら、編入手続きの時の検査でわかってるわ。無属性よ」


 なんと、無ですって! 当たりなのか、外れなのか、よくわからない……。


「無属性であっても、勉強すれば他の属性の魔法は使えるわ。それぞれの魔力の属性っていうのは、ようは、その人に向いてる魔法ってことだから」


 なるほど。炎タイプのポケモンは炎技が強くなるけど、ノーマルタイプの技とかも通常倍率で使える、みたいな話か。わかるわかる。


「無属性だと、向いているのは空間魔法ね。極めれば、瞬間移動したり、隕石を落とすような大魔法も使えるようになるわよ」

「おおっ!」


 なんかすごそう。当たりっぽい、この属性!


「あと、俗に無属性の人は、前世の行いがとても清らかでストイックだったから、そうなるって言われてるわよ」

「そ、そうですか……」


 その情報はあまり必要じゃなかったような。童貞のまま死んでいった前世を思い出して、複雑な気持ちになるんだが?


 俺の質疑が終わったところで、アーニャ先生はまた授業を再開したが、やがて俺の席にメモが回ってきた。今度は隣のヤギからではなく、遠く離れた席のラティーナからだった。


 見ると、


『うぷぷー。トモキ君、きっと前世で全然モテなかったんだねー。やーい、やーい、清らか太郎ー!』


 と、俺のことをいかにも小ばかにしたようなことが書かれていた。


「き、清らか太郎って」


 なにその煽り文句! 地味にいらっとするんですけど!


 俺はただちに顔を上げ、遠く離れた席のラティーナをにらんだ。彼女はちょうど俺のほうを見ていたが、俺と視線が合うと、びくっと体を震わせ、すぐに目をそらしてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る