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「まさか、あんたも俺の呪いに興味があるのか?」

「いえ、私はただ、学院のほうに戻っているだけです」


 ルーシアはほぼ一定の距離を保ちながら、俺たちの後ろを歩いている。


「そうか、リュクサンドールの家と学校は方向が同じなんだな」

「方向が同じというか、同一の場所にあるのですよ」

「同じ場所?」

「はい、このポンコツ残念がっかりロイヤル教師は、今は学院内に住み着いているのです」

「いやあ、実はそうなんですよね」


 と、俺の前を歩くリュクサンドールは何やら照れたようだった。


「実は、今から二か月前、僕は下宿していた部屋を追い出されてしまいましてね。それで、理事長に頼んで、今は学院内の空き部屋を使わせてもらっているというわけなのです」

「住んでた部屋を追い出されたって、家賃滞納とかか?」

「いえ、家賃はちゃんと払ってたんですよ。ただ、ためこんだ呪術の蔵書がいつのまにか大変な量になっていましてね、ある日ついに下宿していた部屋の床をぶち抜いてしまったのです。それでまあ、追い出されちゃったというわけで。こういうの、研究者あるある、ですよねー」

「あるある、なのか、それ……?」


 確かに日本とかでもありえそうな話では……あるかなあ、うーん?


「まあ、おかげで僕は理事長には頭があがらないわけでしてね」


 なるほど、それで今日の仕事を断り切れなかったんだろうか。


 俺たちはそのまま学院に向かってテクテクと歩き続けた。モメモの街は帝都らしく、道は石畳できれいに舗装されており、建物も堅牢でがっちりしたレンガ造りのものが多く、二階建て三階建ては当たり前という感じで、かなり都会っぽかった。また、他の国の街とは違い、ここには多くの建物の壁にさまざまな告知や宣伝の貼り紙があった。どうやらこの国では羊皮紙ではなく植物紙がかなり普及しているようで、木版印刷も当たり前に行われているようだった。


「もともとこの国はクロイツェ教の聖職者が多く、修道院の数も多かったのですが、そこで昔から行われていた手書き写本が、今は木版印刷に変わっているという話です」


 ルーシアが俺に説明してくれた。ふーん、という話だった。正直、わりとどうでもいい――と、そのとき、俺はとある店の壁に貼ってある紙に目が釘付けになった。


 見るとそこには――、


『凶悪犯ハリセン仮面の有力情報求む! 懸賞金三千万ゴンス! 連絡はモメモ警察捜査本部まで』


 と、でっかく書かれていたからだ……。


「まあ、ロザンヌ公国よりも懸賞金が上がってますね」


 ユリィもそれに気づき、ふと足を止めた。


「もしかすると、こちらの国のほうが、ハリセン仮面さんの検挙に力を入れているということでしょうか」

「そ、そういうことだろうな……」


 やべえ。またなんつうところに来ちまったんだろう、俺……。もはや逃げるように早足でその場を立ち去るしかないのであった。一刻も早く呪いのことを解決させて、こんな国、出なきゃ!

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