第30話 底辺冒険者は厄介ごとに巻き込まれる②

ワクワクしているエルを除いて、高まっていく場の緊張感。

 黒マスク2人組の懐からは宝石や金貨が顔を覗かせている。おそらくあれが盗品だろう。


「ったく、あれだけいた上級冒険者様はどこ行ったんだ……」


 荷馬車の通りは既に無く、他の冒険者の姿も見当たらなかった。援軍は見込めそうもない。

 大事なときに役に立たないのは役人も上級冒険者も同じか。


「嬢ちゃん、悪いことは言わねぇ。そこをどけば今回は見逃してやる」


 黒マントの凄みにもランはうろたえる様子を見せない。


「いいえ、どきません。どうしてもここを通りたいなら私たちを倒してからにしなさい!」


 そして当然のように俺も数に入れられている。

 こいつ、あとでタダじゃおかないぞ……。


「そうか。こちらも時間が無いのでな。手早く終わらせるぞ」


 そう言って黒マスクたちがそれぞれ弓を構える。相手は弓兵か。


「ユーヤとエルは下がっていてください。ここは私が」


「当たり前だ!」


 ランの言葉を受けて、エルが『なるほど、そういう劇の流れか』みたいなトンチンカンな頷きをする。

 俺は元より戦う気なんてさらさらなかったので、すぐさまランの後ろに陣取った。

 俺の場合、ただの盗賊が敵であっても余裕で負けるからな。

 だって攻撃手段の無いフェイカーだし。


「では、実演も兼ねて私の実力をお見せしましょう」


 忘れてた。敵はもう一人いた。

 ランの動向にも十分気をつけなければ。

 ――『こいつが俺のパーティーを壊滅させたんだッ!!』

 レオンの言葉が俺の脳裏をよぎる。俺は思わず身震いした。


 しかし、盗賊を前にしたランの顔は元が整っているせいもあるが、先ほどより凛々しさが増したように見える。

 敵を女豹のごとく見据えるさまが、あの石像のメイメイと同じような強者のオーラを感じさせた。

 少なくとも俺やエルよりかは強い冒険者なのだろう。

 一応、上級冒険者パーティーにも入っていたわけだしな。


「では――参る!」


 ランの透き通った声が地面を振動させる。

 同時に、背中に紐づけた大きな荷物を真上へと放り投げた。

 武器が入っているあの布包みだ。

 白い布は空中でほどかれ、中で眠っていたエモノが晴天の下に顔を出す。


「あれは――槍か?」


 いや、しなるようなその形状を見る限り、槍というよりはこんといったほうが正しいかもしれない。

 幹のように真っ直ぐ伸びた棍の先端には突き尖った鋭利な短刃が生えている。

 そのきらめく刃の付け根にはランの眼の色と同じ黄金色の羽が飾られていた。


 空に舞った棍は全部で7本。

 羽を風に舞わせながら、やがて刃の方を下向きにして一直線に落下する。

 6本はそのまま地面に、そして最後の1本は――ランの頭の上に突き刺さった。


 グサッ。



「「「――――は?」」」



 頭蓋をえぐるような音がランの頭部から聞こえた。


 しなやかな柄をビヨヨンと波打たせながらランの頭の上で跳ねる棍。お団子頭の分け目を支点にして、今もなお左右に元気よく振れ動いている。

 この場にいる全員が口をポカンと開けてそのさまを見ていた。

 しかし、ランだけは顔色1つ変えず、姿勢すら崩さない。それが逆にシュールさを演出している。

 え、なにやってんのこの娘?


「さあ、始めましょうか。早くやりたいのでしょう?」


 相手を煽るような鼻にかかったランの声。何事もなかったかのように頭から刃を抜く。

 その瞬間、頭頂からは噴水のように血が噴き出した。

 まだ戦ってもいないのにランの顔は血まみれだ。


「わぁ! これが流血パフォーマンスかー! でもあんなに血が出てて痛くないのかなぁ」


 エルがほえ~と感心したように血の噴水を眺めて言う。


「あの鋭い刃が脳天に刺さったんだぞ。痛くないわけないだろう。というかあれはパフォーマンスじゃなくただのミスだ」

 

 自分で武器を広げておいて頭に刺さるとか、ミス以外の何物でもないだろう。

 しかし、当の本人であるランは顔を赤らめる様子も動揺する様子も見せない。平然と棍を構えているだけ。


「さあ、来なさい」


 ランの洗練された構えを見て、一瞬ざわついた空気が再び引き締まる。

 そ、そうか、今のはたまたまだったんだな。


「……よ、よし、さっさとケリをつけてやる」


 敵の突然の流血に怯みつつも、黒マスクの2人はその手に弓を構えて臨戦態勢に入る。

 こちらも避難しなければ。

 まだ劇の最中だと思っているエルの後ろにひとまず隠れる。

 ここなら最悪の場合エルを盾にできるので安心だろう。


「喰らえッ!!」


 そう叫んで黒マスクが弓を構える。

 だが、その手元を見てある異変に気づく。

 弓に矢をかけていないのだ。

 何もない空の弦を目いっぱいに引いている。


「何してるんだあいつ?」


 ランも構えを緩め、不思議そうに男を見つめる。

 それでも黒マスクの男は、透明の矢がそこにあるかのようにランへ照準を定めた。

 その表情には焦りや恐怖などはなく、余裕で塗り固めたような笑みが張り付いている。

 まさか――!?



「――≪豪射弓ゴウシャキュウ≫!!」



「なんとッ!?」



 男が放った言葉に、虚を突かれたように慌てて身構えるラン。

 おかしな行動が目立つランだが、今回ばかりは俺も同じ反応をせざるを得なかった。


 黒マスクの男が弦から手を離した瞬間――それまで何もなかったはずの弓から1筋の矢が放たれる。


 それがただの矢でないことはすぐにわかった。

 魔力で生成された光の矢、そしてあの詠唱といい、あれはどう見ても――”スキル”による効果だった。

 彼らはただの盗賊などではない。


 あの黒マントの男たちは――俺たちと同じ冒険者だ!


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