第10話 底辺冒険者の勧誘(誘拐)術②

「す、すいません……。落ちてきた時の衝撃で喉奥からせり上がってしまって……」


 目の前の光景に戦慄する俺たちをよそに、少女は慣れた手つきでポケットからハンカチを取り出すと、口元にべったりとついた血を拭った。

 丁寧に血を拭き取る仕草からは特段驚いた様子は見られない。


「「…………」」


 俺とライナーは思わず目を合わせる。


 いや、確かに気持ちはわかるけども!   

 俺も酒飲みまくったあと気持ち悪くなって色々とせり上がってくるけども! 

 さすがに血まで登ってくることは無いぞ!


「ユーヤ! こりゃいったいどういうことか説明しろ!」


 突然の流血沙汰にひるんだのか、ライナーが巨体を震わせながら俺の肩を揺さぶってくる。


「だから言っただろ! もうすぐ、『気が弱そうであわあわした感じの上級職新人冒険者』が現れるって!」


「冒険者!? 施療院が何かの間違いで退院させちまった病人の間違いじゃなくてか!?」


「いや、ちゃんと条件は満たしているはずだ。……エルがミスってなければな。まあさっきも『あわわわ〜ッ!?』って言ってたし、たぶん大丈夫だろう」


 少なくとも気が弱そうなところだけは条件と合致している。


「何が大丈夫なのか全くわからないんだが……。もしかして、お前の言っていた勧誘策ってのは"これ"のことか? 今このお嬢ちゃんが急に現れたのって、エルちゃんの能力だろ!」


「その通り。エルのマントの能力を利用した、スマートで革新的な勧誘スタイル。名付けて『新人冒険者誘拐作戦』だ」


 エルは特殊な魔道具を使える『マジシャン』という職業を持っている。今起こった出来事は、エルが所有する"包んだ物体を移動させられる"マントによるものだ。


「な? 素晴らしい勧誘策だろ?」


「誘拐と勧誘を一緒にするな! 正攻法じゃないどころか合法ですらないだろうが!!」


「う、うるさいうるさい! これくらい強引にいかないと、俺の冒険者生活はいつまで経っても底辺のままだろうが!」


「だからメンバーを集めるために先に実績を積めって毎日毎日言ってるだろ! そんなんだからいつまで経っても――」


「あ、あの〜……」


「「うるせぇッ!!」」


 急に話に入り込んできた少女に、俺とライナーが勢いそのままに怒声を張り上げる。


「ひ、ヒィッ…!? ご、ごめんなさいぃ……」


 少女は今にも消え入りそうに体を縮こませて押し黙ってしまった。

 さっきまで口から溢れ出ていた血は、既にきれいに拭き取られている。


「ライナー。お前の強面のせいで新人が怖がってしまっただろうが」


「おまッ……! ……いや、もういい。お前と言い争ってると埒が明かん」


 そう言うと、ライナーはしゅんとしている少女に向き直る。


「すまない嬢ちゃん、怖がらせてしまって。俺はライナー・ディアス。正面に座ってるのは、元冒険者で現誘拐犯のユーヤだ」


「人聞きの悪いことを言うな」


 少女は緑色のフードで恥ずかしそうに顔を隠しながら、丁寧に挨拶する。


「あの、えっと……私はアリシアーナ・フローレスと言います。アリシアと呼んでくださいっ……! えっと、ライナーさんと……ユウカイハンさん?」


「できれば名前のほうを覚えてほしかったんだが……」


 職業も間違っているしな。

 誘拐犯なんていう職業は存在しない。


「ごごご、ごめんなさい……! 誘拐犯っていう言葉が頭に残って離れなくて――って、えぇ!? 誘拐!? もしかして私、誘拐されちゃったんですか!? というかここはどこ? わたしは誰?」


「アリシアちゃん、今自分で自己紹介したばっかなんだけど……」


 アリシアと言う名の少女は、怯えた子鹿のようにプルプルと体を震わせている。


「おいユーヤ! お前からちゃんと説明してやれ。アリシアちゃんだって急にこんなとこに呼び出されて困ってるだろうが!」


「あー……えっと、アリシア? ここは、しがない店主が営むちっぽけな酒屋だ。いつ潰れてもおかしくない辛気臭いところだが危険な場所ではない」


「喧嘩を売れと言った覚えはないんだが」


 俺は額に青筋を立てるライナーを無視して続ける。

 なるべく無垢な表情を装って。


「コホン。……ところで、アリシアはどうしていきなりこんなところに飛ばされてきちゃったのかな?」


「は? ……おいまさかお前、ここにきてシラを切るつもりか!? そんなことしてもどうせばれ――ムグッ!?」


 優しく語りかける俺がよほど不審に映ったのか、ライナーが話に割り込んでこようとするが、そうはさせない。その口を無理矢理抑え込んで阻止する。

 アリシアはそんな俺とライナーのやり取りに少し首を傾げながらも口を開いた。


「えっと……どこから話せばいいのか……」


「話しやすいところからでいいぞ」


「は、はい! それでは……。あの、私、新人冒険者になるためにギルドハウスで神魔水晶による儀式を受けていたんです。そしたら水晶の前に立っていた役人の方が『おめでとうございます! あなたの職業はハイウィザードです!』と……」


「な、なにッ!? ハイウィザードだって!!?」


 思いもよらない単語がアリシアの口から出てきたので、声が裏返ってしまう。

 

「ふぇ!? は、はい、役人の方がそうおっしゃっていたので……。もしかして、凄い役職なんですか?」


「凄いも何もハイウィザードって言ったら、攻撃魔法と支援魔法を操る魔法職――ウィザードの上位職だぞ!? ウィザードになれるだけでも十分凄いのに、その上のハイウィザードとは……」


「そ、そうなんですか! それは良かったです!」


 アリシアが嬉しそうに微笑む。

 エルのやつ、でかしたぞ!!

 勧誘しやすいように、なるべく押しに弱そうなやつを選んで来いとは言っておいたが、まさか本当にすべての条件に一致した新人を連れてくるとはな。


「で、でも……」


 俺が言葉にならない喜びをかみしめていると、アリシアが不安げな表情を浮かべて再び話し始めた。


「冒険者としての職業が決まった瞬間に、きれいな金色の髪をした天使みたいな女の人に話しかけられたんです……」


 天使みたいな女の人……おそらくエルのことだろう。


「その女の人が私の職業を聞くなりユーヤはんみたいに大きく目を見開いて……。悩んだ様子でひとしきり唸ったあと『新しい魔道具のためなら!』と言って、急に羽織っていたマントを私に被せてきたんです。そ、そしたら、視界が真っ赤になって……真っ白になって……気づいたら、ここに……」


 アリシアは途切れ途切れになりながらもしっかりとした口調でそう語る。


「そうかそうか、それは災難だったな。ラストリアは大きな街だからな。たまにいるんだよそういう変なやつが」


「そうだったんですね……。都会って怖いです……」


「見かけに騙されちゃだめだぞ。見かけは良くても中身を開けたらとんでもない役立たずだったってこともあるしな」


「役立たず?」


「ああいや、こっちの話だ。気にしなくていい。それよりも悪い人間に騙されないように気をつけないとな」


「は、はいっ!」


 純真そうな瞳でアリシアが頷く。被るフードが動きに合わせて揺らめいた。

 ライナーは『お前が言うな』と言いたげな視線を俺に送っていた。

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