46.鬼化オニサピエンスとの戦い
萩乃は返答に困る。そしてとても恥ずかしい。周囲に多くの人がいて、ほとんどみんなが聞いているにもかかわらず、大声で「好きだ!」と言われてしまったのだから無理もない。
死亡フラグを回避するために林檎をあげたものの、それによって望まない恋愛フラグを立ててしまうとは、想定できなかった。
それでも、金太郎が本気で告白してきているのだから、萩乃からもきっちり本心を伝えるべきところである――頭ではそう判断できるが、うまく言葉が出ない。
「なあ猪野さん、どうだろう? 僕じゃダメなのかな?」
「いえあの、その、わたくしは……」
「はっきり答えてくれよ!」
「あのあの、ごめんなさい」
「ごめんなさいってどういうことだよ? 僕のこと嫌いなのか? 先週、あんなにも美味しい林檎を、他でもなく、この僕だけにくれたじゃないか!」
「それは、その……」
このオニサピエンスの男子は、思い込みが激しい性分なのだろう。
「おいこら、ちょっと待てよ」
(あっ、まあ大森くん!)
萩乃の席の前に正男が立っている。きっと心配して駆けつけてくれたのだ。
すぐさま金太郎が彼に詰め寄る。
「あ? なんだいキミは?」
「オレは、出席ナンバー5の大森正男だ」
「そんなこと聞いてないよ。なんで僕と猪野さんの間に、キミなんかが割り込んでくるのだい?」
「猪野が困ってるからだ」
「キミ、バカなことを言うんじゃないよ。彼女は照れているだけさ。この僕と相思相愛だってことを知って、嬉しくもあり少し恥ずかしくもある、という乙女らしい感情が、とまどいの態度として表れているのさ。猪野さん、そうだよね?」
「い、いいえ。違っていてよ。わたくし今は、大森くんのおっしゃるように、とても困っておりますの」
「はあ?」
「な、わかったろ? だから、ここはもう男らしく引き下がれ」
「やかましい! キミこそ引っ込んでろ!」
このとき正美先生が入ってきた。
「はあい、みなさんお待ちかねの複素関数論、第三回目講義始めるわよ~」
正男と金太郎は立ったまま、まだ睨み合っている。
教壇に立った先生は二人の間の険悪な空気を感じたらしい。顔中に疑問符を浮かべたような表情で問いただしてくる。
「あれれ? 大森さんに野馬形さん、どうかしたの? え、なになに??」
「いやあ、なんでもないです。さあ早く座ろうぜ」
正男が着席を促したのだが、金太郎は応じようとしない。
「キミだけ座れば?」
「いや、あんたも自分の席に戻って座れ!」
「黙れぇ!!」
金太郎の叫び声が講義室中に響いた。
「ちょっと、黙るのはあなたよ。さあ、着席なさい!」
正美先生は毅然とした態度を取った。それは焼け石に水だった。
「ぬぅあんだとぉーっ! オマエ、ぶっ殺おぉ――――っす!!」
金太郎が、隠し持っていた果物ナイフを上着の内ポケットから取り出す。もちろんのこと刃が鞘に納まっているので、それを取り外しにかかっている。
~マサオ鬼化が始まったわ(おう、わかったぜ)
「猪野、きびだんご!」
「はい!」
「ちょっと距離を取ろう!」
「わかりましたわ!」
正男と萩乃が素早く後部座席のほうへ駆けた。
周囲の人間たちはデバッグモードのときと同じように、固まって動かなくなっている。購買部のトーマスがバリアーを張ったのだろう。
「ベニインマニブスメイス、フクソカンスウロン!」
「わたくしの両の手にきたれ、アマノサカホコ!」
正男の手に書籍、そして萩乃の手に竹刀が現出した。
それに気づいた金太郎が、マネキンと化してしまった正美先生の顔を、一度はチラリと眺めたのだが、攻撃する標的を切り替えるつもりらしく、萩乃たちのほうに方向転換した。ゆっくりと歩き始めている。
「うがあぁぁ~~」
野獣のような吠え声を出すオニサピエンス金太郎。その顔は赤黒く変化し、額からニョキニョキと角が伸びてきた。まさしく鬼化である。
「オニサンオニサン、アンヨハヘタヨ」
正男が、書籍のページから古代語で書かれている文を一つ選び、それを日本語に翻訳して詠唱したのだ。
するとどうだろう、金太郎の両足がまるで泥の中に埋まってでもいるかのように、スローモーションの動きになったではないか。これが鬼止めの書籍「フクソカンスウロン」の効果だ。
「さあ猪野、いや勇者ハギノ!」
「は、はい!」
萩乃は竹刀を上段に構えた。
このまま金太郎が間合いを詰めてくれば、即座に面を打てる体勢だ。
「うっく!」
堪えきれず正男が呻いた。
たった一つの文を翻訳して詠唱しただけなのに、かなりの思考力を消費するものだと、恐らく正男は思い知ったことだろう。脳が激しく疲弊してしまったみたいに苦しそうだ。
「大森くん!?」
「いや大丈夫だ。というか、今のオレ、魔導士マサオな」
「はい。魔導士マサオ様!」
このとき金太郎の足の動きが元に戻った。鬼止めの効果が切れたようだ。
「ぐがあぁぁ~~」
「オニサンオニサン、アンヨハ、ヘタヨ。うっぐぅ……」
再び詠唱した正男だが、さらに苦痛の表情を強めている。
まるで脳味噌が熱く沸騰しそうになっているかのように顔を歪めている。
「……さあ、勇者ハギノ、角を折れ!」
「はっ、はい」
今なら、萩乃から金太郎に向かって駆けてゆき、難なく面を打ち込めるはず。
だが足がすくみでもしたのか、微動だにできないのだった。
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