31.風が吹けばオケ屋がもうかる

 自己世界のゲーム専用カプセルに戻ってきた。

 萩乃はすぐさま桜に連絡を取る。


「もしもし桜さん? わたくし、萩乃ですわ」

『はいはい、どうされましたか?』

「バッドエンドしましたわ。あの、それで大森くんのご遺体は、どうすればよろしいのかしら?」

『えっ、死亡されたのですか!?』

「はい」

『そうですか……ご愁傷様です。あ、えっと、バッドエンドの場合は、ゲームオーバーになります。それから少し時間が経つと自動的に自己世界へと戻る仕組みなのですが、もしかして、そうなる前に「タイム」で一時中止されましたか?』

「そうですわ。もう、とても見てはいられませんでしたもの……」

『ははあ、では先日ご説明した通り、カプセル内のパネル操作で、電源OFFされるか、セーブしてある予定調和時空点をロードして再挑戦されるか、お決めください。どちらの場合でも、ゲームオーバーで停止しているシーンは、遺体もろとも勝手に消えますから。予定調和時空点をロードすれば、また大森正男さんが現れますよ』

「はい、わかりましたわ。ご丁寧にどうもありがとうございます」

『いいえ、どういたしまして。これもサポート担当の仕事ですよ。またなにかありましたら、ご連絡ください。それでは失礼します』


 通話を終えて、萩乃は操作パネルの時刻表示を見た。

 結局ゲームをしていた時間は三分程度だった。ゲーム内での経過時間より短い。場合によっては三時間、あるいは三日間の実体験をしても、自己世界ではたったの三分間しか経過しないこともあり得る。

 それは、逆転浦島コンバースウラシマ効果と呼ばれる技術を使って実現されている。ゲーマーがなるべく自己世界の時間を浪費しないで済むように設計されたゲームシステムなのだ。これも可算無限世界帯域利用型ゲームの持つセールスポイントの一つである。

 萩乃は精神的に参ってしまったので、電源OFFすることに決めた。

 だが、操作パネルのヘルプの位置に「NEW!」のアイコンがキラキラしているのに気づく。


(なにか新しい項目が追加されたのですわ。見てみましょう)


 ゲームが進むにつれて、色々な情報が蓄積されるのだ。

 ヘルプのページを開いてみると、項目〔死亡フラグ〕が追加されていた。萩乃はそれを読み、プレイヤーのくだす意志決定が、他者の生死にも影響を及ぼすくらい重要になってくるのだと理解できた。


(わたくしの自由意志が働いたのは、恐らく雄猫田さんの家庭事情のことをお伝えしようとしたときですわ。話すべきではなかったのかしら? わたくしが不用意な発言をしたばかりに、結果的に大森くんがお亡くなりになった……まあ、なんと酷く、怖いことでしょう!)


 風が吹けばオケ屋がもうかる、という表現がある。誰かが自由意志で以て風を吹かせる場合に、なにも「オケ屋をもうけさせてやろう」という企てがあるのではない。これと同じように萩乃も、善意の心で天狼の話をしたのであって、そこに悪意「正男を殺してしまえ!」など微塵もなかった。どこかの誰かの、ちょっとした善意による行為が、巡り巡って、別に存在している誰かを不幸にすることなど、日常茶飯事なのである。だから決して気に病む必要はない。

 頭では理解できる。だが、ああいった残酷な光景を目の当たりにした今、萩乃の胸はヅキヅキと痛むのである。良心を持つ者なら誰だって同じになるのだ。

 それは、自由意志を有する知的生命体にとってののようなものである。つらいことだろうが、自由行動のためのなのだと割りきって、納得するしかないのだ。いつも人間は、そうして生きてきた。


(いっそ蝶となり、わたくしの一度の羽ばたきが、たとえ地球の裏側にハリケーンを作り、とても甚大な災害をもたらしたとしても、とうとうそれを知らないまま、短く死んでゆくほうが、どんなにか楽なことでしょうに……)


 少しばかり感傷に浸ってもいい。萩乃はまだ十六歳だから。

 しかしゲームは始まっている。古い言葉で言うと「サイコロが投げられた」ということだ。しかし出る目は確率に左右されるのではなく、萩乃と正男の自由意志によって決まるもの。

 どんな目を出そうが、そこでやめるわけにはいかない。たとえ血の色が七回続こうと諦めずに進む。そうしないとゲームクリアには至らないから。


(そうですわ。わたくし続けますわ。ベストエンドを見届けるまでは……そうでなければ大森くんは、色もなく温もりもない亜空間の中を、永遠に彷徨い続けることになりますもの。それはなりません。きっとわたくしが、お救いいたしますわ)


 気持ちを固めた萩乃は、今すぐ再挑戦することにした。

 操作パネルをタッチして〔予定調和時空点2〕をロードする。

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