21.お姉ちゃんパワー注入ミリオン%

 水戸黄門のお陰で、すぐに撃たれるような心配はなくなった。

 しかし、それも一時的なことである。身の潔白を完全に信じてもらえるよう、今は水戸に向かって頭を下げ、ただ祈ることくらいしかできない。

 そんな状況にある正男の生命体魂に、再び声が響いてくる。


 ~マサオ今こそ反撃する好機よ(え、反撃?)

 ~そうです戦いなさい(いや、相手は銃とか持ってんだぜ?)

 ~マサオに魔導書を与えます(マジか!)

 ~パワーもそろそろ最大です(うおぉぉぉ!!)

 ~お姉ちゃんパワー注入ミリオン%(きたぜ思考力マックス!)

 ~あとはよろしく(おうよ、魔導士マサオ様に任せとけぇ!)


 正男の手に用紙の束が現れた。この違法侵入者も萩乃と同じように夢遊テレポ能力者なのか。それとも別のどこかの誰かがアイテムトランスファーを使って転移させたのだろうか。

 ともかく、この異変に桜が気づき、驚きの声を発する。


「なに!?」


 すぐさま桜は銃を構える。


「そ、それは、あなたの武器ですか?」

「魔導書な。オレの思考力の源、つまりは定理だ!」

「定理ですって?」


 正男の手にある用紙は異国の古代語で書かれた論文だ。まさかその内容のすべてが、瞬時にして正男の脳内にインプットされたのだろうか。


「おうよ。そして今からオレは、この世界がフィクションの産物だってことを、科学的に証明してみせる」

「どういうこと?」

「吉兆寺さんのいる宇宙では、あらゆる宇宙に起こり得る、すべての物理現象や数学的命題を検証済みだって言ったよな?」

「またその話ですか。あなたはもう降参したのでしょ?」

「いいや、まだ一つある。最終兵器としての理論がな。はははは」

「なっ!?」

(あらまあ、大森くん。猛々しいですわ!)


 正男の言葉は自身に満ちていた。

 それで桜は少し圧され、萩乃は感心している。


「吉兆寺さんのいる世界が完成させたつもりになってる数学の理論体系は、矛盾してるんだよ」

「冗談ね。ふふふ」

「いやマジだ。もしその理論体系に矛盾がないのなら、真偽の定まらない命題があるはずなんだ。すべての数学的命題を検証済みなわけがない!」

「するとあなたは、私の世界の数学は矛盾しているか、もしくは真偽の定まらない命題を残していると言うの?」


 桜は測定装置を構えた。萩乃は黙って正男に見惚れている。

 正男は自信たっぷりの顔で答える。


「ヤー!」


 装置の先端がまったく反応しない。

 故障したのか。それとも正男の主張は黒でも白でもないというのか。


「!?」


 桜が顔に明らかな動揺の色を浮かべる。

 それを正男は見逃さなかった。


「見えてきたぜ突破口がよ~。フィクションなめてんじゃねぇぞ!」

「違います。確率0です。あなたの主張は800%、狂っています」


 再び平静を取り戻した桜。

 だが、それでも正男はまだ自信に満ち溢れている。


「どうかな、ウソ発見器が反応したろ? 沈黙という賢明な反応をな! つまり、黒く光れば、今オレが手にしている論文が間違いだということになる。白く光れば、吉兆寺さんの主張が間違いだということになる。この世界に今まで想定されていなかった新定理が現れたもんだから、そのウソ発見器には判断ができないんだ。これこそ真偽の定まらない命題が存在する証拠だよ」

「ち、違います! きっとこの装置のバッテリーが上がったのです。これだから中古品は困ります」

「それなら別の質問をすれば?」

「あ、あなたは水戸の御老公様を知っているの?」

「ヤー!」


 装置が白い光で点滅する。バッテリーは生きていた。


「な!!」


 今度こそ、桜は気が動転しているに違いない。


「今オレたちの立ってるこの宇宙は、設定崩壊してしまったSF小説と同じ状態にあるんだよ。なぜそうなったかまでは、今のオレにはわからない。一つ確信を持って言えるのは、ここがオレの姉ちゃんがやってる無料オンライン乙女ゲーム『女神マサコの講義お姉ちゃんパワー注入ミリオン%』の世界だっていうことだ。さあもう一度ウソ発見器で確かめてみろ!」

「あ、あなたは、ここが、どこぞの宇宙で作られた、女神マサコの講義なんとかというセンスの悪いタイトルの、ゲームだと主張するのですか?」

「いやいや、ちゃんと覚えて、正確に質問してくれ」

「言うのがいやなだけよ。その品のなさ、知人にもいるから……」

「ほぉ、一回聞いただけで覚えたのか。だったらそれで頼む」

「もうわかったわよ! あなたは、ここが女神マサコの講義お姉ちゃんパワー注入ミリオン%というゲームの舞台だと主張するのですか?」

「ヤー!」


 装置の先端がまったく反応しない。また一つ、真偽の定まらない命題が示されたことになるのか。


「……」


 とうとう桜は絶句してしまった。

 正男が追い打ちをかける。


「これでわかったろ? 仮にそちらさんの世界や、この平行宇宙が実在するものだとしても、そこへオレたちのフィクションが接触してきた。そうなった今、これはもう虚構の産物なんだよ。証明終わりだ」

(頭が冴えておられますわ。わたくしの大森くんです!)


 萩乃は、先程正男が下品な言葉を発したことを完全に忘れている。

 そして桜は項垂れてしまった。


「ま、まさか私たちの最先端科学が、フィ、フィクションなんぞに……どこぞの、科学レベルの低い宇宙の人間が作った虚構のゲームなんぞに、負けたの??」

「正解だ。魔導士マサオ様の力、思い知ったか、わあっははははーっ!」


 正男は高々と勝利宣言としての笑い声を上げた。

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