15.リターンor懲役八百万年

 今ちょうど大森先生が怒り始めたところだ。


「こらっ、いい加減になさい!」

「おうおう、オーライ誤解了解、夢の中のお姉ちゃんパワー。もうこんなくだらねえの、終わりにしてやるよ。はいせーの、ゴッツン!」


 正男は自分で、自分の頭を机に打ちつけた。


「ぐはっ、痛ぁ――――っ!!」


 こんな正男の、身体的かつ芸能的に痛いリアクションをよそに、別方向から黄色い叫び声が届く。


「ブレーク、ブレークよ!」


 二列目の反対の端から少女が小走りでやってくる。


(は? この夢まだまだ続くのか、というか、あの女の子は誰?)


 少女は正男の席の前に立った。

 正男は周囲が「静的」になっていることに気づき、辺りを見回す。


(あれ? おいおい、姉ちゃん先生も猪野も他の学生たちも、みんなマネキンの真似してるみたいに固まってるじゃんか! オレとこの正体不明のブレークガールを除いて、まるで世界が一時停止してしまったかのよう……ああシュールだ、特に姉ちゃんの怒った表情のまま静止している顔がシュールすぎる! まさに超弩級のサスペンスだ!!)


 あまりにも現実離れしている光景。

 このような不可思議を目の当たりにし、正男は混乱状態に陥る。

 謎の少女は正男を睨みながら、口頭による攻撃を始める。


「ちょっと、ここでをなさっている大森正男さん、あなたはこちらの宇宙の人間ではないのでしょ? ここへは勝手に入ってはいけないのですよ」

「え? あ、いや、勝手に入るもなにも、ここは、オレの見てる夢の中なんだろ? あ、言っとくがオレ、これもう夢だって気づいてるんだぞ。頭はまだズキズキしてるけど。えっと、たぶんたまたま寝返り打って、眠る前に読んで枕元に置いたままの、分厚い本にでも頭ぶつけたんだろうな」

「違います。あなたは自分の主張を100%偽っています。ここは実在するパラレルワールドの一つ、れっきとしたリアル世界の一つなのだから」

「は? パラレルワールド? ああ、つまりあれだな、SF小説なんかでよくある平行宇宙のことを言ってるんだろ?」

「平行宇宙という言葉は、その通りよ。でも、科学で説明できない現象がなくなった私たちの世界の常識的事実として、このようなは確実に実在しているのです」

(ん? 他者世界ってなんだ?)


 恐らく、の世界に対するの世界、つまり異世界のことだろう。


「ですから、もはや旧時代の遺物として廃れそうになっている小説の類いではなく、つまりサイエンスリアルという意味での平行宇宙よ。要するに、ここは紛れもなく科学的に実在が確定している世界なの。ましてや、涎を垂らしてするような、あなたの夢の世界などでは800%あり得ません!」

「は、800%も?」

「はい」

「ホントかよ? フィクションじゃねえの?」

「もちろんよ。あと、そんなふうにすっとぼけようとしてもムダなことです。あなたは、我が社の優秀なハッカーたちでも気づけなかったほどのセキュリティーホールを衝いて、ここに違法トランスファーしてきたのでしょ? 私はちゃんと把握しているのです。きっと自分の持つペガサス級のハッキング能力を誇示したいだけ。要するに愉快犯なのでしょ? どこの宇宙のクラッカーさんですか? 可算無限世界営利目的利用一般帯域侵害の罪で、懲役八百万年の刑を受けたいのですか?」

「いやあ、あのオレ……」


 正男は薄々感づき始めた。


(おいおい、やけにリアルな夢だと思ったら、そうじゃなくてリアルな平行宇宙とくるか? 夢にしてはここまで複雑でスケールでかいのは初めてだし、さっきの激痛のことだってある。これはマジで平行宇宙に飛ばされてきたのかもなあ)


 それにしても、サイエンスリアルなパラレルワールドに違法トランスファーにペガサス級のハッキング能力、も一つオマケにどこの宇宙のクラッカーさん、さらにも一つ可算無限世界なんとかかんとか侵害の罪で懲役八百万年の刑――いくら理系一直線で宇宙人の存在すら信じている正男でも、ここまでの話になってくると、もうまともについて行けそうにない。


「ちょっとあなた、ちゃんと聞いているの? 私の言うことが聞こえているのなら宇宙へ、無抵抗かつ可及的速やかにリターンなさってください。そして正式に名乗ってきてアステロイドゲームスの社員になりなさい。これはあなたにとって損な取引ではないはずよ。どこぞの宇宙の大森正男さん、よろしいですね?」

「は、はい……あいや違う違う。ちょっとタイム!」

「いいえダメよ。800分の1秒のタイムすら認めるわけにはいきませんから。まったく盗人猛々しいとはこのことだわ。我が社が購入済みで強固にロックしてあるはずの帯域に不法侵入しておきながら!」

「だからそれこそが800%違うんだ! さっきから、そちらだけが一方的にまくしたててくるけど、頼むからオレの言葉も少しは聞いてくれ」

「この期に及んでなにを?」


 小柄で童顔で高校生くらいとしか思えない子なのだけれど、眼光だけはやけにきつく見える。かなり怒っているのだろう。加えて、見た目に反して大人びている厳しい口調も真剣そのものだ。


(こいつの言葉は、サイエンスリアル的にそのものなんだろうよ)

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