13.萩乃の大森くん救出作戦
萩乃は耳飾りをつけている。萩の花をモチーフにした造形で可愛らしく、そして健康チェックと時計と通信の機能を兼ね備えている。兄が萩乃の十四歳の誕生日にプレゼントしてくれたもの。だからいつも耳につけている。
その右耳に、兄からの着信が入った。時刻は午前十時二十分。
萩乃は勉強を中断して応答する。
「はい。わたくし、萩乃ですわ」
『やあ兄さんだよ。例の件、吉兆寺くんには話をつけた。彼女はすぐにでも駆けつける気でいたのだが、萩乃は勉強中だろうから、午後四時にしてもらったよ。そちらへ行って調査してくれるそうだ。一人でも大丈夫かな?』
「はい。お兄様」
『そうか偉いぞ。それなら、昨日と今朝兄さんが話したようにうまくやってくれたまえ。萩乃隊員、健闘を祈っている。はっはっはっ!』
「ふふふ。了解ですわ。お兄様隊長」
これだけで通信は終了した。
学習デスクに頬杖をつき、萩乃は昨夜の兄との打ち合わせを思いだす。あのゲームのシステム開発に携わっていた兄が、システムエラーの原因として考えられることを話してくれたのだ。
『兄さんなりに、萩乃の話に基づいて推察してみたよ。つまりこうだ。ゲーム世界の大森くんは、システムが把握できないような精緻なセキュリティーホールを衝いて別の場所からフルトランスファーしてきた、少なからず自由意志を持つ存在なのだ。彼が張り倒された瞬間になって、システムがようやくそのことに気づく。萩乃はあのゲームのフルトランスファー機能をオフにしている。しかしゲーム内にフルトランスファーしてきている想定外の存在者を検知してしまった。さあて、これはどういうことか?』
『つじつまが合っていませんわ』
『その通り。システムはゲーム内の状態に矛盾を発見した。エラーとしてゲームを強制終了させることになる。本来システムエラーには、原因に応じてあらかじめ割り当ててあるコードをつけてポップアップ表示される。だがシステムは該当コードを見つけられない。萩乃の見た
『はい』
『今兄さんが話していることは、吉兆寺くんに言う必要はないよ。彼女が、自ら調査して知ることだから。そしてここからが重要だ。吉兆寺くんは、大森くんを排除しようとするだろう。なぜなら彼はアステロイドゲームスにとって、想定外の違法侵入者なのだからね』
『お気の毒なことですわ……』
『その彼が萩乃の夢の大森くんだったなら、違法侵入者として吉兆寺くんの手で排除されるべき存在だったとしても、それでもまだ萩乃は、彼を救いたいと言うのかい?』
『はい。どうにかして、お救いしたいですわ!』
『そうか、わかった。それなら萩乃が、吉兆寺くんにお願いしなさい』
『どのように?』
『萩乃自身で考えてごらん。自由意志を持っているのだろう?』
『はい。お兄様!』
そして今朝のことも思いだす。
萩乃は兄から封筒を受け取ったのだ。
『兄さんから吉兆寺くんに手紙を書いておいた。だがこれは最後の最後に出す切り札だよ。まずは自力で大森くんを救出する方法を考えなさい。どうしても吉兆寺くんが彼を排除すると言って、それでも萩乃が彼を救いたいのなら、この手紙を読んでもらいなさい。こういう先輩から後輩に圧力をかけるような真似は、兄さんの主義に反するのだが、すべては可愛い萩乃を想ってのことだ』
『お兄様、ありがとうございます!』
『うんうん。これが今の兄さんがしてやれる精一杯だ。しっかりな、萩乃』
『はい。お兄様!』
こうして兄は今朝もフルトランスファーして会社に行った。
学習デスクに座っている萩乃は武者震いをする。大森くんを救うのは自分なのだと強く思うのだった。
(あ、いけません。お勉強の続きですわ)
大森くん救出作戦という重要な任務を帯びている今日くらい、少し勉強をサボって知力と体力を温存しておいてもよさそうだが、萩乃は一貫してそういう考え方をしない性格の持ち主なのだ。
(大森くんに、お勉強のできない子だなんて思われたくありませんもの。わたくし、しっかり励みます!)
途中で止まっている複素関数の積分計算を続ける。ゲーム内の講義で受ける複素関数論の予習にもなると考え、萩乃は練習問題を解いているのだ。
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