10.とうとう見てしまった真実

 兄の帰宅してくる時刻を迎えた。

 いつものように萩乃の頭を優しく撫でてくれて、そのあとの開口一番。


「どうだい、大森くんのゲームは?」

「とても難しいですわ。わたくし、失敗ばかりで……」

「失敗!?」

「はい」

「それは、どういう失敗なのだい?」

「システムエラーですわ。unknownアンノウンなのですって」

「おいおい萩乃、そいつはシステムの想定外の失敗だ。決して萩乃自身の失敗ではないのだよ」

「まあ、そうですの?」

「そうだとも。しかし、unknownのシステムエラーとはなあ……アステロイドゲームス始まって以来の大事だぞ」


 兄はシステムエラーについて説明してくれた。これまで、あのゲームのシステムに関して、主にテクノロジー的な事柄を中心に細かく丁寧に話してくれていた。だがシステムの失敗のことは、萩乃は初耳である。

 ペガサス級のハッキング能力を持っている兄にしてみれば、システムエラーなどあってはならない重大アクシデントなのだ。兄の基準として、あえて萩乃に話すような事柄ではなかったのだろう。


「それで萩乃、報告はしたのか?」

「いいえ。システムの失敗とは思いも寄りませんでしたもの」

「吉兆寺くんへの連絡は?」

「桜さんにも、お伝えしていませんわ」

「そうかそうか。よし、明日の午前中に兄さんから連絡して話すことにするよ。恐らく、いや間違いなく午後には訪ねてくるだろう。彼女はサポート担当者だからな。そのときに、萩乃から詳しい状況を説明してあげなさい」

「わかりましたわ」

「あの吉兆寺くんはなあ、まだ二等級ながらとても優秀なハッカーだ。調査して、すぐに解決してくれることだろう」

「はい。お兄様」


 ∞ ∞ ∞


 今夜も兄と二人だけの夕食。

 いつものように食卓を挟んで向き合っている。ナイチンゲールの料理のよい香りに包まれながら。

 萩乃は兄にゲームのストーリーを話した。工学部の第四講義室で、正男が複素関数論の大森先生に張り倒される事故のことを。


「それからわたくし、先程とても恐ろしい夢を見てしまいましたわ」

「突発性夢遊テレポーテーション能力のかい?」

「はい。大森くんが病院で、意識不明の重体で……くっ、ぐすっ」

「そうか。とうとう見てしまったのだな。さぞ悲しかろう、つらかろう……」


 萩乃は自分の耳を疑う。兄はなにを言っているのか。


「あのお兄様。とうとう見てしまった、とはどういうことですの?」

「順を追って話すから聞きなさい。ただし、企業秘密の内容だから、決して口外はしないでもらいたい」

「お約束しますわ」

「うん。実は兄さんの会社で、アステロイドゲームスのものとは異なる新しい仕組みでトランスファーできるシステムの装置を開発したのだよ。それを使い二ヶ月前、兄さんは見た。萩乃が男の子にチョコブラウニーをあげるところをな。あれは萩乃がその翌朝、兄さんとナイチンゲールさんにもくれた、同じチョコブラウニーだった」

「まあお兄様! わたくしたちを見てらしたの!?」

「こっそり覗いていた」

「いやらしいお兄様ですわ!」

「三つ目の包みが誰の手に渡るのか、そのことが兄さんはとても気になって仕方なかったのだよ。なあ萩乃、許しておくれ」

「はい。お兄様」


 今の萩乃にとって、重要なのはチョコを渡す現場を覗かれたことではない。とうとう見てしまった、ということの真相をまずは知りたいのだ。


「うん。それから、その彼がどうしているのかを見たくなり、つい先日、またトランスファーしてきたのだよ。そのとき兄さんは衝撃的な真実を知った。大森正男くんは不慮の事故に遭い、萩乃の見たような身体になってしまったことをね」

「まあまあ、そのようなことがおありでしたのね。わたくしに内緒で……あの、それで、大森くんは、もう?」

「彼の存在している宇宙の医学レベルでは厳しいな。かなり確率0に近い。僕たちの、この世界の医療技術でなら、生還できる確率は100%なのだが……」

「…………」


 二人の沈黙は、しばらく続いた。ポタージュが冷めかけている。


「なあ萩乃、ここからが大切な話だよ」

「はい?」

「ゲームの世界で張り倒される大森くんの生命体魂が、萩乃の夢で会う彼の生命体魂と同一のものであったなら、萩乃はどうするか?」

「え、まさか!?」

「恐らく彼は、あの世界帯域に違法侵入してきた犯罪者として、アステロイドゲームスの手によって排除されることになるだろう」

「そんな!!」

「救いたいかい?」

「はい。はい、お兄様! お救いしたいですわ!」

「よしよし、それなら方法を練らなければなあ。だが、これらを食べ終えてからにしよう。サーモンポタージュも冷めきってしまうからね。あははは」

「わかりましたわ」


 絶望に近い状況の中、萩乃には一筋の白い光が見えるのだった。

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