第2話 吸血鬼の人生訓
夜が更けて、女性陣が眠りにつくとトールはキリシュと焚火をはさんだ。
「――ピアムを拾った理由?」
キリシュがトールの質問をおうむ返しに繰り返す。
トールは麦茶を飲む。日本のモノより苦みが強く、しっかりと焙煎されて香ばしい。やや飲みにくいが眠気覚ましにはちょうどいい。
「吸血鬼のキリシュさんと人間のピアムとじゃ、生きる時間が違うだろ?」
「あぁ、そういうことか。ある程度大きくなったら、こっそり出ていこうと思っていたんだ」
キリシュは焚火を眺めながら続ける。
「吸血鬼には寿命がない。だから、しかるべき時に自殺するんだ。自殺の理由は何か面倒くさくなった、が一位だね」
「退廃的だなぁ」
「人間から見るとそうだろうね。だけれども、どこかの国ではこの世を浮世だなんていうらしい。寿命もなくいつまでも浮いていると、生きることに意味を見失うものさ。それで結局沈むなら、世界はよくできていると思わないかい?」
キリシュの言葉には冗談の色は含まれていなかった。本気で言っているのだろう。
それが吸血鬼の人生哲学だというのなら、ただの人間であるトールが否定しても意味はない。
「かく言う僕は、どうせ死ぬなら何かを残して死のうと思ったんだ。僕たち吸血鬼は仲間を増やせても家族は増やせない。だから、残すのなら芸術だと思ってクラムベローに定住を決めた。そんな矢先さ、玄関に赤ん坊が入った網籠が放置されていたのは」
懐かしそうに目を細めたキリシュがクックックと喉を鳴らす。
「思わず笑ってしまったね。生物なら何かをこの世に残して消えたいものだと勝手に思って僕は芸術を選んだ。そうしたらどうだい。寿命が短く僕よりもよほど急いで何かを残さないといけない人間が、こともあろうに自分の子供を捨てるという」
あべこべじゃないか、とキリシュは呟き、頭を掻いた。
「自分の子供を捨てるような人間の子がどんな風に成長するのか興味が湧いた。もしかしたら、吸血鬼より吸血鬼らしい子供に育つかもしれないとね」
「育たなかったな」
「育たなかったね! 教育が良かったんだろう」
自嘲しながら自分を誇る器用なセリフを口にして、キリシュは笑う。
つられて笑いながら、トールは焚火に薪を追加した。
「でも、ピアムを拾った動機を考えると吸血鬼化したのはどうなんだ? それしか救う手がなかったのはわかるんだが」
「あぁ、人間として死なせなかった理由かい?」
「興味本位だから、言いたくないなら答えなくてもいい」
「いや、別に構わないよ。でも、理由か。女々しいと言われるかもしれないが、あんな別れ方はまっぴらだったってところかなぁ。あの子がこれから作る芸術品にも興味があったし、あの子と過ごすこれからの時間を想像すると浮世をまだしばらく漂っていられる気がしたんだ。ありていに言えば、別れがたかったんだ」
子離れできない親の顔で苦笑するキリシュはふと思いついたようにトールに問いかける。
「トール君は落ち物だろう。元の世界に帰れるとして、あの双子と別れてでも元の世界に帰るかい?」
「うーん、どうだろう。その時が来ないと分からないな」
「僕もピアムが死にかけるまではそうだったよ」
見透かすような目で見てくるキリシュから顔をそむけて、トールは麦茶を口にする。
ニヤニヤ笑うキリシュが質問を重ねる。
「元の世界に彼女とかいるのかい?」
「いないよ。昨日の夜にユーフィにも聞かれたけど、みんなで俺のことを探ろうとしてんの?」
「示し合わせてはいないけれど、僕より謎が多いトール君のことを知りたがるのは当たり前だと思うね」
「そんなもんかな」
「トール君こそ、気にならないのかい? 双子に彼氏がいるか、とか」
「いないって知ってるからな」
ハッランが婚約者に収まろうと躍起になっていたくらいだ。あの双子に付き合っている相手などいなかっただろうし、ダランディを出てからは四六時中一緒にいるため彼氏を作っているとは思えない。
トールは椅子代わりの薪の上で脚を組む。
「あんまり自分語りはしないし、そんな俺が一方的に聞こうとするのも不誠実だからあまり触れないようにしてるんだよ」
「でも僕とピアムのことは気になると?」
「どちらかというと、キリシュさんの考えが気になる、かな」
「えっ」
キリシュがわざとらしく口に手を当てて身を引く。
「違うわ、ボケ」
トールは夜食のクッキーを投げつけた。
「うん、知っているとも」
クッキーを空中でキャッチしたキリシュが笑いながら齧る。
「トール君が最初の質問で聞きたかったのは、ピアムが大きくなった時に僕がどのような形で跡を濁さず去るつもりだったのか、じゃないかな?」
「……そうだったのかもしれないな」
「無自覚かい? あの双子も苦労してそうだ。話を戻すが、僕は君の聞きたいことに答えないよ。君自身が考えて方法を導き出すべきものだからね。結果として方法が見つからずにずるずるとこの世界に取り残されるのも、君の人生だろう」
クッキーの最後のひとかけを口に放り込み、キリシュは立ち上がって腰をさする。
「人と向き合うのは考えることと同義だよ。他者の答えを流用するのは不誠実だ。不誠実な付き合い方ではいつまでも流されて生きることになる。三百年生きた僕の経験則だ。では、おやすみ」
キリシュはそう言って魔機車の横に張ったテントに入っていく。
トールは焚火を見つめて、ため息をついた。
「……結局、腹をくくる以外に前を向けないんだよな」
無意味に焚き木をつついて崩し、トールは夜空を見上げた。
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