第14話  親方! 空から魔機獣が!

 庭を駆けまわる四人二組を眺めつつ、午後の日差しに目を細めたトールは近付いてくる馬車に気付いた。

 立派な箱馬車だ。車輪にまで技術の粋を凝らし、簡素な美を体現したようなその箱馬車のセンスに思わず息をのむ。

 庭の四人も馬車に気付いて足を止め、感心したように唸った。トールよりも芸術的センスがある四人の感慨はより深い。


 てっきり家の前を素通りするかと思えば、箱馬車は音もなくキリシュの家の前で止まった。

 何事かと、この家の主であるキリシュに視線が集中する。

 キリシュは「犯人はお前だ」と突き付けられたかのようにうろたえて両手を掲げ、「心当たりがない」と首を振る。


 そんな寸劇が交わされる中、箱馬車から見覚えのある顔が降りてきた。


「驚かせてすみません。単刀直入ですが、トールさんや双子さんとお話をしにまいりました」


 愛想笑いで庭の双子に声をかけたのはリスキナン・ベローだった。

 窓から庭を眺めていたトールにも気付いて、リスキナンが目を向ける。

 トールは片手をあげて軽く挨拶をし、玄関に向かった。


 このタイミングでリスキナンが直接訪ねてくるのは予想外だった。

 おそらく、双子の聞き込み内容や金属加工場への訪問などから紺青の製法に気付いていると分かり、直接交渉に訪れたのだろう。

 あまりのフットワークの軽さに仕事ができる人間の匂いを感じて、トールはリスキナンの評価を上方修正した。


 庭に出ると、リスキナンが一礼してくる。


「訪問の理由についてはお察しの通りです。お食事でもどうですか?」

「ユーフィ、メーリィ、どうする?」

「応じてもいいと思います」

「テーブルに着かなくては始められません、交渉」

「お手柔らかにお願いしますよ」


 リスキナンは愛想笑いを崩さずに応じ、馬車の扉を自ら開けた。

 双子の後にトールが乗り込んで、最後にリスキナンが乗って扉を閉める。


「突然の訪問を再度お詫びします」

「大丈夫ですよ。慌てるのもわかりますから」


 リスキナンに対してメーリィがにっこりと笑って返す。事情はおおよそ把握していると言外に告げていた。

 リスキナンはトールに視線を移した。


「たった一日でここまで探られるとは思いませんでした。金属加工場に彼女たちが現れたと聞いた時は頭を抱えましたよ」

「この双子はちょっと特殊でな。敵に回すと恐ろしいぞ」

「赤雷も敵に回したくないですけどね。しかし、こうして交渉テーブルについてくれたのなら、和解の余地があるとみてよろしいでしょうか?」

「余地はあるが、和解という表現は語弊があるな。別にベロー家にケンカを売るつもりは最初からないぞ」

「おや、そうだったんですか? てっきりラピスラズリの関係者が探りを入れに来たのだと思っていましたが」

「完全に無関係だ。興味本位だよ」

「まったくのゼロからたった一日で……その方がよほど恐ろしいですね」


 半信半疑の様子だが、問い詰めても意味がないと気付いたらしく、リスキナンは座席に深くかけなおしながらため息を一つ。


「腹の探り合いはやめましょう。どこまで突き止めているかはわかりませんが、先にこちらの弁明を聞いていただきたい」

「家畜被害は意図したものではない、ですか?」

「――本当に恐ろしいですね。現在捜査中ですが、私のクランメンバーの犯行でほぼ間違いありません。見つけ次第厳罰に処し、被害を受けた方々への補填も行います」

「事実は公表しない、と?」

「公表はできません。あなた方にも他言無用を徹底していただきたい。これはクラムベローの政治、経済に関する重要な機密情報です。もちろん、相応の対価をお支払いいたしましょう」


 リスキナンが真剣な顔で断言する。

 トールは片手をあげて、質問した。


「情報のすり合わせをしたい。こちらの推理、というか推測を聞いてもらいたい」

「えぇ、こちらとしてもすでに隠しても意味がないと判断してこの席についています。すべてをお話ししましょう」


 トールは一つ頷いて、双子を見る。推測はほぼすべて双子によるものであり、この双子が話すのが筋だと考えたためだ。

 視線を受けて、ユーフィとメーリィが推測を一から話し始めた。

 話が進むにつれ、リスキナンの表情が険しいものになる。


「――おおむね、事実です。モツ抜きの犯人は我々『ブルーブラッド』で、『デズラータム宗祭事書』の記述から紺青を製造、販売することでクラムベローの特産とし、ラピスラズリの輸入量を大幅に削減するのを目標にしていました。しかし、原料や製法が広まるのを恐れ、『ブルーブラッド』を設立して団員にノルマを課すことで秘密裏に原料を確保。このノルマの未達成を恐れた一部のメンバーが家畜を襲ったようです。クラムベロー周辺の魔物だけでは材料が足りなくなると考え、他所の町にも生産拠点兼クラン支部を作るつもりで急拡大したのもまずかったようです」


 双子の推測は事実をほぼ正確に当てていた。

 『デズラータム宗祭事書』の名前が出た時にメーリィが一瞬目を輝かせたのをトールは見逃していなかったが、交渉中であるため口を閉ざした。

 リスキナンは続ける。


「ご存じの通り、クラムベロー周辺にはダンジョンがありません。畜産業は市内で補助金を出して続けてもらっていますが、拡大するほどの土地が確保できない。紺青の収率は低く、現状の規模では市内の需要を満たすこともできずに一部の者にのみ販売する形を取っています」

「クラムベローに在籍していた高位の冒険者を雇う形は取らなかったんですか?」

「魔物の分布が大きく変わるので高位の冒険者でも相性次第で活躍できなくなるんです。そうでなくても、領主家の作ったクランは政治色を嫌って高位の冒険者ほど嫌がって外部に移ってしまって……」


 リスキナンは疲れた顔でため息をつく。

 まさに、政治対立を嫌って旗色を明確にしなかったトールと双子はあいまいに笑った。

 メーリィが話を変える。


「では、十五年前から続く血抜きの犯人は別にいる、と?」

「我々も血抜きの犯人を捜しています。クラムベローにいる冒険者では倒せない魔物ばかりを狙っている。クランに入ってくれればこれほど心強い者もいませんから」


 ノルマを達成できずに家畜に手を出すような弱い冒険者まで抱えている『ブルーブラッド』にとっては喉から手が出るほど欲しい人材だ。


「では、吸血鬼を発見したら教えてほしいという昨日の提案は、『ブルーブラッド』に勧誘するためだったんですか?」

「その通りです。人手不足が深刻でして……。トールさん、『ブルーブラッド』に加盟しませんか? 外部の都市に作る支部を任せても――」

「興味ないな」

「ははは、ですよねぇ」


 少し疲れた顔でリスキナンが苦笑する。

 暴走する部下の後始末とクランの経営、原料調達の指揮に紺青生産の指揮、販路の拡大などなど、かなりの苦労を背負っている様子だ。

 トールは少し同情するが、双子はまるで容赦がなかった。


「では、私たちの要求をお伝えしますね」

「えぇ、どうかお手柔らかに」


 目的の料理屋に着いたのか、馬車が停止する。

 直後、双子が持ち出した要求に、リスキナンの思考も停止した。


「――『デズラータム宗祭事書』と紺青の在庫を全て、私たちに渡してください」


 お前ら話を聞いてたのか、とツッコミを入れるのをトールは辛うじて堪える。

 この双子は商売人だ。無茶な要求はせずに相互利益を前提に交渉する。

 つまり、何か裏があるのだ。

 リスキナンが愕然とした様子で硬直し、馬車に重い空気が充満する。

 息苦しくなったトールは自ら馬車の扉を開けた。


「目的地に着いたようだし、続きは食事をしながらってことで――」


 場所を変えれば少しは空気も変わるだろうと思いながら提案しかけたトールは金属反応を感じ、即座に臨戦態勢を取ってポーチから愛用の武器とマキビシを取り出した。

 馬車の御者がトールを見て驚いた顔をする。


「え、何を!?」


 御者に構わず、トールはマキビシを中空に放り投げ様、鎖戦輪にエンチャントを施し、上空に狙いを定める。

 カンッとマキビシが鎖戦輪に吸い付けられた音を聞いた瞬間、トールは全力で鎖戦輪を上空へと放った。


 赤い雷が快晴の空へと突き刺さる。響き渡る雷鳴に周囲の人間が腰を抜かしかけ、わずかに悲鳴が上がった。


「トールさん、いきなり何ですか!?」


 馬車からメーリィが抗議するが、トールは目もむけずに上空から降ってくる獲物に鎖戦輪を一閃した。

 斬り殺された獲物が馬車の横に降ってきて轟音を立てる。

 メーリィが息を呑んだ。


「……これ、魔機獣、ですか?」


 驚くのも無理はない。

 馬車のそばに横たわっているのは翼開長三メートルの四枚翼の鳥型の魔機獣。はるか上空から降ってきたにもかかわらず原型をとどめる頑丈な身体に加え、尾羽にスラスターらしき構造の機械を持っている。

 明らかに高速で飛行するだろうその魔機獣に気付き、高空を飛ぶそれを即座に撃ち落としたトールは険しい顔でリスキナンを見た。


「Aランクだったよな? なら、分かるな?」


 トールが立てた轟音で硬直が解けていたリスキナンも険しい顔で深く頷いた。


「すぐに関係各所へ伝達します。食事はまたの機会に」


 状況が分からないまでも馬車に乗っていては迷惑になると思ったのか、双子はすぐに馬車を降りる。

 リスキナンは申し訳なさそうに双子に頭を下げ、馬車の扉を閉めながら御者にベロー家の屋敷へ向かうよう指示を出した。

 走り出す馬車を見送り、双子はトールに説明を求めて視線を向ける。


「どういうことですか? この魔機獣が何か問題なんですか?」

「大問題だ。こいつはアラートホーク、Aランク相当の魔機獣で、戦闘能力は絶無の完全な偵察型だ」


 ただひたすらに速いだけのこの魔機獣がAランクに相当するのは討伐の難易度ではなく、遭遇する条件が理由になっている。


「アラートホークは無視できない大規模な魔力異常が観測された時に現場へ急行し、周辺に生息する魔機獣を集結させる能力を持つ。こいつがクラムベローの上空を旋回していたということは、魔力異常の発生地はクラムベロー市内だ。つまり、ここに大量の魔機獣がやってくる」


 貿易で成り立つ都市だけあって、周辺には行商人などが多く、早期の受け入れと避難誘導が必要になる。

 ベロー家の人間であるリスキナンは事態を即座に理解して、指揮を執るべく急いで実家に戻ったのだ。

 状況を理解した双子だったが、一つ分からない点があった。


「魔力異常の発生源は何ですか? クラムベローにはダンジョンもないのに」

「市内に新たなダンジョンが発生した可能性もあるが、もっと確率が高そうなのは……新たな吸血鬼の発生、だな」


 吸血鬼になった瞬間、魔力量は跳ね上がる。そして、魔機獣は吸血鬼を強力な魔物と判断するため、討伐に向けて戦力を集中する。


「十五年前からの血抜きの犯人は都市から離れた森の深くで魔物を倒していた。いま考えてみれば、魔機獣が討伐に来るのを警戒していたんだろうな」


 戦闘で魔力を使用すれば、それを感知した魔機獣が現場に急行する。

 吸血鬼は森の奥で戦闘することで魔機獣が来るより早く現場を離脱して煙に巻いていたのだろう。


「だとすると、吸血鬼が実際に市内に潜んでいて、魔力を発する何かをしたか、眷属化を行ったということになりますね。でも、なぜ突然?」

「分からん。血抜き犯については不明点だらけだからな。ともかく、魔機獣との戦いに備える。俺たちにもギルドから要請があるはずだから、一度キリシュさんの家に停めている魔機車に戻って二人の武器を取ってこよう」

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