第12話  臭いますねぇ

 キリシュに見送られ、ユーフィとメーリィは手を繋いで外に出た。


(まずは『ブルーブラッド』のクランハウスに参りましょう)

(そうしましょう)

(森で頑張るトールさんのためにも有用な情報を持ち帰ってあげましょう)

(この件に首を突っ込んだのは私たちのわがままですものね)

(トールさんは森へ魔物をしばきに、私たちは市内で『ブルーブラッド』の身柄を洗いに)


 思考共有で話し合い、冒険者クラン『ブルーブラッド』のクランハウスへ向かう。

 さすがは領主の血筋というべきか、『ブルーブラッド』はクラムベローで最も有名な冒険者集団だ。クラン名義で購入した大きな屋敷のようなクランハウスは通行人に聞けばすぐに場所が判明した。

 クラムベローの中心地から西に大きくズレた領主館の近く。すぐそばに公園がある一等地だ。


(家が密集しているわけでもなく、通行人も多くありませんね)

(公園の利用者は多いようですから、公園で行うべきでしょう、聞き込みは)


 クランハウスの周辺を見て回る。思考共有により互いの視界を受け取り、顔を動かすこともなく左右の情報を得ていく。


 人通りの少なさから聞き込み相手を期待できないと早々に見切りをつけた双子は公園に向かった。

 自然を模した広い庭園だ。もともとはベロー家所有の庭だったようだが、住民の希望により開放されたらしい。


 そこかしこにスケッチにいそしむ画家がいる。楽器の練習をしている者も見受けられ、観光客らしき人々の足を止めていた。

 植樹された木々の枝ぶりも気を使って自然に見せているのが分かる。剪定を担当する庭師は良い腕をしているようだ。


(騒々しくにぎやかでのんびりとした散歩には向かない環境)

(夜も開放しているそうですから、トールさんを誘ってみましょうか)

(ライトアップ次第ですが、多少はムードがあるのでしょうか?)

(ライトを探しましょう)

(目的が逸れてますね)


 聞き込み調査に来たのだったと、ユーフィとメーリィは適当な相手を探す。

 『ブルーブラッド』のクランハウスがある方角、公園の端で絵を描くのにいそしむ青年を見つけて、ユーフィが声をかけた。


「すみません。少々、お聞きしたいことがあるのですが」

「あ? 今作業中だから――あ、いえ、なんです?」


 乱暴な口調で追い払おうとした青年はユーフィとメーリィを見て口を半開きにして固まったかと思うと、すぐに手のひらを返して用件を尋ねてきた。

 どんな感情の変遷があったのかは分からないものの聞きたいことが聞けるのならばそれでいい。メーリィが『ブルーブラッド』のクランハウスの方角を指さして質問する。


「向こうから悪臭が漂ってきたことはありませんか?」


 木製イーゼルに乗せられた絵の完成度から、少なくとも数日はここで作業をしているとみて青年に尋ねる。

 青年はすぐに心当たりに行きついたのか、大きく頷いた。


「あったね。いつだったかな。割と最近だけど……ここで作業を初めて十日だから、ぎりぎり先月かな」


 先月、家畜被害が出た時期と被る。


「どんな臭いでしたか?」

「うーん、刺激臭っていうのかな。トイレの臭いに近い感じ」

「なるほど。ご協力ありがとうございました」


 ユーフィとメーリィが同時に綺麗な所作で頭を下げると、青年は見惚れるように硬直する。

 立ち去ろうとしたユーフィとメーリィに、青年は慌てて声をかけた。


「ま、待って! モデルに興味ない? 僕のアトリエに――あ、怖かったら冒険者ギルドの裏手のスペースとか、ここでもいい。少ないけど、モデル料も払う」

「興味がないので他を当たってください」


 取り付く島もない即答に、青年は肩を落として作業に戻った。


(断られることにも慣れている様子ですね。さすがは芸術の都)

(それよりも先ほどの刺激臭の正体はアンモニアでしょうか)

(おそらくは。時期も符合します)

(血液も内臓も日持ちしませんから間を置かず処理しないといけませんものね)


 しばらく公園を回って聞き込み調査を行い、クランハウスの周辺でたびたび悪臭が発生しているとの情報を得た。

 周辺に民家が少ないことから抗議などに発展していないようだ。

 聞き込み対象たちも新しい青色顔料の製造に伴う悪臭だろうとアタリを付けており、いちいち気にしていない。

 少々の悪臭には目をつむるほど、安価な青色顔料が求められているのだろう。


 双子は公園を出て、近くにあるというベロー家御用達の金属加工場を目指すことにした。

 ちらちらと視線を向けてくる人々を無視して、ユーフィはメーリィに思考を飛ばす。


(紺青は動物の血液と草木灰を強熱、酸性に傾けることで得るヘキサシアニド鉄(Ⅱ)酸鉄(Ⅲ)ですよね)

(はい。ただ、血や内臓だけでは鉄分が足りないこともあるそうで、第一発見者の錬金術師ヨハン・ディッペルは鉄鍋を用いていたのでは、との推測もあります)

(動物さんを襲う貧血の魔の手)

(私たちにも伸びてきましたからね)

(昨夜のブラッドソーセージはいいお味でした)

(魔の手を振り払いましたね)


 金属加工場を訪ねると、当然ながら門前払いされた。


(まぁ、こうなりますよね)

(顧客の情報を教えてくださいと言って教えるはずもありませんか)


 ベロー家が管理する衛兵の装備まで作っているというからには情報管理も徹底しているのだろう。当然と言えば当然の対応にむしろ感心した二人は金属加工場に内心で拍手を送り、厄介になっているピアムたちの家へと足を向ける。


(証言こそ得られましたが、具体的な証拠は難しいですね)

(リスキナン・ベローの絵画のレプリカであれば同じ顔料が使われていると思いますが、購入して成分を探ってみましょうか?)

(アルカリで分解してみましょう。紺青なら黄血塩に戻り退色するはず)

(証明方法も重要ですが、事件を止めるには紺青の代替品が必要かと)

(ガラス工房と錬金術師ギルドに行きますか?)

(炭酸ナトリウムと濃硫酸ですね)


 証明方法を考えながらピアムの家に戻ってみると、掃除をしていたピアムが駆け寄ってきた。


「お帰り! デートはどう――あれ、二人だけ?」


 双子の後ろにトールが立っていないのを疑問に思った様子のピアムはわざわざ玄関を出て外を見回す。


「トールさんもいないから、てっきり三人でデートにでも行ったのかと思ったのに」

「なぜ、残念そうにしているんですか?」

「そもそも、トールさんとは付き合ってませんよ?」


 揃って首を傾げた双子に、ピアムは信じられないものを見るような目を向ける。


「なんで!? 程よく鍛えてるっぽいし、清潔だし、冒険者だから言葉乱暴にしてるけど態度は紳士的だし、魔機車を買うほど経済力もあって、うちの面倒くさい根暗兄さんに気に入られる社交性の持ち主でしょ? ほっといちゃだめだよ、あんなの!」

「さりげなくキリシュさんにダメージを与えないでください」

「アトリエから顔をのぞかせていたのに引っ込んでしまいましたよ?」

「あ、兄さん、ごめん。大丈夫だよ、根暗なのは職業病みたいなものだし、私は気にしてないよ」

「フォローになってない気が……」


 キリシュを慰めにアトリエに突入していくマッチポンプ少女ピアムちゃんを見送り、双子は腕を組んで揃って考え込む。


(トールさんってはたから見ても魅力的なんですね)

(フラーレタリアの件でも私たちにはできない解決法を出してくれたり、頼りになりますし)

(地球で教育を受けた分、私たちの話も理解してくれて、一緒にいて楽しいですし)


 改めて考えてみれば、そうそう出会うことのない優良物件である。


「――玄関を開けっぱなしで何を考えこんでるんだ?」

「きゃっ」


 唐突に後ろから声をかけられて、双子は珍しく悲鳴を上げ、慌てて振り返る。

 驚いた顔のトールが立っていた。


「悪い。驚かせるつもりはなかったんだが」

「い、いえ、少し考えに没頭していただけです。お気になさらず」


 慌てて取り繕う双子に、トールが目を細める。

 取り繕ったのがばれたかと双子は内心焦る。

 しかし、トールは気付くことなく質問してきた。


「吸血鬼事件の手がかりが見つかったのか?」

「――はい、その通りです!」

「……やけに元気がいいな。とりあえず、聞かせてくれ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る