第11話 ダンジョンボス

 黒い半透明の坂道を下っていく。

 坂の先から強烈な気配が漂ってきて、ユーフィとメーリィが恐々と身を寄せた。

 先頭に立つトールが片手をあげて、全員に止まるよう指示を出す。


「ボスがいるな」

「魔力も濃い。最奥だろう」


 岩塊のフドゥたちが同意する。

 鞘討ちを代表してバストーラがトールに方針を尋ねた。


「突っ込むかい? 群れるタイプだと厄介だよ?」

「ユーフィ、メーリィ、炭酸ポーションを準備してほしい。もうボスの縄張りに入っているはずだ。群れるタイプなら調合中に斥候役が坂を駆け上がってくるだろう」

「分かりました」


 早速、ポーションと沸騰散、水、ガソジンをフドゥたちから預かって調合を始めながら、ユーフィが坂道の先を指さす。


「魔物は階層の間を行き来しないと聞いたことがありますが、坂道を上がってくるんですか、斥候役は」

「それは俗説だ。魔物も慎重な奴がいて、この半透明の坂を警戒する場合が多い。だが、それでも魔力が濃い場所や獲物を求めて坂を移動する肝が据わった奴もいる。そんな奴の中でも一番強いのがボスだ」


 説明しながらも、トールの視線は坂の先に向けられている。

 獣臭はない。臭いを発しない綺麗好きな魔物やスライムなどの不定形はこのダンジョンで遭遇しなかったため、ボスになっている可能性は低い。

 頻繁に第十二階層で狩りをする魔物ではないなら、罠を張っている可能性がある。


「蜘蛛かな?」


 第十一階層で見かけた蜘蛛の魔物を思い出す。

 岩肌に擬態し、粘着性の糸を振り回して獲物を捕らえる投げ縄蜘蛛のような魔物だが、大きさは三メートル近くあった。


「炭酸ポーションの調合ができました。小瓶に小分けしたので、各自二本ずつ持ってください。どちらも治癒ポーションです」


 ユーフィが岩塊や鞘討ちに配り、メーリィがトールに直接手渡しに来る。


「ボスは強いんですよね?」

「種類によるが、魔機獣二機と同等以上だと言われている。二人は十三階層入り口で待機していてくれ。岩塊と一緒に退路の確保を頼む」


 ダンジョン最奥は魔物たちが奪い合う魔力の濃い地点だ。上の階層から腕自慢の魔物がやってくることも多く、ボスに敵わないとみて撤退に移るも上層階から来た魔物に鉢合わせし、追ってきたボスと挟み撃ちにされる場合もある。

 ボス戦に集中するために後方の憂いは絶っておきたい。


「私らはどうすればいい?」


 バストーラが炭酸ポーションを仕舞いながら聞いてくる。


「ボスがつがいだったり、子がいた場合に対処を頼む。ボスが一体ならひとまず俺が相手をして様子を見るから、封印魔機の操作だ」

「任せな。封印魔機を使うのは久しぶりだよ。フドゥ、封印魔機を貸して」


 円筒状の封印魔機をバストーラが受け取ったのを確認し、トールは先頭を切って坂道を下り始める。

 徐々に気配が強くなってくる。しかし、物音は聞こえない。


 第十三階層は黒い壁に囲われた部屋だった。五十メートル四方の正方形であちこちに第十二階層から持ち込まれたと思しき岩が転がり、ボスのおやつかはたまた歴代のボスの残骸か、骨や羽根、甲殻が転がっている。


 トールは天井を見上げた。

 五組の赤い目がトールを見下ろしていた。

 五組の目が一つの顔についている。それが天井の色と同化した黒い蜘蛛の魔物の目だと認識した瞬間、足元が動いた。


「――罠かよ」


 ぐっと、床全体に張り巡らせられていた蜘蛛の糸が天井へと巻き上げられる。それは投網の回収のようだった。

 トールは鎖戦輪を横に一閃し、周囲の糸を切り裂く。


 罠を抜けられたことを察した蜘蛛の動きは速かった。

 裂かれた網をトールの頭上へと被せるように投擲し、動きを阻害しつつトールの死角へと移動する。

 トールは頭上に投げられた網を横に飛んで回避しつつ、蜘蛛の動きを捉えて転がっていた魔物の甲殻の上を鎖戦輪で一閃する。

 蜘蛛が手繰り寄せようとしていた糸を放棄した。甲殻に繋がった糸を引くことでトールの背中に甲殻をぶつける策が見破られたからだ。


 蜘蛛が新たに糸を作り出し、投げ縄の要領で投げてくる。

 まだ罠が残っているだろうな、と思いつつトールは糸の軌道を正確に読んで回避した。


「やりにくい……」


 蜘蛛は天井を動き回っている。投げ縄を利用するだけあってトールの鎖戦輪の間合いを理解し、天井までは届かないと分かっているからだろう。

 また、天井付近にきらきらと光を反射する細い糸がいくつも見える。跳躍して近づこうものなら天井付近に張られた蜘蛛の糸に絡めとられるのだろう。

 蜘蛛の動きも速い。


 トールは腰のポーチに無造作に手を突っ込み、鉄製のマキビシを取り出した。

 同時に、鎖戦輪で投げ縄を迎撃する。

 赤雷が激しく輝き、蜘蛛の糸を焼き切った。

 驚いたように蜘蛛が糸を手放す。


 投げ縄を迎撃した鎖戦輪は勢いを増しながら、床に落ちていた魔物の残骸を宙に打ち上げた。


「ほらよ!」


 トールが腕を横に薙ぐ。鎖戦輪の先端が音速を超え、空気が押しのけられる破裂音が響いた。

 宙に打ち上げられた残骸が鎖戦輪に弾き飛ばされ、天井の蜘蛛へと襲い掛かる。

 蜘蛛はすぐさま反応し、糸を噴き出して残骸を迎え撃った。


 糸に絡めとられて撃ち落とされたかに見えた残骸だったが、勢いは止まるどころか加速する。

 驚きのあまり硬直する蜘蛛に加速した残骸が衝突した。


 衝撃で天井から落ちる蜘蛛に向かって駆けながら、トールは鎖戦輪を床に振り下ろす。

 赤い雷が散り、鉄製のマキビシが食い込んでいた残骸ごと磁力にひかれて鎖戦輪を追いかける。


 蜘蛛が天井に戻るべく糸を投げるが、磁力の吸引と反発を操作された残骸が巧みに射線上に割り込んで阻止する。

 地面に墜落した蜘蛛は受け身を取ってその場を飛びのき、降り注ぐ残骸を回避した。

 しかし、トールはすでに蜘蛛を間合いに捉えている。

 蜘蛛が牙をむいて威嚇する。


「どうせ、毒だろ」


 蜘蛛の口から液体が飛び出すのを見るまでもなく、トールは経験から予測して回避行動に移っていた。

 鎖戦輪を横に投げ、床に食い込ませると磁力で自分の体を引き寄せる。蜘蛛の横へと瞬時に移動したトールは床に食い込んだ戦輪の輪の中に右足のつま先を入れて上に蹴り上げ、戦輪を引き抜いた。


「トドメだ」


 鎖戦輪が蜘蛛の頭を切り落とす。

 虫系統の魔物の生命力の高さを警戒して、トールはさらに鎖戦輪を横に振り抜き、蜘蛛の脚をすべて切り落とす。

 念のため後方に飛びのいて距離を取った時には、蜘蛛の魔物はピクリとも動けなくなっていた。


 トールは入り口へと目を向ける。

 戦闘の終了を見て、ユーフィとメーリィが駆け寄ってきた。


「お疲れ様です。トールさん、お怪我は?」

「この通り無傷だ。封印魔機は仕掛けたか?」

「バストーラさんたちが言うには、部屋の奥までいかないといけないそうです。ただ、蜘蛛の罠が仕掛けられているから迂闊に踏み込めなかったと」

「そうか。バストーラ、封印魔機をしかけてくれ」

「いまやるよ」


 バストーラたちが部屋の奥へと走っていく。

 部屋の奥には黒い靄のようなものが渦巻いていた。

 メーリィが黒い靄を見つめる。


「あれがダンジョンの核ですか?」

「らしい。あれを封じると、そのダンジョンではもう魔物が発生しなくなる。繁殖している場合は別だけどな」


 作業を見届けるため、トールも双子を連れてダンジョン核に近づいた。

 旧文明が開いたという異世界への門がこのダンジョン核だと言われているが、どこに繋がっているのかは不明だ。帰ってきたという記録がないためである。


 バストーラが円筒状の魔機の蓋を開き、中に手を入れ、ハンドルを回して起動する。

 魔機の表面に魔法陣が浮かび上がった直後、直径二メートルほどの球状の封印が展開してダンジョン核を呑み込んだ。

 原理としては、ダンジョン核の魔力を封印魔法の維持に使用するというもので、ダンジョン核が消滅しない限り封印が維持される。


 バストーラが一仕事やり遂げて満足そうな顔をした。


「封印完了っと。帰るぞい、皆の衆」


 目的を達成し、トールたちはその場を後にした。

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