第11話 特殊武器
部屋に戻った双子は片方がベッドに入ると、もう片方が本棚を物色し始めた。
「フクロウみたいだな」
意識を共有しているという話と今の状態を総合して双子を言い表すと、何冊かの本を抱えた双子の片方は小さく笑う。
「半球睡眠ですか。確かに近いところがありますが、私たちはそれぞれに自我があります。いくらフクロウでも左右の脳で別の意識があるわけではないですよ」
「自我か。ところで、君はどっちなんだ?」
「私はメーリィです。順番としては妹です」
たとえ嘘をつかれてもわからないな、とメーリィとユーフィを見て思う。
メーリィは椅子に座ると本を開いて読み始める。照明魔機の明かりのおかげで文字を追うのに苦労はしないようだ。
「トールさんも椅子をどうぞ」
「ありがとう」
トールは勧められた椅子に腰かけ、窓の外を見る。
照明用の魔機が取り付けられた街灯が夜の通りを照らしている。この辺りは商会が軒を連ねるだけあって、防犯に力を入れているのだろう。
怪しい人影はないが、窓の縁に何かがこすれたような跡があった。双子の留守を確かめる際に梯子でもかけたのだろう。
「意識を共有しているってことは夢も共有するのか?」
「そうですよ。慣れていますから思考が乱れることはありませんけどね」
「実際、どういう感覚なんだ?」
「私たちは生まれつき思考を共有しているので、これが普通ですよ。どういう感覚と言われても……」
困ったように姉のユーフィを見るメーリィは穏やかにほほ笑む。今日一日護衛していてわかっていたことだが、この姉妹はかなり仲がいい。思考を共有する特性上、姉妹の間で言葉を交わす場面を見なかったが、思考でやり取りしているのだろう。
「リアルファミ〇キくださいか」
「なんですか、それ?」
「ネットスラングだ」
この双子といると日本語や地球の知識が通じるせいで色々思い出す。
郷愁こそ湧かなかったが、悪くない感覚だった。
「白昼夢ですね」
「なにが?」
「トールさんが聞いたんですよ。思考共有はどういう感覚なのかって」
「あぁ、そうだった。すまない。しかし、白昼夢か」
「後は、本を読んでいるときに頭の中で文字を読み上げるのと同じ感覚です。視界の情報を思考にまで組み込むと白昼夢になるような――説明が難しいですね」
よほど感覚的なものなのだろう。メーリィは悩みながら言葉を紡いでいく。
トールは頭の中でテレビを見ているようなものだと理解した。
マルチタスクが得意そうだな、と感想が浮かぶ。
「そうそう、私たちは人よりも立体視野が広いんですよ」
「視点が二つあるようなもんだからか。空間把握能力が高そうだな」
「はい。護身術を習った際に二人一緒だとCランク冒険者相当になると言われました」
「ダランディ支部長にか?」
「はい」
密かな自慢なのだろう、メーリィは微笑んで頷く。
Cランクと言えば冒険者の中では一人前とされる。魔物よりも総じて危険度が高い魔機獣の討伐実績が必要で、能力的にはほとんどの依頼が可能になるランクだからだ。
一般人が護身術として身に着ける技量はDランク相当もあれば十分だ。Cランク相当ならばそこらのゴロツキを容易に返り討ちにできる。
もっとも、メーリィたちが敵として想定しているのは戦闘のプロである冒険者、その中でも上位にあたるBランクの冒険者が率いるクランだ。Cランク相当の腕前では相手にもならない。
「武器は何を使うんだ?」
「槍と魔法ですね。弓も使えないことはないです。そういえば、トールさんは武器を使わないんですか?」
トールが手にはめている鎖手袋を見ながらメーリィが質問する。
トールは腰に下げている革製の大型ポーチから武器を取り出した。
「これが俺の相棒だ」
「……何ですか、これ?」
知識豊富なメーリィでも思わず怪訝な顔をしてしまうほど、トールの武器は個性的な代物だった。
手のひらより一回り大きい鉄製の輪の外側に刃が付いた
「鎖戦輪と呼んでる。特注武器だ」
「すごく不思議なものを使うんですね」
「基本的にソロで活動しているからな。集団に囲まれても対処できるように工夫していたらこれに辿りついたんだ」
見せれば馬鹿扱いされ、扱えば変人扱いされる特殊な武器。それでも異世界にやってきてから冒険者として活動した九年の集大成でもある。
「まぁ、使わないに越したことはないけどな」
「いまのうちに手入れしておいた方がいいですよ」
「話を戻す振りしてらせん状に展開しないでもらえる?」
使うか使わないかの二択に使えと遠回しに言うメーリィに突っ込みを入れる。
メーリィはくすくすと楽しそうに笑った。
「きちんと話を昇華していますよ」
メーリィはそう言って、くるくると指先で天井へと昇るらせんを描く。
「絶えず斜め上に進んでるんだが」
「過程を見てはいけません。結果が重要でしょう?」
「どっちも重要なんだよなぁ」
「ですが、トールさんはその武器に満足しているのでしょう? 過程は斜め上の方向に思考が進んだと推測しますが」
メーリィがトールの鎖戦輪を細い指で示しながら指摘する。
図星を突かれて苦い顔をしながら、トールは鎖戦輪をポーチにしまい込む。
「なるほど、結果が重要だ。認めよう」
「これは純粋な興味からの質問ですが、その武器は地球で一般的なものですか?」
「いや、現実はおろか物語の世界でも見たことはないな。蛇腹剣が一番近いか」
「蛇腹剣ですか?」
蛇腹剣を知らないらしい。
「長剣を横に何等分かして、その断片を鋼線で繋いだ武器だ。鋼線を巻き取れば本来の長剣として扱えるし、伸ばせば鞭にできるって触れ込み。物語の世界の代物だけどな」
大まかにどんな武器かを教えると、メーリィは紙にざっと絵を描く。
出来上がった絵は特徴を捉えてこそいたが、何か違和感があった。隣に描かれている緻密な鳥の絵とは気合の入れ方が違うように見える。
「この鳥の絵を描いたのはユーフィの方か?」
「そうですよ。ユーフィは見たことのないものでも描けるんです。その思考を受け取りながらであれば私もある程度は描けますが、私自身には絵心がありませんので」
「下手なわけでもないけどな」
技量ではなく表現が足りていないのだろう。
メーリィは描きあがった蛇腹剣を見て、首をかしげる。
「トールさんの鎖戦輪は巻取り機能があるんですか?」
「ないぞ」
「近接戦はどうするんです?」
「鞭は中近接戦の武器だ。あまり話したくないからこれ以上の質問はなしで」
納得いかなそうなメーリィに先手を打つ。
「仕方がありませんね」
メーリィが本をめくり始めた。
「雑談はここまでにして、まじめな話をしましょう。――密輸の手口についてです」
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