第9話 美味しい展開ですわ
料理屋を出た双子は事前に調べておいたらしく迷いのない足取りで『魔百足』が泊まっている宿に向かう。
件の宿はダランディの南西にあった。
二十人もの人員を抱える『魔百足』を受け入れる宿だけあって、かなり大きな建物だ。三階建てでコの字型をしており、中庭までついている。その割に宿泊費はさほど高くない。
従業員に話を聞くつもりもないので、宿の周りをぐるりと回って聞き込み調査を始めようとしたところ、暗がりからぼさぼさの髪の男が現れた。
「ぐへへ、お嬢ちゃんたち、こんな暗がりに近づいちゃだめじゃ――ぐへぇっ!?」
双子に近づいてきた男を視界の外から突き飛ばしたトールは、男を壁際に追い詰めた。
「おっちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだわ。おっと、逃げちゃだめだ。話を聞くだけだからさ。手間を取らせるなよ」
逃げ出そうとした男の顔の真横の壁に手をついて退路を塞ぎつつ、男の襟首をつかんで壁に押し付ける。
美人局、という単語が脳裏をよぎったが深く考えないことにした。
「捕まえたぞー」
背後の双子を振り返る。
双子は片手を口に当てて驚き顔。
「本場日本の壁ドン!」
「二人でやってみた時とはまるで迫力が違いますね!」
「いえ、カツどんだったかしら?」
「こういう時の言葉は確か、ご飯三杯はいける?」
「つまり丼もの」
「本場日本のカツどんですよ!」
「ドン勝!」
「あのさぁ、何が悲しくて俺が浮浪者の男に壁ドンするんだよ。やだよ。これを壁ドンとは認めねぇからな? 聞きたいことがあるならさっさと聞け」
そもそも、書籍が情報源の双子が何故ネットスラングまで知っているのか。ゲーム本でも読んだのかもしれない。
とにかく話を進めるべくトールが浮浪者を顎で示すと、キャッキャッと盛り上がっていた双子が浮浪者に声をかける。
「では、いくつかの質問に答えていただきます。謝礼は銀貨一枚ですので、正直に答えてくださいね――」
双子と共に二、三人の浮浪者を捕まえて質問責めにし、銀貨一枚ずつ渡して解放する。
最初はおびえていた浮浪者たちだったが、銀貨がもらえるとなるとすぐに落ち着きを取り戻し、質問にすらすら答えてくれた。
月が空の頂に上ったころ、三人はウバズ商会への帰路についた。
「めぼしい情報はなかったな」
浮浪者たちの証言に食い違いは特になかった。
あの宿を『魔百足』が利用するようになって三年が経っており、残飯にありつけることから周辺には浮浪者が多かった。口裏を合わせているとも思えない。
これは空振りに終わったのではないかとトールは思ったが、双子は何かを見出したらしい。
「面白い話が聞けました」
「そうか? 周辺を嗅ぎまわっていると『魔百足』に教えてしまっただけな気がするが」
浮浪者たちのことだ。『魔百足』を嗅ぎまわっているトールたちのことを密告して小銭を稼ごうとするだろう。
双子は人差し指を立てて左右に振る。
「トールさんを雇い入れた時点で宣戦布告は済んでいますよ。ハッランや『魔百足』の心証を今さら気にしても仕方がありません」
「そんなことよりも、興味深い話がありました。それは、薪の使用量」
「薪ねぇ」
浮浪者たちが口をそろえて証言したのは、『魔百足』が宿にやってきた日と出発する前日、決まって薪の使用量が爆発的に増えるというものだ。
しかし、トールは特に不審とは思えなかった。
「旅の汚れを落とすために体を洗うんだろ。二十人もの人間が体を洗うとなれば大量に湯を沸かすことになるし、薪の使用量も増える。出発前日もそうだ。しばらく体が洗えないとなれば前日くらい念入りに体を洗いたくもなる」
「トールさん、水魔法、使ったことはありませんか?」
「水魔法か。あまり使わないな。そもそも、水魔法で作った水はすぐに消えるだろ。湯を沸かすのには使えない――あぁ、薪だけあってもしょうがないのか」
二十人もの冒険者が旅の汚れを落とす。薪はもちろん水もかなりの量を使うはずだ。
「宿の中に井戸でもあるんじゃないのか?」
「二十人が体を洗えるほど潤沢な水はありませんよ」
まぁ、そうだろうな、とトールも納得する。
ダランディは農業が盛んで水資源も豊富にあるが、井戸が枯れないわけでもない。町の中の井戸であればなおさら、使用制限もあるはずだ。
「それじゃあ、薪は何に使うんだ?」
「お湯を沸かすのに使うのでしょう。そうしないと宿の人に怪しまれますから」
「……水が足りないって話じゃなかったか?」
「体を洗うには水が足りないというだけで、お湯を沸かさないとは言ってませんよ」
「まぁ、そうだな。で、お湯は何に使うんだ?」
当然の疑問に、双子は首を横に振る。
「そこまではまだなんとも」
「分からない、とは言わないんだな」
「ふふっ、察しがいい人は好きですよ」
はぐらかしているらしい。
道を曲がると、見覚えのある路地に出た。
早朝、宿に帰る際に『魔百足』の下っ端に襲われた場所だ。
ここに出るのか、と土地勘がないトールは路地を見回す。
「どうかしましたか?」
「今日の早朝、『魔百足』の下っ端が落とした魔機手をここで拾ったんだ」
「それはまた、大きな落とし物ですね。お酒に酔うと腕が一本無くなっても気が付かないものなのでしょうか?」
「そんな馬鹿な。俺が拾ってからすぐに下っ端が現れたし、割とすぐに気が付いたんじゃないか?」
「落とした瞬間に気が付く方が、自然な気がしますね」
言われてみれば確かにそうだ。金属製の魔機手は落とした時にそこそこ大きな音も出る。その場で気が付かないのは不自然で、トールが拾うまでの間があったのもおかしい。
「となると、わざとここに置いていた?」
あとからくる誰かにこっそりと渡すため、ここに魔機手をわざと置き去りにしていた可能性。
双子がうっすらと笑みを浮かべる。
「現物がないのは残念ですけど、面白い物が見つかりそうですね」
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